NTTコミュニケーションズら3社は2025年3月11日、栃木県の「モビリティリゾートもてぎ」で、ローカル5Gによる高精細・低遅延のオンボード映像伝送の実証実験を実施。自営の無線通信となるローカル5Gを用い、なおかつサーキットの特性を考慮したネットワークチューニングを施すことで安定した映像伝送を実現する様子を確認できた一方で、その内容からはローカル5Gが抱える本質的な課題も浮き彫りとなっています。→過去の「ネットワーク進化論 - モバイルとブロードバンドでビジネス変革」の回はこちらを参照。

サーキットの特性を考慮しネットワークを構築

携帯電話会社以外の事業者が、特定の場所に限定した5Gのネットワークを構築できる「ローカル5G」。そのローカル5Gの新たな活用に向けた取り組みを、NTTコミュニケーションズが実施しています。

実際、同社は2025年3月11日に、アルプスアルパイン、双日テックイノベーションと共同で、モビリティリゾートもてぎでのサーキットコース全域にローカル5Gの実験環境を構築。高速移動する車両からの映像を高精細かつ低遅延で伝送できるかを検証する実証実験を実施しています。

  • ネットワーク進化論 - モバイルとブロードバンドでビジネス変革 第8回

    NTTコミュニケーションズら3社が、モビリティリゾートもてぎで実施した実証実験に用いられたセーフティーカー。ローカル5Gで構築されたネットワークを用い、100kmをはるかに超えるスピードで走行する車載カメラからの映像を伝送する

実はサーキット場では、トランシーバーによる連絡から売店のキャッシュレス決済、そして車載カメラからの映像伝送など、幅広い用途で多くの無線通信が使われています。

しかし、レースの開催日となると観戦のため数万人規模の人が訪れることから、既存の携帯電話ネットワークへの負担が増大してサーキット場全体で通信がしづらくなってしまうことが課題となっています。

そこで、今回の実証実験では来場者のスマートフォンによる通信の影響を受けないローカル5Gの免許を取得して、サーキット内にネットワークを構築。

ただ、サーキット場は建物やトンネル、地面の勾配などもあって電波が届きにくい場所が生じやすいほか、レースカーは100kmを超える速度で走行しており、そこから映像伝送する必要があるため、移動中に接続する基地局を切り替える「ハンドオーバー」を確実に行わなければなりません。

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    サーキット内には建物や勾配があるのに加え、端末を搭載する車が高速で走行することから、それに合わせたチューニングが必要だという

今回のネットワーク構築にあたっては、電波の届きにくい場所が発生しないよう配慮した基地局配置を実施したほか、高速移動する車に合わせてハンドオーバー時のパラメーターを調整しているとのこと。

ちなみに、基地局などのネットワーク設備は双日テックイノベーションが販売する米Celona製のものを用い、車に搭載する端末はアルプスアルパイン製のものを使用。NTTコミュニケーションズがそれらを用いてネットワークを構築するという役割分担となっているようです。

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    サーキット内に設置されたローカル5Gの基地局。緑の丸で囲った部分が基地局、ピンクの丸で囲った部分がアンテナとなる

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    端末は車載機器などで豊富な実績を持つ、アルプスアルパインがローカル5G向けに開発したものとなる

また、今回は基地局とコアネットワークを光ファイバーで結ぶことができましたが、場所によっては光ファイバーが使えないケースもあるとのこと。今後はそうした場所に基地局を設置することも考慮し、コアネットワークと基地局をミリ波帯の無線システムで接続する検討もしていくとのことです。

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    コアネットワークもサーキット場内に設置。今回はすべて光ファイバーで接続されているとのこと

メリットよりデメリットが際立つ現状のローカル5G

構築されたネットワーク上で走行する車からの映像を確認したところ、非常にスムーズな映像伝送がなされている一方で、ハンドオーバー時には一瞬映像が途切れる状況も発生していました。

これは実証実験ということもあり、遅延を可能な限り抑えるため映像伝送にバッファを設けていないことが影響しているようで、通常の映像配信サービスのように一定のバッファを設ければこうした途切れは発生しないものと考えられます。

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    走行中の車両の、車載カメラからの映像。ハンドオーバー時にやや途切れが生じるが、それ以外はスムーズな映像伝送がなされている様子を確認できた

それゆえ、実際にこのネットワークが導入されたとなれば、周囲のスマートフォンによる通信の影響を受けることなく、スムーズな車載映像をライブ配信するなどしてレースの付加価値を高められるようにも感じました。

しかし、今回はあくまで実証実験であり、試験のため申請した周波数免許の割り当て期間も終了してしまうことから、実証終了後は構築したすべての機器を取り外してしまうとのことでした。

そして、このことこそがローカル5Gの最大の課題といっても過言ではありません。つまり実証して成果は確認できるものの、そのまま商用として実際に導入するという判断には至らないケースが非常に多いのです。

その理由は、ローカル5Gを用いて十分採算が合うだけのビジネスを構築できないこと。ローカル5GはWi-Fiや、4Gの技術を用いた自営ネットワークである「sXGP」と比べるとネットワークを構成する機器や端末のコストが非常に高い上、電波免許の取得が必要で専門知識が要ることから運用面でもハードルの高さが指摘されています。

ローカル5Gは、新しい5Gの技術を用いるだけあって高速大容量・低遅延といった高度な通信環境を実現できるのですが、コストと手間をかけて高度な環境を整備し、十分ペイできるユースケースは、現状決して多いとは言えません。

それゆえ自営のネットワークを構築するなら、性能は低いけれどはるかに導入コストが安い、Wi-FiやsXGPを使うという判断がなされてしまうことが多いのです。

今回のケースを見ても、確かに高速走行する車から高精細・低遅延で映像伝送するにはローカル5Gがベストな選択といえるのですが、一方で映像配信だけでネットワークを構築・維持管理するコストを賄えるのか?という点には疑問が残ります。

そのためローカル5Gを映像伝送のほか、QRコード決済などに活用する考えも示されていましたが、そうした用途であれば高速大容量通信は必要ないので、売店付近に衛星通信の「Starlink」とWi-Fiスポットを構築すれば解決する、という話にもなってしまいます。

高速大容量通信が欠かせない4K・8Kでの映像伝送や、低遅延が必要不可欠な遠隔での車両制御など、より高度なネットワークを求めるソリューションが当たり前になれば状況は大きく変わってくるのでしょう。

そうしたユースケースの開拓が進まず、ローカル5Gのメリットより、管理・構築の手間とコスト高というデメリットが目立ってしまうというのが実情なのです。

NTTコミュニケーションズでは今後も、モビリティリゾートもてぎでローカル5Gを活用した実証を進めたい意向を示していましたが、利用を推進し商用導入にこぎつけるには、そうした本質的課題を乗り越えるユースケースの開拓が強く求められる所でしょう。