みなさんこんにちは。エンジニアが持つすばらしき「シェア文化」の背景に迫る連載も、いよいよ最終回。

最後のインタビューイは、エンジニア特化型Q&Aサイト「teratail(テラテイル)」のエキスパートユーザーで、エンジニアのシェア文化の根幹であるコミュニティ文化をつくってきたkoyhoge氏。シェア文化の歴史を教えてもらった前編に引き続き、後編ではエンジニアコミュニティの本質に迫りながら、koyhoge氏ならではのteratailの使い方を伺った。

コミュニティとは、個人と個人の繋がりが積み重なってできるもの


【koyhoge(小山哲志氏)】合同会社ほげ技研代表社員。日本UNIXユーザ会(幹事)を始め、日本PostgreSQLユーザ会、日本PHPユーザ会など、多岐にわたるOSSコミュニティの活動を支える。2007年にはOSS貢献者賞にも選ばれている。共著書に「PHPエンジニア養成読本」「Laravelエキスパート養成読本」など。teratailではエキスパートユーザーとしてPHP関連の質問に回答中。


―― koyhogeさんはいまのエンジニア文化をどう捉えていますか?勉強会でいえば1日にいくつも開催されるようになりましたが。

よりフラットになっていますね。昔はコミュニティに対する帰属意識が高かったので、「日本UNIXユーザー会の小山」「◯◯の小山」など、肩書のようにどこに所属しているか意味を持っていました。最近はそういう所属を明確に持たない人が多いですね。ここ5~6年で、コミュニティがもっと広くてゆるい曖昧なもの、スープのようなものになっている気がします。

―― なにか要因はあるのでしょうか?

もちろん情報が発信しやすくなったのもあるでしょうし、人と人が繋がりやすくなったのもあるでしょう。そして、ソフトウェアが扱うべきジャンルやターゲットが増えたので、いろんな技術の組み合わせが出てきて特化しにくくなったのだと思います。逆に、特化せずにいろんなことをやっているDevOpsのようなものもあって、それぞれに強い人と弱い人がいて。いろんな技術のポートフォリオを自分で組んでいるような状態だから、「あなたはどこに所属していますか?」という問い自体が意味を成さない。要は境目が無いんですよね。逆を言えば、広く技術コミュニティがあって、その中でゆるく分類分けされているイメージかな。重要なのは「どこ」という組織ではなく、個々の人たちが担っているということ。ある技術が流行るか流行らないかは影響力の高い特定の個人が使っているかどうかで左右されることも多いですよね。個々のブランドがあって、そういう人たちと繋がる場としてコミュニティがゆるく存在している。

―― コミュニティの実態って何だと思いますか?

今だとSNSやチャットでやりとりされる言葉がコミュニティの実態なんじゃないかな。それがオンラインの部分で、対するオフラインは、昔ながらの飲み会だったり顔を突き合わせての人同士の繋がりそのもの。

―― そのコミュニティは何かしらの目的を持って集まる場なのでしょうか?

最近は明確に「集まっている」という意識は薄いんじゃないかな。個々の人たちと繋がっているという繋がりを持っているだけ。それが無数に重なっている状態なんだと思います。つまり、個人がすごく強くなっているんですよね。個々ができるジャンルも広がっているし、クラウドのような技術のおかげで、昔だったら高額なハードウェアを買わなきゃできなかったこともボタンひとつでできてしまう。個人のエンパワーメントが強いからこそ、個人のスキルによっては天と地ほどの差が出るのです。その上でさらにチームビルディングみたいなことをやっている人たちがいるから、スキルの高い個人を中心としたコミュニティというものが出来上がっていくんじゃないかな。

そういえば、最近のベンチャー企業はコミュニティに参加するのを推奨する傾向がありますよね。そのテックコミュニティの中で存在感を出すことが、自社のサービスやエンジニア採用に繋がっていくことを理解している。それがここ4~5年で生まれた新しい流れだと思います。

―― 90年代は、コミュニティはどのように捉えられていましたか?

一般的には全く知られず、一部で狭く盛り上がっているものだったと思います。「あの会社にはあの人がいる」というのを知っている人がごくわずかな状態。そもそもそういうことを取り上げるメディアがありませんでした。エンジニアがインタビューされるという風潮は多分ここ10年くらいだと思いますよ。そのくらい一般の人から見ると興味の対象外で、エンジニアが表に出ることなんてなかった。だから、集まった時にあの人こんなところで働いてるのかって狭く盛り上がる感じ。そのコミュニティでは情報がわーっと埋まるんだけど、周りは全く知らないみたいな。

でも、今も普及したかといったらそうではないですよね。たとえば、就職活動で悩む学生はエンジニアになりたいんだったら就活なんかやめて、コミュニティの勉強会に顔を出してどんどん話した方がいいと思うでしょ? どの会社もエンジニア不足の状況で「僕はこんなこと出来ます」って見せれば良い採用になるかもしれない。でも学生にそんなこと言ってもわかってもらえないんですよ。知れ渡っていないという点では昔と同じような状況が続いている。

コミュニティを場所や年代にとらわれずに浸透させたい

―― では、koyhogeさんは今後エンジニアコミュニティをどうしていきたいですか?

さっきの就活の話じゃないですが、まだまだ我々はアピールが足りないと思います。就活で胃が痛くなる学生は1人でも減ってほしいし、ソフトウェア開発をやりたい人というが苦労せずにエンジニア業界に入って来てくれれば嬉しいじゃないですか。そういう風にもっと裾野が広がってほしいですね。

コミュニティそのものについては、地方はまだ弱いと聞きます。地方でも技術力のある人はいるけれど、仲間がいなくて寂しい思いをしていると。東京一極集中だったのが、最近は福岡とか札幌、大阪あたりも盛り上がりだして。コミュニティの面白さやメリットを地方に伝え、横の連携が取れていくと面白いと思います。

―― 物理的な距離が近いことは大事なのでしょうか?

一度でいいから会って話すのって重要なんです。それでこの人はこういう人だとわかると、その後チャットでやりとりしていても、その人の顔や声が浮かぶじゃないですか。浮かぶと浮かばないだと全然違う。いろんなところでイベントやって仲良くなり、そこから先はリモートで連絡というの流れはアリだと思います。多分、地方のエンジニアの中には、そういうきっかけすらつかめていない人もいるんじゃないかな。私が理事を勤める日本PostgreSQL会に地方支部があるように、その技術を使っている人って近くに絶対いるはずなんですが。

その観点でいくと、AWSユーザーグループのJAWS-UGはコミュニティづくりがすごく上手いです。いろんな地域で困っている人を支部リーダーがサポートし、全体として層の厚いコミュニティになっていますよね。JAWS-UGが「クラウドだったらAWS」という空気を作りあげている。価格や性能的な観点で圧倒的かといったらそうとも限らないのに圧倒的シェアを誇っているのは、コミュニティでノウハウが溜められるから安心できるという点が大きいと思います。ビジネスでコミュニティを創出した稀有な例だと思いますよ。AWSがモデルケースになって他のサービスが真似しようと動いているくらいですから。コミュニティをビジネスとして動かし、ただ単に好き者だけが集まるのではなく、ちゃんと仕事へ繋げる。そういう動きが今後はどんどん出てくると思います。

メーリスにできてQ&Aサイトには足りないユーザー同士を「繋げる」力

―― koyhogeさんはたまにteratailで回答してくださっていますが、どんなときに使われていますか?

「そういえば最近アクセスしてなかったな」って時にふらっと訪れます。頻度でいうと2週間に1回くらいかな。基本的には「未回答」をチェックしています。質問を眺めているのが面白いんですよ。マニアックな質問を見ると「回答つくのかなあ」なんて思ったり。調べて興味が湧いたり答えられそうなものだったら回答します。

―― どういった質問が未回答のままになっている印象がありますか?

質問の意図が分からないものと、ものすごくニッチなもの。かなり特殊なライブラリを使っているとか、環境が特殊とか。ものによっては面白そうと思って調べちゃいますけどね。こういうライブラリならきっとこんなAPIがあるだろうと予測しながら調べていって当たると楽しいんです、パズルみたいで。

―― そういった質問はメーリスでQ&Aをしていた時代でも解決されなかったのですか?

各メーリスに答えられない質問が来ると、「もうちょっとこの情報載っけてよ」みたいなことを返す名物的な人が1人はいました。手厳しい方もいましたが、そういった人のおかげで質問と回答が結びついていきましたね。

―― koyhogeさんがteratailで印象に残ったQ&Aは?

自分が回答したものになりますが、「class Closureの取得方法です。ぽんぽんと質問と回答がやりとりされ、すぐ解決に至ったあのテンポ感が良かったですね。質問見たときには回答が分からなかったのですが、PHPのマニュアル見たらすぐできて。回答した数時間後にはベストアンサーになっていました。シンプルだけどブログ記事にできるくらいうまくまとまったQ&Aだと思います。余計なものが全くない感じがいいですね。「俺、いい仕事したな」と思いました。

―― コミュニティの遍歴を見てきたkoyhogeさんからみてQ&Aサイトってどう思いますか?

昔のコミュニティでいうメーリスが、SNSやQ&Aサイトに変わったのは間違いありません。それ以外のメーリスが果たしていた役割として、知らない人同士を繋げて仲良くなっていくというのがあったんですが、Q&Aサイトにはまだその役割は果たせていないかなと思います。質問した人と回答した人を繋げて強固なコミュニティにしていくことが必要なんじゃないかな。メールの最初にある自己紹介をしたり余談があったりという脱線部分は、その人を知るキーになってもいるんですよね。でもQ&Aサイトだとそれがノイズになってしまう。でもそこをQ&Aサイトに求めると、Q&Aサイトとしての質は落ちていくとも思っていて、さっきの「印象に残ったQ&A」で話したパーフェクトな回答と相反してしまいますよね。だから、別なレイヤーで雑談ができるといいのかもしれない。人を主役に持っていく場所がどこかにあるともっと良いと思います。人が集まればコミュニティが出来ていくと思うので。

―― では最後に、koyhogeさんの思うエンジニアコミュニティの魅力を教えてください。

誰にでもオープンなところですね。コミュニティの中には「俺すごいんだぜ」っていう人がいないんですよ。本当はすごい人ばかりなのに気軽に話せますよね。だから、コミュニティをもっとフラットな場にしていきたいです。コミュニティに属するひとりひとりが初めて来る人にフラットに接していけば、その人がコミュニティに早く馴染み、新しいエンジニアを連れてくる。そんないい連鎖が広まっていくので、エンジニア業界がどんどん良くなっていくはずです。

エンジニア同士の繋がりが、エンジニア業界を良くしていく

今回のkoyhoge氏インタビューは、これまでに聞いたteratailトップランカーたちの話の総評といっても過言ではないだろう。エンジニア業界はお互いが助け合うことで技術力を磨きあげ、発展してきた。自身の経験を共有していく"シェア文化"は、ネットニュースやメーリスから、現在はteratailなどのQ&AサイトやSNS、そしてコミュニティという形で色濃く受け継がれている。会社や肩書などさまざまな壁を超えて知識がシェアされていくからこそ、次々とスピード良く新しい技術が生まれ、ワクワクし続けられるのだ。これこそがエンジニアの魅力なのではないだろうか。

シェア文化やコミュニティ活動がますます浸透し、日本のエンジニア業界が盛り上がっていくことを願って、本連載を終えようと思う。ありがとうございました。

執筆者紹介

木下雄策

1988年生まれ、福岡県出身。エンジニア特化型Q&Aサイト「teratail」のDevRel(技術者向け広報)担当。2013年にレバレジーズに新卒で入社し、1年でトップ営業マンとなった後、現在のteratailチームにジョイン。年間30以上のエンジニア向けイベント/勉強会を開催している。好きなものはJavaScript(ただしド素人)とスノーボード。