"DX人材"に求められるビジネススキル

かなり落ち着いて来ましたが、DX人材という言葉をいまだに記事などでよく見かけます。でも、このDX人材の定義がまちまちで、同じ言葉でも違う意味を持っていることが多いです。DX人材と言いながら、その実態はデータ活用のスキルを持つデジタル人材のことを述べている場合が多いです。

そもそもDXは、デジタル技術を使ったビジネス・トランスフォーメーションです。よってDX人材とは、単なるIT技術に精通した人でも、データ活用ができるデジタル人材でもありません。かの有名なジム・コリンズ氏が書籍『ビジョナリー・カンパニー2』で「技術は業績の促進になるが、革新を作るものではない」と述べています。

ビジネスモデルがイノベーションを生むのだと思います。ビジネスが差別化できれば、別にローテクの活用でもいいのです。活用できるテクノロジーを考察しながら、差別化できるビジネスを設計することが求められるのです。それも、ビジネス・トランスフォーメーションですから、改善ではなくごろっと変わる変革が必要です。

令和4年12月に経済産業省と情報処理推進機構(IPA)は、「デジタルスキル標準(DSS)」として、DXに関して全てのビジネスパーソンが身に付けるべき知識・スキルを定義した「DXリテラシー標準」と、DXを推進する人材類型の役割(ロール)や習得すべきスキルを定義した「DX推進スキル標準」を公表しています。この内容は、かなりテクノロジーに寄っていると感じます。もっと新しいビジネスを作り出すスキルが必要だと思います。

新しいビジネスを設計する能力については、シナリオ・プランニングの勉強をお勧めします。『シナリオ・プランニング 未来を描き、創造する』(英治出版 著者:ウッディー・ウェイド)や『リアル・タイム・ストラテジー AIと拓く動的経営戦略の可能性』(ビジネス教育出版社 著者:アンドレアス シューリーら)といった書籍がとても参考になります。

シナリオ・プランニングは、未来に起こることを予測するのではなく、想像、仮定して、不確実だがビジネスの影響度の高いシナリオを作る手法です。ここで言う不確実とは、一つの結論に終結するのではなく、複数の結論が考えられることです。

  • エンタープライズIT新潮流33-1

実際にシナリオの作り方を紹介

シナリオ・プランニングの手順は次の通りです。まずは、テーマと時間軸を決めます。例えば、「3年後の当社のビジネス」というのがテーマになります。そして、その目的を明確にします。「製品ポートフォリオを決定する」「人材や組織の在り方を決定する」などです。

そして、そのテーマにあったドライビングフォースを調査して、分析します。ドライビングフォースとは、労働人口の減少、宇宙ビジネスの拡大、AIへの懸念の拡大など、影響力のある企業の外部の力です。

そのドライビングフォースを「PEST:Politics(政治)、Economy(経済)、Society(社会)、Technology(技術)」、もしくは、これに「Environment(環境)」を加えた「STEEP」といった分析フレームワークで分析します。なお、SWOTというメジャーな分析フレームワークもありますが、未来志向にはそれほど適しません。

そして、それらのドライビングフォースを、「影響度」と「不確かさ度」という2軸でチャートにマップします。

ここでは、影響度が高く、かつ不確かさ度が高いドライビングフォースが最も重要です。そこでうまく戦略を作ればDXできるからです。「不確かさ度」が高い未来のドライブを想定するのは難かしいかもしれませんが、ここが勝負の決め手です。3年後には競合も変わっているかもしれませんし、顧客の嗜好も変わっているかもしれません。ITは確実に進化して、日本の人口は確実に減少しています。影響度の低いものはここでは対象にしませんので、除外します。

影響度が高く、不確かさ度が低い(つまり確実な)ドライビングフォースは、計画的に取り組む必要があります。それをやらないのは企業の怠慢です。影響度が高く不確かさ度が低いドライビングフォースは、基盤として参照します。

影響度が高く、不確かさ度が高いドライビングフォースから(ドライビングフォースを組みあわせる場合もありますが)、最も大事な2つを選択して、それを2軸にして4つの領域でシナリオを作っていきます。これに対して両方の極を作ります。軸と両極の例を示します。

軸:エネルギーコスト
高コストのエネルギー
低コストのエネルギー
軸:規制環境
厳格
緩和
軸:成長市場
国内
海外
軸:新しいAIモデルの登場
広く普及
限定的

テーマと時間軸、そして2つの両極の組み合わせで計4つのシナリオを作ります。シナリオは、関係するペルソナを定義して、そのペルソナがその状態ではどうなっているかを想像して作り上げます。

例えば、「3年後の当社のビジネスは、新しいAIモデルが登場して広く普及し、成長市場が海外にシフトする中、東南アジアでの新しい販売チャネルを作り上げ、海外ビジネスを強化して、全体の売上の10%を占めるようにする」です。これを4つ作成するのです。

これが、不確実で起きる可能性がある4つのシナリオとなります。不確実で影響度の高いシナオリへの対応が、企業の差別化を生みます。その4つのシナリオに対してビジネスモデルを作成します。

それが取るべき手になり、どのようにデジタル技術を使って実装するかというポイントです。DXはテクノロジーをビジネスモデルから見ることが大事だということです。DXで世界的に有名なある企業の方がインタビューで、「ビジネスでやりたいことがあったとき、それを実装できる可能性のテクノロジーがあったので、たまたま使った」とおっしゃっていました。そう言ってみたいものですね。