高度にインターネットが発達した現代では、知りたい情報をすぐに検索して調べることができる。一方で、本を読むことで得られる想像力やインスピレーションも重要だ。"本でしか得られない情報"もあるだろう。そこで本連載では、経営者たちが愛読する書籍を紹介するとともに、その選書の背景やビジネスへの影響を探る。
第10回に登場いただくのは、クラウド上であらゆるデータの統合と分析を支援するSaaS(Software as a Service)モデルのプラットフォーム「AIデータクラウド」を提供するSnowflakeの社長執行役員を務める浮田竜路氏。8月に社長に就任した同氏は、野球を題材にしたちばあきお氏の漫画『キャプテン』(集英社)を選んだ。
別冊少年ジャンプおよび月間少年ジャンプで連載された『キャプテン』は、主人公の谷口タカオを中心に、さまざまな悩みを抱えた歴代のキャプテンが、仲間と切磋琢磨しながら成長する姿が描かれている。
ビジネス書は「あえて読まないようにしている」
--普段の読書の様子や頻度について教えてください
浮田氏:私は少し前まで、祖父・祖母の世代から私の子どもまで、4世帯で一緒に住んでいたので、自分で本を買わなくても自宅にたくさんの本がある環境でした。
そのため、自分の好みのジャンルが決まっているというよりも、家族が買ってきた本に影響を受けている気がします。特に私の妻が本を読むのがとても好きで、おもしろかった本を薦めてくれます。
反対に、ビジネス書はあえて読まないようにしています。なぜならば、影響されてしまうような気がするからです。できればビジネスにおいては自分の意見をニュートラルに持っていたいので、読まないようにしようと心がけています。
ビジネスで行き詰まった場合は、本ではなく先輩や知人などの生の声を聞く方が、解決につながるような気がします。
本を読むのは、通勤中や空いた時間が多いです。また、眠れない夜には、デジタルだと脳が覚醒してしまうので、紙の本を読んで落ち着くようにしています。
キャラの特徴は違えど、どんなキャプテンも悩みを抱える
--今回『キャプテン』を選んだ理由を教えてください
浮田氏:この本は野球をテーマにしていますが、野球自体はそれほど重要ではありません。歴代にいろいろなキャプテンがいて、それぞれの特色や苦悩が描かれています。
最初にこの本を読んだのは小学生のときだったと思いますが、歴代のキャプテンの苦悩が組織のリーダーシップにも通じると思い、社会人になってから漫画を買いなおしました。
イチロー選手や新庄剛志さんなどの有名選手も、この漫画に影響を受けたそうです。私の憶測ですが、恐らく野球の技術的な内容というよりも、キャプテンがチームを率いて発展させていく姿から、学ぶものがあったのだと思います。
また、後から読み返して気付いたのですが、『キャプテン』は1970年代に連載されていた漫画にもかかわらず、おもしろいことにデータ野球の要素が盛り込まれています。データの重要性が示されるシーンが好きです。
--印象に残っているエピソードを教えてください
浮田氏:3つあります。まず、主人公の谷口タカオは野球の名門校から公立の弱小校に転校して来るのですが、前の学校では補欠でした。しかし新しい学校の野球部員は、谷口が名門校のレギュラーだったと思い込んでしまいます。
谷口はこのイメージを守り、周囲の期待に応えるために陰で努力をするのですが、この姿を先代のキャプテンに見抜かれ、次期キャプテンに任命されるシーンがあります。先代のキャプテンが谷口の陰の努力を見て「君ならチームを引っ張れる」と、キャプテンに選ぶ場面が印象的です。
2つ目のエピソードは、周囲の野球部員と比べてあまり野球がうまくない丸井についてです。丸井は実力的に劣ることが多く、後輩にレギュラーのポジションを奪われて、退部を考えるまで悩みます。
しかし谷口が努力する姿に影響を受け、丸井も再び努力してみようと思い、練習を繰り返してレギュラーに返り咲きます。最終的には、谷口から次のキャプテンに任命されます。この一連のシーンは感動的です。
そして3つ目ですが、この丸井は“いばりんぼう”な性格でもあり、ミスをした部員に負けた原因を押し付けるような場面があります。これが災いして、せっかくキャプテンになったのに解任されてしまいます。その後、改心してキャプテンに再就任するまでのエピソードも好きです。
余談ですが、丸井の次のキャプテンに選ばれる五十嵐は、1年生のときから試合に出るほど野球センスが抜群で、いろいろなポジションを守れます。しかしキャプテンになった後、部員を理論や理屈で苦しめてしまい、部員から非難されるシーンがあります。理屈だけでもチームメンバーは付いてきてくれないですね。
キャプテンのように自ら背中を見せるリーダーに
--この本を読んで、ビジネスに影響を受けたポイントはありますか
浮田氏:自分のチームメンバーをしっかり見極める力と、マーケットの状況を把握する力がすごく重要だと学びました。ビジネスにおけるマーケットとは、野球でいえば「対戦相手を調べること」に相当するでしょう。この能力がキャプテンやリーダーには必要だと思います。
例えば、案件を抱えていると、担当者は自社に不利な情報を私に伝えたがりません。しかし実際にマーケットを見てみると、報告を受けていた話と事実が異なる場合がたまにあります。自分たちに有利な情報だけではなく、不利な情報も含めてインプットし、フラットな視点で状況を判断する方が、結果的にチームのためになると考えています。
それから、自ら進んでやってみる姿勢も重要だと思います。自分の背中を見せるキャプテンは、やはりかっこいいですよね。例えばお客様先に伺った際、社長である私が自らAIのデモを紹介する場合もあります。
新しいものやとっつきにくいものに対しても、私自身が積極的に現場で取り組むことによって、チームメンバーに何かしら学んでほしいと願っています。
--浮田社長自身への影響はありましたか
浮田氏:私の息子が小学生だったとき、タグラグビーというスポーツをやっていました。タグラグビーとは、ラグビーのルールから危険なタックルをなくして、腰に付けたタグを取ることでタックルの代わりとする安全なスポーツです。
そのスポーツチームで私はコーチを務めていました。その中で、監督が試合中に切羽詰まってしまい、練習したことのない作戦を急に提案したことがあります。これは少年スポーツに限らず、大人の競技でもよく見られる場面だと思います。プロスポーツの世界でも、負けが込んだ場面で練習したことのないプレーを試みることがありますよね。
しかし、どれだけ強いチームであっても、良い選手がいたとしても、ぶっつけ本番は避けるべきです。やってきた練習の「型」を守ること、あるいは、その型の中からちょっとだけアレンジを加えて試してみるべきです。これも、『キャプテン』で学んだスポーツの極意です。


