IoT向け通信サービスを手がけるソラコムと、総合商社大手の丸紅は2025年5月12日、丸紅グループの丸紅I-DIGIOホールディングスがソラコムと合弁会社を設立し、傘下の丸紅ネットワークソリューションズの手がけるMVNO(仮想移動体通信事業者)事業を分社化するとしています。両社はともにMVNOとして企業向けにモバイル通信サービスを提供している競合関係にありますが、なぜ合弁に至ったのでしょうか。→過去の「ネットワーク進化論 - モバイルとブロードバンドでビジネス変革」の回はこちらを参照。

「フルMVNO」で補完しあえる関係

MVNOとしてIoT向けモバイル通信サービスを手がけるソラコム。2017年にKDDI傘下となり、2024年に上場を果たすなど大きな動きを見せていますが、2025年5月12日にも新たな動きを見せています。

それは総合商社大手の丸紅と、丸紅傘下の丸紅I-DIGIOホールディングスと合弁会社を設立することを発表したことです。実は両社では2025年2月、海外市場におけるIoT分野での協業に向けた合意書を締結したことを発表しており、今回の取り組みはその一環となるようです。

  • ネットワーク進化論 - モバイルとブロードバンドでビジネス変革 第12回

    ソラコムと丸紅は2025年5月12日、戦略的協業の一環として丸紅I-DIGIOホールディングスとソラコムの合弁会社を設立することを発表している

両社は一見すると意外な組み合わせにも見えますが、実はソラコムだけでなく、丸紅もMVNOとしては老舗企業の1つ。

合弁会社を設立する丸紅I-DIGIOホールディングスの傘下企業である丸紅ネットワークソリューションズは、2012年に前身企業で国内向けのMVNO事業を開始しており、10年以上にわたって法人向けを主としたモバイル通信サービスを提供しているのです。

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    丸紅I-DIGIOホールディングス傘下の丸紅ネットワークソリューションズは、2012年よりMVNO事業を開始し法人向けを主体としたサービスを提供してきた

そして今回の合弁会社設立に当たっては、その丸紅ネットワークソリューションズが持つMVNO事業を分社化し、そこにソラコムが51%を出資して2025年8月よりソラコムの子会社にするという形が取られています。合弁会社はあくまでソラコムと別の会社とはなりますが、ソラコム主導でIoT向けのMVNO事業に力を入れようとしていることが分かります。

しかもソラコム、丸紅ネットワークソリューションズ共に「フルMVNO」であるという共通点があります。一口にMVNOといってもさまざまな種類があり、その中でもフルMVNOと呼ばれる事業者は、契約者情報を確認できる加入者データベースなどを自社で保有し、直接SIMの発行ができるなど自ら高い自由度のあるサービスを提供できる事業者となります。

そして丸紅ネットワークソリューションズは2020年よりNTTドコモのフルMVNOとなっていますし、ソラコムはKDDI傘下だったこともあってKDDIのフルMVNOであるほか、海外でも事業展開しており海外通信事業者のフルMVNOにもなっています。

それらを組み合わせれば、国内外で複数のネットワークを利用できるSIMを発行可能なMVNOとなれるだけに、合弁会社の設立によって両社の持つリソースが補完関係にあることも、事業面での強みとなるようです。

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    ソラコムはKDDIのフルMVNO、丸紅ネットワークソリューションズはNTTドコモのフルMVNOと、国内では数少ないフルMVNO同士で事業的にも補完しあえる関係にある

加えて、実は両社は法人向けを主としたMVNOとして競合関係にあるように見えて、事業面での重複も少なかったようです。

丸紅I-DIGIOホールディングスは主として、オフィスだけでなく外出先でも仕事をするモバイルワーカーや、訪日外国人向けのプリペイドSIMなどに向けたモバイル通信サービスを提供。あくまで人が利用するデバイス向けのモバイル通信が主な事業領域でした。

一方のソラコムはIoTが主なカバー領域で、スマートメーターや見守りデバイス、センサーなど機械向けのモバイル通信が主。得意分野が重複せず、顧客基盤も大きく重複しない補完関係にあることから、合弁会社の設立で事業領域を広げられるメリットもあるようです。

ソラコムの技術と丸紅のコンサルティング力が提携に影響

丸紅の執行役員 情報ソリューション部門 部門長である藤永崇志氏は、同日に実施された記者会見で「総合商社とIoTの親和性は非常に高い」と話しています。

総合商社は非常に幅広い分野のビジネスを手掛けていますが、とりわけ国内では少子高齢化による労働人口減少の影響もあり、いずれの産業においても業務運用の効率化が求められています。

それだけに、現場の状況を可視化して業務改善につなげられるIoTがもたらす価値は非常に大きいと藤永氏は話しており、ビジネスの拡大を進める上でもIoTの事業強化を必要としていたことが、ソラコムとの提携につながったようです。

こうしたことに加えて、丸紅としても、MVNO事業の規模をもっと大きくしたい思いがあったようで、自社の事業とシナジーが大きく高い技術力を持つソラコムと連携し、その技術やリソースを取り入れることで大きなシナジーが得られるとの判断が働いたことが、合弁会社設立へと至ったといえるでしょう。

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    総合商社である丸紅は幅広い分野の事業を手がけており、それらの業務効率化のためにもIoTの強化を必要としていた

一方のソラコムは、企業に向けてIoT通信のプラットフォームは提供しており技術面では大きな強みを持っていますが、ソラコムの代表取締役社長 兼 共同創業者側である玉川憲氏は、IoTで取得したデータなどを活用して事業課題の解決などにつなげる、上流のコンサルティング企業と強固にパートナーシップを組んでビジネスをしたことがなかったと話しています。

しかし、丸紅は2021年にコンサルティングファームのドルビックスコンサルティングを設立、DX関連のコンサルティングで豊富な実績を持っています。ソラコムのプラットフォームと、ドルビックスコンサルティングなどを持つ丸紅のコンサルティング力の組み合わせが、事業面で大きなシナジーがもたらすとの判断が働き、提携に至ったのではないでしょうか。

また、丸紅は総合商社だけに国内外で幅広い業種の顧客を持っています。世界的にIoT通信サービスを提供しているソラコムとしては丸紅との協業が事業拡大につながる可能性を秘めていることも確か。今後の事業拡大にもつながりやすいことも、提携に至る大きな要因になったと考えられます。

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    丸紅はコンサルティングファームのドルビックスコンサルティングを設立しており、こちらがソラコムとの提携でも中心的役割を果たすことになるという

今回の合弁会社設立は一見すると意外な組み合わせに見えますが、同じ法人向けのMVNOとして事業を展開していながらも、その性格は大きく異なり補完しあえる部分が多く、相性は悪くないことが分かります。

ベンチャーと老舗企業との合弁ということもあって、企業文化の違いなど超えるべき壁も多いでしょうが、両社のシナジーが有効に生かされ事業拡大へとつながることが期待される所ではないでしょうか。