ABMという言葉を聞いたことはありますか? B to Bマーケティングでは、このABMが大はやりです。マーケティングでABMだけを行う企業も出てきました。ABMは「Account Based Marketing」の略で、特定のターゲット企業に対し、古い言葉ではOne To Oneマーケティングを実行するものです。デジタル技術やMarTech(Marketing×Technology)の浸透により、以前は、家内工業のようなやり方だったOne To Oneマーケティングが、拡張性が高くなり、幅広いターゲット企業に対して実行できるようになっています。日本はABMで大きな後れをとっていました。土台となるABMツールが普及していないのです。しかし、最近はインテンツツールが登場し始め、普及の兆しが見えます。
B to Bマーケティングは、イベント実施や展示会への参加など外に向かっていくアウトバウンドの活動から、ソーシャルメディアなどを使って興味を喚起しWebサイトに誘導するようなインバウンドの活動に移りました。現在は、営業が狙っている企業に対し、どのようにしてリードやパイプラインを作るかが求められます。インバウンドでは、狙った企業以外のリードも出てきてしまうので、効率が悪いです。そこで登場したのが、新しいアウトバウンドとしてのABMなのです。これら3つはバランスを取りながら実行していきます。海外を見ても、いまだに主なリードのソースは展示会なのです。
ABMの2つのアプローチ
ABMには2つのアプローチがあります。超お得意様となる特定の数社に対するABMと、より広いカバー範囲のスケーラブルなABMです。筆者としては、この2つを組み合わせるのがいいと思います。
そもそもABMのターゲットとなる企業は、営業がリストアップしたNamed Account(攻めたいアカント)やGo To Market戦略でターゲットにしているセグメント(年商いくら以上の特定の業種など)に属する企業です。ABMをこれらのAccountを対象に実施することで、マーケティングと営業が密接に連携できます。同じ狙いですからね。なお、Go To Market戦略は営業戦略であり、どのセグメントにどの製品でGo Toするかを決めます。やるべきことと、やらないことを明確にするのです。やるべきセグメントについては、個別のAccountをどう攻めるかを決めます。では、2つのアプローチを見てみましょう。
特定の数社に対するABMとは、最重要顧客に対して、カスタマイズしたマーケティング活動を実施するものです。例えば、北川商事という会社を狙っているとします。北川商事向けの特別なセミナーを北川商事のオフィスで実施したり、北川商事向けのカタログやニュースレターを作ったりする感じです。ちょっと古典的ですね。これは、顧客ごとに何から何まで実施するため、コストのかかるものです。ですから、どうしても落としたいような戦略的な企業にのみに実施することになります。
できれば営業と一緒に、企業ごとにアカウントプラン(どのように攻略するかのプラン)を作成して、それをベースにABM作戦を練るのがよいです。Workdayでは、このアカウントプランが、営業、BDR(Business Development Representative)、マーケティングのコラボレーションツールとして位置づけられており、Review & Improveという名目でカイゼンを継続的に実施していました。最近は、Salesforceなどと連動するAltify社などのアカウントプラン用のアプリケーションがあり、これらを使うととても便利です。
その一方で、急速に増えてきているのは、よりスケーラブルなABMです。こちらが日本で遅れているものです。ABMは、数千のNamed Accountからの機会を創出するのが目的です。このNamed Accountを特定するサービスもさまざまです。グローバルのIT企業でよく使われているのはHG Insight社のSaaSです。これは、売上、業種、本社の位置などの一般的な企業プロファイルに、どのようなシステムにどれくらい投資しているかを加えています。
HG Insightsの社内のデータサイエンティストやアナリストが、事例や採用情報などの外部データを使って、数字を統計的に作り出しているようです。ですから完全なデータではなく、確度の高い参照可能なデータという位置付けです。日本の企業も対象に入っています。スケーラブルなABMは、さまざまなマーケティングツールがSAS型のMarTechで登場しています。デジタル万歳!です。
このスケーラブルなABMで、どのようなことができるかという一例を示します。例えば、ある特定の企業に属する人に、その企業専用のデジタル広告(バナー広告や検索広告)を表示します。それは事前に指定した特定のドメインに属する人しか表示しないのです。そしてそれをクリックすると、次にその企業専用のポータルサイトが提供され、そこには企業名や企業のサービス、場合によってはクリックした本人の名前などが表示されています。さらに、表示されるホワイトペーパーはその企業が属する業種に関連したものです。
これはすでに現実のことであり、LinkedInを見てみると米国のGartner社が同じことを筆者が所属する企業向けに実施していました。Named Accountの1社だったのでしょう。筆者が所属する企業の製品情報がGartner社のサイトにデジタル広告として表示されており、ヘッドラインも専用のものでした。それをクリックすると筆者が所属する企業の製品名などが入ったポータルサイトがあり、担当営業との会議が設定できるようになっていました。ついつい見てしまいますよね。
インテントがスケーラブルなABMの鍵
ここで、最近米国で普及してきたABM関連のアプリケーションを紹介します。マーケティングの世界では、Intent(インテント)という言葉がよく使われます。何か意思(Intent)を持った企業を取り込む活動です。代表的なIntentは、Googleなどの検索です。何かに興味があると、その次はかなりの確率で検索をするので、その機会をIntentとして捉えるのです。そのためのサービスを、米国のDemandBase社やMRP社が提供しています。
その仕組みは以下のような感じです。まず、Named Accountの一覧とそれらの企業の検索で使うような検索ワードの一覧を、ABMツールに事前にアップロードしておきます。Named Account上の企業の不特定の誰かが登録した検索ワードで検索すると、その企業がIntentを持っていることが分かります。
例えば、北川商事の誰かが「ERP」を検索ワードに使うと、北川商事はERPに興味があると分かります。営業やインサイドセールスはそれをみて、キーワードから類推して興味分野を想定し、その企業の既存コンタクトやZoomInfoと呼ばれるツールでコンタクトを取得して、そこに連絡します。また、広告ネットワークとつながっている場合はディスプレイ広告を実施して、コンテンツ・シンジケーション(ホワイトペーパーダウンロード)することができます。
実際にこのような仕組みで、ABMを何度も日本で実施しました。インテントを示した企業に対して、10%以上でOpt-inが取れ、さらにそこからPipelineに20%くらいでコンバートできました。
日本でABM実施する上で最もやっかいなのが、ZoomInfoなどのコンタクト取得ツールです。米国はOpt-Outの国ということもあり、LinkedInやZoomInfoから容易にコンタクト情報が取得できるのです。これらのツールがCRMと連携している場合も多いです。メールアドレスさえ取得できれば、どの企業のどのような役職の人かまで分かります。日本でこのABMを実施する場合は、テレマーケティングなどを組み合わせています。
これらのインテントツールは自社のCRMと連携も可能なので、CRMのコンタクト情報や過去のコンタト履歴をツールに表示させることが可能です。また、自社のWebサイトとも連携していますので、コンタクトをする前に、その企業の誰が自社のWeb上でウロウロしているかを確認することもできます。これもIntentです。
検索以外のIntentの例には、製品評価があります。日本ではITreviewという名前のレビューサイトがありますが、そのベースとなっている米国のG2 Crowdも同じような目的のものです。Gartnerも同じようなツールを提供しています。自社の製品をその評価サイトに登録してオープンに評価してもらい、その結果をインテントとして裏で見るのです。どの企業が評価したかまでは分かるので、その企業情報をもとに、上記の検索と同様に既存のコンタクトに連絡したり、コールドコールしたりするのです。
なお、Intent取得は、マーケティングだけでなく、自社の顧客を対象に実施することで、競合のキーワードで検索しているかどうかを確認して、離反防止につなげることも可能です。
Folloze、HighSpot、Sales IQ……マイクロポータル作成のためのABM
別の分野では、マイクロポータルを作成するアプリケーションもあります。それにはマーケティング主体なもの、営業主体なものと2種類あります。前者は米国のFolloze社、後者はHighSpot社、Zoho社Sales IQなどが提供しています。
マイクロポータルは、顧客ごと、または、業種ごとにポータルを作成して、そこに特定の企業を誘導します。Marketoなどのマーケティングオートメーションと連携し、電子メールでマイクロポータルに誘導することで、ポータルにはその企業のロゴや名称、個人名を表示することができます。例えば、"北川 裕康様ようこそ"などです。メール内のマイクロポータルのURLにタグを入れ込むのです。
メールではなく、例えば検索広告から来た場合でも、クッキーを許諾している場合はクッキーからデータプラットフォームを検索して企業名に変換できます。さらに、Follozeはドメイン情報でコンテンツを変えられるので、基本は業種のポータルにして、個別に見え方を変えることができるのです。ビジターごとの特別なサイトを作れるので、とても便利です。そこからコンタクト情報を得ることもできます。
デジタル広告もABM対応
デジタル広告も、One To One Marketingの分野は進化しています。例えば、国内のサービスであるSMN社のロジカド(Logicad)を使えば、特定の業種や特定の企業(ドメインで指定)のみにデジタル広告を出して、そこから関連する狙った企業をランディングページに誘導できます。
ADMATRIX DSPも、特定の業種にデジタル広告を出すことができます。Googleは、事前に特別な広告を出したいコンタクトのメールアドレスや電話番号をアップロードしておけば、それ以外の人の検索広告とは違うヘッドラインやコピー文を表示できます。Customer Matchといいます。ただし、Customer Matchはある程度の母数がないとコンバートまでもっていくのは難しいです。筆者はこれらのすべてのデジタル広告を実験的に使っています。
まとめ
適材適所でABMに使えるSaaSアプリケーションがいろいろあり、面白い世界になってきました。Gartner社が実施しているような包括的なサービスも登場すると予想します。そして、皆様も実はABMで狙われていますよ(笑)
ただ、ABMをスケーラブルにする場合、コンテンツをどう作るかが成功するためのカギとなります。やっぱり「Content is King」です。企業個別に特別なコンテンツを作ることは難しいので、業界のサブカテゴリくらいの粒度で作るのがいいと思います。例えば、業界が自動車産業であれば、サブカテゴリーはOEM(完成車メーカー)、部品メーカーなどです。なぜなら、サブカテゴリーに属する企業は同じような顧客ペインを持つからです。これによって、汎用とカストマイズの中間くらいのコンテンツに仕上げることが可能です。