企業が競争力を維持し、成長し続けていくうえでデータ活用が重要であることについて、もはや多くの人に異論はないだろう。では、企業が効果的にデータを活用するためには、どのように進めていけばよいのか。

本稿では、IT企業、金融企業、エンタメ企業と多業界でデータマネジメントを推進する吉村武氏から企業におけるデータ活用の進め方のポイントを学ぶ。

  • 吉村武氏

データ活用のよくある“失敗”パターンとは

データ活用を進めるにあたり、「まずはデータを分析しよう、そこから何かのインサイト(洞察)を得よう、それを基に売上を伸ばせるはず」と考える人もいるだろう。しかし吉村氏は「それこそが失敗パターン」だと語る。

研究が目的の企業や機関であれば、そのような取り組み方も間違いではない。しかし企業がビジネスを効率化したり、拡大したりする目的で行うデータ活用の場合、まずすべきは分析ではないのだ。では、企業は何から着手すればよいのか。

その解に迫る前にまず、データ活用の種類についておさらいしておこう。

データ活用の種類

一言で「データ活用」といっても、さまざまな取り組みがある。前述の「データ分析によるインサイトの導出」も、データを基に何かを行うという意味でデータ活用の一種には違いない。その他のデータ活用の例として吉村氏が挙げたのは、以下のような事例だ。

・ある数値を定期的にモニタリングし、異常値を観測した際にすぐに対応することで、インシデントの影響を少なくする
・目検で行っていた事務作業をデータによってシステマチックに整備し、手作業を減らして、運用コストを下げる

同氏は「数字を集めれば新しい勝ち筋を見つけられるはず、と“妙な期待”を抱く方が多いが、どのようなデータ活用を実施するにせよ、まずはデータの活用目的を明らかにしておくことが大切」だと話した。

データ活用の進め方

データ活用を進める際、まずデータ分析に取り掛かるのは「失敗パターン」だと吉村氏は言う。では、何から始めるべきか。ここから6つのステップに分け、それぞれを見ていこう。

ビジネスインパクトの大きさを検討する

吉村氏がまず挙げたのは、ビジネスインパクトの大きさを検討することだ。ビジネスとしてデータ活用を進める場合、ビジネスインパクトの大きさや、コストパフォーマンスなどを加味したうえで、そのデータ活用が有意義なのかどうかを検討する必要がある。

仮に、メールマーケティングにおいてCVRを上げることが目的だとしよう。メール送信からの購買が100名だったところ、データを活用した結果、150名に増えたとする。数値だけ見れば1.5倍に伸びており、“すごい”成果のように思える。だが、もしも増加した50名が購入する金額が合計5万円であり、データ活用をするための人的コストが50万円だったとしたら、果たしてそれは取り組む意義があることなのだろうか。

「適切なビジネスインパクトがあるのかを把握し、適切なデータに結び付けていくことが、データ活用を行ううえで重要になってきます。まずはビジネスインパクトがあるものを調査することが、データ活用の肝なのです」(吉村氏)

ビジネスインパクトの大きさを見るうえで、大切なのは数字だけに向き合うのではなく、外と内、両方からビジネスドメインを理解することだと同氏は説明する。「外から見たビジネスドメイン」とはビジネスの構造や、どう収益を上げているのかといった事柄を指す。一方、「内から見たビジネスドメイン」には具体的な業務プロセスや、専門的な知識・経験などが該当する。これらを踏まえ、同氏は「ビジネスインパクトの大きさを把握するためには、ビジネスマネタイズの知識が必要」だとまとめた。

数字を見るだけではうまくいかない例として、よく挙げられるのが「アイスが売れると、水難事故が増える」というものだ。暑い日はアイスを食べる人が増えるし、海に行く人も増える。海に行く人が増えれば、水難事故発生の可能性も高まる。ポイントは、この2つの事象は互いに相関関係はあるものの、因果関係があるわけではないという点だ。数字だけを見て、水難事故の現場にアイスを並べても、売上が伸びるわけではない。

また、同氏は因果関係があるものの例として、スーパーマーケットで餃子の皮の横にひき肉を置くと、売上が上がるという事象を挙げた。これは、餃子をつくる際にはひき肉を使うこと、つまり顧客の動向というビジネスドメインへの理解があるからこその施策である。仮に数字だけを見て、ひき肉と一緒に買われることが多いからと大根をひき肉売り場の横に置いても、売上の向上にはつながらない。

重要なのは、数値だけに向き合うのではなく、ビジネスドメインを理解することなのだ。

KPIを明確にする

ビジネスインパクトの大きさからテーマを決定した後に取り組むべきは、KPIの設定である。CVRをKPIにする場合には、現在の状況を鑑み、目標値を設定する。KPIが明確でない場合によく陥るのが、さまざまなデータを並べるレポートやダッシュボードが量産され、何の数値をどう見るのかが分からないまま、いつの間にか誰もデータを見なくなるという現象だと吉村氏は指摘する。

「ビジネスインパクトにつながる示唆を見つけ、それを定量的なKPIにするということがデータ活用の“企画”と呼ばれるフェーズです」(吉村氏)

データを収集する

次に必要なのが、データの収集だ。ここでのポイントは、なぜそのデータが必要なのかという根拠である。データ分析を担うチームが「データをください」と言うだけでは、多忙な事業部門から十分なデータは集まらない。「このような示唆が得られ、ビジネスインパクトを生み出せる」という理由までを説明して初めて、円滑なデータ収集が可能になる。

データ基盤を整備する

収集したデータは、整える必要がある。吉村氏は「データサイエンティストの間では、前処理が8割だと言われている」と述べ、データ基盤の整備の重要性を説いた。PoCのためのプロトタイプ作成であれば、仮設環境でも分析を行うことはできるが、「ずっと使い続けるのであれば、収集したデータを整備した状態で保持することが大切」だと言う。データ基盤としては、ビジネス要件やデータの種類、目的などに応じて適した製品を選ぶことになる。

分析環境を整備し、実行する

データ基盤が整備されたら、次はいよいよデータ分析を行う。ここではデータサイエンティストらがSQLやPythonといったプログラミング言語を用い、データを加工しながら分析を進めることになる。

仮にデータサイエンティストのような専門家が社内にいない場合、データ分析を進めることは難しいのだろうか。こうした疑問に対し、吉村氏は「分析機能がパッケージングされたソフトウェアを使うという方法もある」とした。

分析結果の比較・検証

最後に、データ分析をした結果が本当にKPIに結び付くのかを比較・検証することが必要だ。吉村氏は自身が用いる手法の1つとして、オフライン検証とオンライン検証を挙げた。オフライン検証とは、過去のデータを用い、まずは机上でシミュレーションを行うことを指す。

ここで気を付けるべき点は、過去データの選定基準だ。例えば、コロナ禍のような大きな社会変容があった場合、その期間のデータを用いてシミュレーションを行っても、再現性は低い。適切な期間や対象の過去データを使用してこそ、検証の意味があると言える。

オフライン検証で、KPI達成を見込める分析結果が出た場合、本番環境に展開、つまりオンライン検証のフェーズに移る。ここではいきなり全体に適用をするのではなく、A/Bテスト形式にする、本番環境の1割程度を対象に事前実証を行うといった方法をとることもあるという。

このようなプロセスを踏むことで、企画時に定めたKPIの達成につながる可能性を高めることができる。また、ビジネスインパクトを検討したうえでKPIが設定されているので、データ活用が進むと、ビジネスに影響する成果を出せるという状態をつくることができ、さらにデータ活用が推進されていくのだ。

* * *

「データ活用の必要性は感じているものの、何から着手すべきなのか分からない」「データ活用をし始めたけれど、大した成果が得られていない」という悩みを抱える企業は少なくない。吉村氏のアドバイスを参考に、改めて「なぜデータ活用をするのか」「データ活用のゴールは何なのか」から考え始めていただきたい。

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