「FIDO」挿絵

現在、我々は毎日、何らかのパスワードを入力しながら生活しているのではないか。

まずスマホのロック解除、PCにログインするためにもパスワードがいる。また各種ソフトやサイトに入るためにも、個別のパスワードが必要だったりするだろう。

そういった設定はしていないという人でも、ATMで金を下ろそうと思ったら暗証番号の入力が必要だ。金は全部自宅に置いている、という人もいるかもしれないが、PCやスマホのロックさえしないタイプの人間が、家に大金を置くのはやめた方がいい。

「一億総パスワード時代」、その現状

パスワードは確かに煩わしいが、情報や金を守る以上、煩わしいほど厳重でしかるべきだ。しかしそういったパスワード認証は、煩わしい上に肝心のセキュリティさえも完璧とは言い難い。

どれだけシステムのセキュリティが強固だろうが、そのパスワードを管理するのが人間だったらすべてがご破算である。セキュリティのことを考えるなら、IDやパスワードを機器ごとに違う番号やワードで設定すべきだ。

しかし多くの人間が「覚えきれない」「紛らわしい」という理由で、IDやパスワードを統一してしまっていないか。確かに「これさえ覚えておけば大丈夫」ともいえるが、逆に「これがバレたら全部バレる」とも言える。

そうは言っても、たくさんパスワードを作ったら覚えきれない。そのため人はメモに残し、さらに何のパスワードか忘れないよう、PCのパスワードならPCのディスプレイにふせんで貼り付けてしまったりするのだ。中には、ATMの暗証番号をキャッシュカードにマジックで書いてしまう御仁すらいる。

あらゆるIDとパスワードをメモ帳ソフトに書いて「パスワード」という名前でデスクトップに保存しているという、合理的かつ「一網打尽」な人も存在するし、そのPC自体のパスワードは、当然のようにディスプレイに貼り付けてあったりする。

一番漏洩の心配がないのは、どこにも記録せず、本人が記憶しておくことだが、どんなに記憶力に優れた人でも、突然トラックに轢かれて忘れてしまうことだってある。トラックに轢かれてなお生きていたならパスワードのひとつや二つ忘れてもいいとは思うが、その後面倒な再設定をしなければいけない。

中には最初からパスを覚える気がなく、ログインのたびに「パスワードを忘れてしまった方」をクリックしパスを再設定している、というある意味セキュリティに優れた人もいるが、煩わしいことには変わりがない。

最近ではパスワードだけでなく、操作の都度に発行される「ワンタイムパスワード」を入力する「多要素認証」を行っているところもある。「ワンタイムパスワード」は、使用者のスマホに直接メールで送られたり、事前に本人宛に送られた「トークン」という端末に表示されたりする。これにより、より本人認証度が高くなるし、仮にパスワードが漏洩しても、不正操作をすることはできない。

しかし、トークン自体を無くす奴もいるし、私も今まさに、認証システムを入れたスマホを機種変の手続きをすることなく変えてしまったため、自分のネットバンクの口座にログインできない、という事態に陥っている。

人間の記憶に左右されない認証システム

つまり、人間の記憶力や性格に左右されているようなシステムは欠陥としか言いようがない。それに代わる認証システムが今回のテーマ「FIDO(Fast IDentity Online)」だ。

FIDOは「素早いオンライン認証」という意味の文言の頭文字をとった略称で、インターネットを使ったサービスなどで用いられる、パスワードを使わない認証の標準化技術のことを指している。ここまで説明してきたような、パスワードを人間が覚えることを基本とした認証方法に取って代わると言われており、主に生体認証が使われている。生体認証とは、指紋や目の虹彩などで認証をすることだ。(参考: パスワードレス認証技術 FIDO)

どれだけだらしない人間でも、指や眼球が見当たらないとか、家に忘れてくるということはそうそうないはずだ。

しかし、パスワードなら漏洩したらパスワードを変えることができるが、もし指紋データが流出しても、指を変えるということはできない。生体認証の方が、データ流出したときに致命的なのでは、と思うかもしれない。

しかしFIDOはデータをサーバ上で認証するのではなく、端末上で行うため、サーバにデータが流れることはない。よって、PCの前にパスワードを書いた指や眼球を置き忘れない限りは漏洩の可能性が低い。

現在すでに、iPhoneなどはログイン時に顔認証を使用しており、「すっぴんの時は認証してもらえなかった(笑)」というような、心を許してない相手にも使えるどうでもいいジョークも聞こえるようになった。

将来パスワードはいらなくなったとしても、毎日同じクオリティの顔で生活しないと、ネット通販ひとつできない未来が待っているかもしれない。

<作者プロフィール>

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カレー沢薫
漫画家・コラムニスト。1982年生まれ。会社員として働きながら二足のわらじで執筆活動を行う。デビュー作「クレムリン」(2009年)以降、「国家の猫ムラヤマ」、「バイトのコーメイくん」、「アンモラル・カスタマイズZ」(いずれも2012年)、「ニコニコはんしょくアクマ」(2013年)、「やわらかい。課長起田総司」(2015年)、「ねこもくわない」(2016年)。コラム集「負ける技術」(2014年、文庫版2015年)、Web連載漫画「ヤリへん」(2015年~)、コラム集、「ブス図鑑」(2016年)、「やらない理由」(2017年)など切れ味鋭い作品を次々と生み出す。本連載を文庫化した「もっと負ける技術 カレー沢薫の日常と退廃」は、講談社文庫より絶賛発売中。

「兼業まんがクリエイター・カレー沢薫の日常と退廃」、次回は2018年3月20日(火)掲載予定です。