ソフトバンクは2025年6月9日、東京科学大学の藤井輝也研究室と、雪山などでの遭難者の救助をより迅速にする「Wi-Fiを活用した遭難者携帯端末の位置特定システム」の開発を発表しました。これまで両者はドローンを活用した遭難者捜索支援システムを開発してきましたが、新たにWi-Fiを活用した捜索システムを開発したのはなぜでしょうか。→過去の「ネットワーク進化論 - モバイルとブロードバンドでビジネス変革」の回はこちらを参照。

GNSS、ドローンに加えてWi-Fiを活用

多くの人がスマートフォンを利用するようになった昨今。それだけに、海や山にもスマートフォンを持っていく人も多いでしょうが、その状況をうまく生かして遭難した人の捜索に役立てようとしているのがソフトバンクです。

ソフトバンクは東京科学大学 工学院 電気電子系 藤井輝也研究室とさまざまな研究開発を進めており、その成果の1つとなるのが2022年に開発した「ドローン無線中継システムを用いた遭難者捜索支援システム」というもの。

これは山岳地帯や雪山などで遭難者が発生した際、ドローンとスマートフォンを活用して位置を特定するものです。

山岳地帯などでは携帯電話基地局がなく通信できない所が多くありますが、このシステムでは遭難者の大まかな位置を、GPSなどの衛星測位システム(GNSS)を活用して特定した後、その周辺に無線中継システムを搭載したドローンを飛ばして一時的にモバイル通信のエリアを構築。モバイル通信を介してスマートフォンのGNSSによる位置情報を捜索者などに提供し、遭難者の発見に役立てるものとなります。

  • ネットワーク進化論 - モバイルとブロードバンドでビジネス変革 第15回

    ソフトバンクと東京科学大学は2022年に「ドローン無線中継システムを用いた遭難者捜索支援システム」を開発。このシステムで確立した技術の一部は、2024年の能登半島地震の際に、ソフトバンク回線を応急復旧させるのに活用されていた

しかし、雪山での遭難となると事情が変わってくるようです。GNSSの位置測位は端末や環境によって変化し、通常の地上での誤差は5メートルとされていますが、雪に埋まってしまうと電波が減衰し、その誤差が10メートルにまで拡大してしまうとのこと。その場合、捜索範囲は誤差を考慮してGNSSの推定位置の約20メートル四方となり、くまなく探して発見するには数時間を要するそうです。

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    雪山ではドローンを用いたシステムでも位置の誤差が10メートルはあるため、それを考慮して20メートル四方を捜索する必要があり時間がかる

人命救助の観点においてもよりスピーディーに捜索する必要がありますが、この誤差を数メートルにまで絞ることができれば、探索時間を大幅に短くできるとのこと。その実現に向けて開発されたのが、2025年6月9日に発表された「Wi-Fiを活用した遭難者携帯端末の位置特定システム」となります。

誤差数メートルで位置を絞り込み、課題は

これはスマートフォンのWi-Fi機能を活用して位置を推定するもので、ドローン無線中継システムを用いた遭難者捜索支援システムで端末の場所をある程度絞り込んだ後に、こちらを用いてより具体的な場所を絞り込むことが想定されているようです。

そしてこのシステムは「遭難対応AP」と呼ばれるWi-Fiのアクセスポイントと、Wi-Fiの指向性アンテナと「RSSIモニター」と呼ばれる携帯端末から構成されており、まずはWi-Fiの電波を通じて遭難者のスマートフォンと遭難対応APが電波を送りあうことで、RSSIモニターとの通信を確立します。

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    「Wi-Fiを活用した遭難者携帯端末の位置特定システム」は遭難対応APと指向性アンテナ、RSSIモニターの3つと、比較的コンパクトな構成となっている

その後、捜索者は指向性アンテナを水平に回転させます。指向性アンテナは特定の限られた方向に電波を飛ばす仕組みで、なおかつRSSIモニターにはジャイロセンサが備わっていることから、回転することでRSSIモニター上にアンテナの向きと、その方向における遭難者のスマートフォンからの電波受信強度が表示されます。

受信強度が大きい方向が遭難者の端末がある方向と判断できることから、そちらの方向に近づいて再び回転し、受信強度が強い方向に進といった作業を繰り返し、一定のしきい値を超えたらその場所を実際に捜索することで、捜索にかかる時間を短縮できるとのこと。しきい値を最適に設定すれば、誤差を数メートル以下にまで絞り込めるとのことです。

  • ネットワーク進化論 - モバイルとブロードバンドでビジネス変革 第15回

    指向性アンテナを水平に回転させてRSSIモニターで電波受信強度を確認。より電波が強い方向に向かって同じことを繰り返すことにより、端末の位置を絞り込む

6月9日に実施された記者説明会では、東京科学大学の敷地内で実際にこのシステムを用い、実際に端末を探す様子も示されました。

10個の紙袋のうち1つにターゲットとなる端末を入れ、このシステムを用いて捜索するというものになりますが、この実証では10分以内にターゲットを見つけることができた上、位置の誤差も約1メートルと非常に短かったようです。

  • ネットワーク進化論 - モバイルとブロードバンドでビジネス変革 第15回

    実証実験の様子。探索者がアンテナを持ってアンテナを回転させ、モニター上に実際の電波強度が表示されている様子を確認できる

両者は今回のシステムと、ドローン遭難者支援システムを統合した支援システムの実用化を目指すとしており、今後は自治体や公共機関など連携しての研究を進めていく方針とのこと。ですがこのシステムの内容を見るに、課題もいくつかあるようです。

1つは実際に探索できる場所が、Wi-Fiの電波が届く場所に限られること。Wi-Fiは送信電力が小さいので届く距離には限界がありますが、それでも雪などであれば電波が通りやすいので、このシステムが有用だとしています。ただ一方で、土砂やがれきなどの中に埋もれてしまった場合は、電波が届かないのでシステムが有効に機能しない可能性があるようです。

そしてもう1つは、このシステムを利用する際には、遭難者の端末側に専用のアプリをインストールしておき、バックグラウンドで動作させておく必要があることです。アプリが動作していないと遭難対応APとの通信ができないだけに、遭難しそうな場所に向かう人に対していかにアプリをインストールしてもらうかが重要となりますが、その判断が個人に任されてしまう点も、システムを有効活用する上では非常に大きな課題となってくるでしょう。

  • ネットワーク進化論 - モバイルとブロードバンドでビジネス変革 第15回

    このシステムを利用するには、端末側に専用のアプリをあらかじめインストールし、バックグラウンドで動作させておく必要があることが、普及を進める上で1つのハードルとなる可能性が高い

現在はまだ研究段階にあるシステムだけに、実用化に向けては更なる課題の解決が求められるでしょう。しかし、専用の機器を持ち歩く必要がなく、携帯電話やWi-Fiといった身近な無線通信を用いて遭難者の位置を特定できる仕組みは非常に有用性が高いとも感じるだけに、今後の進展が期待される所ではないでしょうか。