企業が市場で勝ち抜いていくうえで、データ活用が必須であることはもはや言うまでもない。小売業においても、データを活用した業務効率化やビジネスモデルの変革、新たなビジネスの創出が求められている。では、販売データや在庫データなど、蓄積された膨大なデータをどのように活用すれば成果が得られるのだろうか。

本稿では小売業が抱える課題を踏まえ、小売業がビジネスを成長させていくうえで必要なデータ活用の考え方について、フルカイテン 取締役CPOの田中大介氏に伺った。

小売業における課題とは

田中氏は小売業における大きな課題として「在庫滞留」を挙げる。これは、その言葉の通り、企業が抱える在庫が増え、適切に消化(販売)できずに倉庫や店舗にたまってしまっている状態を指す。同氏によれば「在庫についてはほぼ全ての企業で何かしらの課題があるものの、在庫滞留をどの程度大きな問題だと捉えているかは企業によってまちまちだ」という。もちろん、在庫を大量に抱えたい企業などないはずだ。ではなぜ、在庫滞留は発生するのか。

在庫滞留の原因①:在庫を指標にしていない

1つ目の原因は、そもそも在庫に目を向けた指標設定がなされていないことにある。同氏によると、多くの企業では事業全体や店舗、商品ごとの売上、そして利益といったPL(損益計算書)に反映される指標を重視しているという。もちろんこれらの指標も重要だが、在庫イコール資産である以上、本来は在庫状況にも着目しておくべきだ。

「手元に在庫が溜まっていくということは、資産を適切な価値で現金化できず、やがてキャッシュがなくなるということです。 それなのに、見かけ上は売上や利益が出ている。これが黒字倒産の要因です」(田中氏)

在庫滞留の原因②:セールありきの商習慣

もう1つ、在庫滞留の原因として同氏が挙げたのが小売業ならではの商習慣だ。アパレル業が例として分かりやすい。多くの購買者が「季節の変わり目にはセールがある」と考えており、実際、ほぼその認識通りに開催される。問題なのは、メーカー側も“セールがある”ことを前提に、ニーズ以上の製品をつくってしまっていることだ。

「業界全体では需要の2倍くらいの供給をしてしまっている状態です。売上を最大化するためにニーズ以上のものをつくり、粗利を大幅に削ってセールをし、さらにさばききれなかった在庫は廃棄してしまっている。これが業界最大の問題なのです」(田中氏)

在庫を多く持てば、売上は最大化できる。と同時に、在庫も最大化する。売上が最大化できているので、一見良いように思えるが、そうではない。本来ニーズのないものをつくっているので定価では販売できず、セールで叩き売るはめになる。結果、粗利が減り、在庫も残り、新たな資金が生まれないため投資ができないという悪循環に陥るのだ。

データ分析で把握する“正しい”在庫状況

では、どのように在庫をコントロールすれば、粗利を最大化できるのか。そこで向き合うべきなのが、在庫データだ。

田中氏曰く、売上予測と消化予測という2つの指標を基にデータを分析すると、在庫は4種に分類できるという。1つ目は売れ筋の在庫だ。これは売上粗利に貢献するが、早く売り切れる可能性が高く欠品リスクが高い。2つ目は隠れた売れ筋在庫だ。売れ筋在庫を同じくらい売上粗利に貢献するが、仕入れの量が多すぎて消化に時間がかかる欠品リスクの低い、利益向上の鍵となる最重要在庫。3つ目は様子見在庫だ。早く売り切れそうだが、売上粗利の貢献度は低い商品群である。4つ目は危険在庫だ。売上粗利への貢献も低く、売り切るのにも時間がかかる欠品リスクの低い在庫。そのため、滞留在庫化する可能性が高い。

  • 売上予測と消化予測を指標にした在庫データの分析(出典:フルカイテン)

これら4つの商品群を全て「在庫」として捉えてしまえば、定価で売り出したものを全て同じセールのタイミングで値下げをすることになり、得られるはずだった粗利も損失することになる。逆に、それぞれを適切なタイミングで値下げすることができれば、一律で値下げをするよりも大きな粗利を確保することができるのだ。

小売業がデータ活用で重視すべき「先行指標」

このようにデータを活用する際、着目すべき点として田中氏が挙げたのが先行指標である。従来、小売業では仕入れに対して定価で売れた割合を「プロパー消化率」と呼び、着目してきた。しかしこれは遅行指標であり、「分析時に見ても意味がない」と同氏は指摘する。

「テストで50点だった子どもに、『(今回のテストで)あと50点分なんとかするように』と言ったところで、もうテストは終わっているので、どうすることもできません。これが遅行指標です。見るべきものは先行指標、テストで言えば、次回につながるような勉強時間を増やすといった取り組みを指標にすべきです」(田中氏)

フルカイテンが提唱する先行指標には、売上/粗利貢献度、完売予測日などがある。

粗利率を向上させた事例:イー・ジーニング(アウトレット部門)

実際に、先行指標を見て、早めに策を立てることで粗利額と消化率を改善したのがイー・ジーニング(アウトレット部門)だ。同社はエドウインブランドの販売を手掛けている。

従来、イー・ジーニングではマーチャンダイザーの経験に基づき値引きのタイミングを決定していた。しかし、本来する必要がない値引きをしていたり、本当は必要な値引きに気付かず行動に移せていなかったりするケースがあり、課題となっていたという。

そこで、テスト的にアウトレット専用品をターゲットにし、データ分析ができるツールを導入して売上/粗利貢献度、完売予測日といった先行指標に着目した分析を行い、 その結果に基づいた値引きを実施。その結果、創出粗利額は133%増、消化率3.2%増に加え、プロパー消化率も1.0%増加したという。

この結果を踏まえアウトレット専用品以外のデータ分析にも着手していく予定だという。

この取り組みからはもう1つ、「データを活用する意義が見えてくる」と田中氏は言う。小売業では複数店舗を展開する企業も多く、担当者の値引き判断では属人的になってしまうことが時々ある。指示を出すマーチャンダイザー側も自身の“感覚”頼みでは、論理的な値引き理由が伝えられない。イー・ジーニングの場合は、ツールのテスト導入の段階で明確な成果が出たため、誰もが理解・納得できる数字データで値引き理由を示せるようになったそうだ。

「先行指標を見ていないと、足元の実績が出ているから問題ないとか、値引きをする根拠がないという声があがります。各マーチャンダイザーの判断は肌感覚でなされており、判断をするための決め手には欠けるのです。先行指標がしっかりと見えると、きちんとした根拠になり、社内全体で共通認識が持てるため、早めに手を打つことができます。データを活用し、しっかりと成果が出ると、データへの信頼度が上がるのです」(田中氏)

最後に田中氏は改めて、小売業におけるデータ活用の重要性を繰り返した。

「今後小売企業が向かうべき方向性は適量生産、つまり在庫を減らすことになります。しかしそれで利益が減ってはビジネスとして成立しません。売れるものを仕入れて、適切なタイミングで適切な価格で販売することで、粗利を上げることが重要なのです。そのためには、しっかりとデータを見て、確認することが不可欠です」(田中氏)

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