サブスクリプションのビジネスモデル
すっかり定着した感のあるサブスクリプション。今回は、筆者が十数年前のマイクロソフト時代のMSDN(Microsoft Developer Network)サブスクリプションから始まり、その後のSAS Instituteでのソフトウェアビジネスなど通じて経験した、サブスクリプションの仕組みと、そのための重要な役割であるカスタマーサクセスについて解説します。日本ではサブスクリプションを短縮して「サブスク」ということが多いです。
このサブスクですが、すっかり普通になりましたね。エンタメ、自動車、美容、衣服、食事などに利用が広がっています。筆者もSpotify、Netflix、WOWOW、Disney+で、毎月お金を吸い上げられています。NHKも受信料という名のサブスクですね。しかし筆者はどれだけテレビが好きなんだか。
ウィキペディアによると、サブスクリプション(英語:subscription)は、定額料金を支払い利用するコンテンツやサービスのこと。商品を「所有」するのではなく、一定期間「利用」するビジネスモデルのことです。
ソフトウェアにおけるサブスクリプションの歴史はかなり古いです。よくあるメンテナンス契約なんかも、ある意味サブスクリプションだと思います。筆者は十数年前のMicrosoft、そしてSAS Institute、その後もSaaSベンダーなどでサブスクリプションビジネスに関わっています。今では、データセンター費用やハードウェアなどの運用コストのチャージなどの相性の良さからクラウドで採用されたこともあり、サブスクリプションがIT業界において花盛りです。
利用者のメリットはなんといっても、月払いや年払いなので初期投資が少なくて済むことです。そして、ほとんどの場合、サービスが定期的にアップデートされていき、最新のものを自動的に使えます。所有しないので、固定費から変動費にコストを移管できるメリットもあります。ただ、永続ライセンスではないので、お金の切れ目が縁の切れ目になります。
筆者はMicrosoft時代に、MSDN Subscription、Enterprise Agreementに関わりました。MSDNは開発者向けの情報提供のサービスで、名前の通りサブスクリプションで提供されていました。その後、開発ツールのVisual Studioのライセンスと合体して、ツールも含めてサブスクリプションで提供されていました。
そしてEnterprise Agreement、EAとも呼ばれます。Enterprise Agreementとは、500名以上や500デバイス以上の企業向けのデスクトップソフトウェアに関係するソフトウェアのサブスクリプション契約で、Officeとそのソフトウェアアシュランス、Windows Server、Exchange Serverなどのサーバ製品のアクセス権であるBackOffice CAL(Client Access License)とそのソフトウェアアシュランス、そして、Windowsクライアントのソフトウェアアシュランスがセット(ライセンスはOEMされている)で構成され、年払いのサブスクリプション契約になっています。ソフトウェアアシュランスとはいわゆるメンテナンス契約で、バージョンアップの権利に色々な付帯サービスがついています。ソフトウェアアシュランスによって、契約期間中は最新のソフトウェアが使えます。
SAS Instituteはもっと凄くって、1970年代の創業からサブスクリプションでソフトウェアを提供しています。統計の世界は、アカデミックで最新の統計手法が開発され、それを商用で実装して提供するので、サブスクリプションが適合していたのかもしません。その結果、最近まで数十年にわたり連続して増収増益を記録していました。CEOのDr. Goodnightはかなりのビジネスセンスの持ち主です。ご高齢ですがまだまだ活躍していただきたいです。
サブスクリプションの売上の公式
サブスクリプションモデルはサービス提供側にも大きな利点があります。それは、確実な成長が可能になるということです。サブスクリプションのビジネスの仕組みを数式で説明しましょう。パラメータは以下の4つです。
・前年の既存ユーザーからの売上
・前年に獲得した新規ユーザーからの売上
・既存ユーザーのキャンセル率
・既存ユーザーからの値上げや追加契約
ちなみに、キャンセルについてはチャーンとも言います。
値上げは物価の上昇や契約期間中のイノベーション(機能アップ)からの転嫁分で、そのタイミングは各社で違います。海外のベンダーは毎年値上げすることが多いです。
今年の売上は以下の数式で構成されます。契約の月次によって本当はもう少し複雑ですが、下の数式では簡素化しています。
今年の売上=今年の新規獲得ユーザーからの売上+(昨年の既存ユーザーからの売上+昨年の新規ユーザーからの売上)×(1 - 既存ユーザーのキャンセル率)+既存ユーザーからの値上げや追加
この数式を見てわかるように、今年の新規獲得ユーザーからの売上と値上げや追加分の合計が昨年の売上の全体のキャンセル分より多ければ、売上はプラスになります。よほど大きなキャンセルがない場合は、成長の達成が容易です。ただし、この公式があるゆえに、サブスクリプションのビジネスは年20%以上の売上増が株主からは期待されます。
ビジネスの年月が経てば経つほど既存ユーザーからの売上比率が高くなり、大きな新規売上を取らなくても成長できるようになります。筆者が勤めていた会社では、80%以上が既存ユーザーからのビジネスでした。儲かればR&D投資を行い、サービスが改善されていきます。逆に言うと、このサブスクリプションでビジネスをしているベンダーがマイナス成長するということは、かなりビジネス状況が悪いと判断できます。多くのキャンセルを受けている可能性があるからです。
また、新規獲得ユーザーにもサブスクリプションは大きな特徴があります。毎月のパフォーマンスを同じと仮定すると、年1億円の新規売上を得るために毎月いくらの売上を増やせばいいかわかりますか?
その答えは、1億円÷78カ月=128万円です。
サブスクリプションでは、新規の売上がある月に上がると、年度末まで同じ売上が立ちます。ですから、12から1までを足せば分母の78になるのです。
月にたった128万円を増やせばいいのです!でも、現実はそんな簡単ではないかもしれませんが。
そして、この1億円が来年度はフルに売上が立つので、12 x 12カ月 x 128万円=1.8億の売上が追加されるのです。
おいしいですよね。だから多くの会社がサブスクリプションに移行するのです。
ただし、逆もしかりです。前年度にキャンセルされた契約は、当年度にフルに減収になります。そこに新しいキャンセルの減収がマイナスに加わるのです。ですから、キャンセル防止はとても大事なのです。
サブスクのためのカスタマーサクセス
既存ユーザーのキャンセル・離反を抑えることが、サブスクリプションビジネスの鍵です。「チャーン防止」とも言います。そのために生まれた職種がCSM(Customer Success Manager)です。日本でも多くの企業で採用されています。担当する顧客にできるだけサービスを利用していただき、高い満足を得て契約を延長してもらうのが仕事です。
案件をクローズした後のハイタッチの営業のように動きます。顧客に満足いただければ、別のサービスを追加契約される可能性も出てきます。新規顧客を取るより、既存顧客にアップセル(上位製品を売る)、クロスセル(別の製品を売る)する方が圧倒的に容易ですからね。また、キャンセルを考えるタイミングをずらす目的もあり、長期契約(多年度契約)を促進します。先にお金をいただけばキャッシュフローも改善します。
CSMは日ごろからユーザーの状態を監視して、問題があれば予測型で対応します。また、大口のユーザーとは定期的に会議を行い、そのユーザーがサービスを利用してどうビジネスを拡大するかのビジネスプランを作成し、状況をユーザーとレビューします。信頼されるパートナーになる作戦です。
CSMを設置できない場合は、テックタッチとしてセルフサービス型のデジタルサービスを提供します。例えば、教育コンテンツや利用ガイドなどです。また、契約更新の数カ月前にアンケートをとり、キャンセルされそうな場合は早めの対策を打ちます。ABM(Account Based Marketing)のツールを利用して、他社のサービスを探しているかどうかチェックすることも始まっています。これが離脱のサインということです。
また、このキャンセル防止には、古くからチャーン予測としてアナリティクスが利用されてきました。今はAIを使ってかなりの精度で予測が可能だと思います。
サブスクリプションは、ベンダーが質の高いサービスを提供し続ける限り、ユーザーとベンダーにWin-Winの良い関係が作れるビジネスモデルだと思います。サブスクリプションがこれからどこまで広がっていくか楽しみです。筆者の次の自動車はサブスクになりそうです。ハードウェアのサブスクリプションが増えると、メーカーが販売店を通さずに直接顧客対応したり、返品のための新しいデマンドチェーンを構築したりと、ビジネスが様変わりしていくと予想されています。このあたりは別途解説したいですね。