システムは動いて当たり前。トラブルが起これば責任を負う――そんな意識がまかり通ってしまっている運用・保守の仕事に対してマカフィーの加藤社長は、経営と運用・保守を結び付けることの重要性を訴えています。今回は加藤社長に、運用・保守の重要性、運用保守担当者の心構えについて話をお聞きしました。

「安全と水はタダ」ではない

マカフィー代表取締役社長兼米国本社シニアバイスプレジデント 加藤孝博氏 (撮影:永山昌克)

「運用・保守は経営の一翼。その意識を常に持っていないと、これからの時代を勝ち抜いていくことは難しい」 加藤氏は、システムの運用・保守の重要性をこのように強調する。
ご承知のように運用・保守の世界では「トラブルを起こさないこと」「トラブルが起きても顕在化させないこと」が最大のミッションとなっている。システムが平穏無事に動いていることが"当たり前"であるため、成果を対外的にアピールしたり、評価を得たりすることが難しい仕事であるとも言える。

特に日本では「安全と水はタダ」という風潮が強かったためか、実際にシステム障害やセキュリティ事故が起こってから、やっと運用・保守の重要性が意識されるということになりがちだった。いわば本来「縁の下の力持ち」として事業運営を支えるはずの運用・保守の役割が、タダ同然で手に入れられるものとして、軽んじられてきたとも言える。
そんな状況にあるからこそ、加藤氏は、「運用・保守が事業運営に与えるインパクトを検討し、そのための意識や組織づくりに取り組んでいかなければならないはずだ」と訴えているのである。

パッチ適用漏れで上場廃止になった例も

加藤氏は、運用・保守と事業運営との結び付きを、自動車のレースにたとえながらこう説明する。
「競合チームが時速200kmのスピードで車を走らせるなか、自分のチームだけ時速100kmで走っていたのでは勝ち目はない。開発担当者は時速200kmで走れる車を作らなければならないし、運用や保守の担当者はその性能が最大限発揮されるように状態を点検して修繕を施し、足りない要素があればそれをチームに周知させなければならない。レース中に車が時速100kmでしか走れなくなったのに『とりあえず車は動いている』では済まされないのだ」

ところが実際の運用・保守現場では、これと似たようなことがしばしば起こりがちだという。
例えば、システムのパフォーマンスが低下しても、その原因をすぐに発見できなかったり、脆弱性の脅威にさらされていても対策を先送りにしたりといったようにだ。現場担当者が潜在リスクを上層部に報告しても、マネジメント側がその重要性を過小評価して放置してしまうという例も少なくない。

ここで加藤氏は、ある上場企業の例を明かしてくれた。
この企業では、セキュリティ・パッチの適用を怠っていたがために、年度末決算を控えた12月に、会計部門の200台のPCにウィルスが蔓延したという。その結果、決算処理に大幅な遅れが生じて上場基準に抵触し、結局上場廃止となってしまったのである。そのため、「運用・保守に携わる担当者、担当責任者、そして、経営層は、こうした例をレア・ケースとするのではなく、運用・保守と事業継続に計り知れない影響が出ることを強く意識すべき」というわけである。

運用・保守担当者も「現場主義」で臨め!

もっとも、このような意識改革は、組織体制や企業風土にも関わるものであり、実現も容易ではない。そこで加藤氏が同社で実践しているのが、「現場主義」の徹底であるという。
「現場主義というのは、事態が発生している現場に身を置き、五感をもって事態の把握に努めることを指している。例えば、営業ならお客様の元に出向き、困ったことや新たなニーズがないかどうかを直接聞くようにする。運用・保守担当者であれば、利用部門に出向き、不具合や改善点を探るようにする。特に、ITのマネジメントは管理的な要素が強くなることから、現場に行かなくなる傾向が強い。意識的に"外へ出る"という姿勢を保つことが絶対に必要だ」

ある調査データによると、メールのやりとりだけでは、実際に起きていることの20%程度の情報しか得られないが、電話を使うことによってこれが50%程度に上がり、さらに直接会って話すことで90%程度まで上昇するということが報告されている。
加藤氏が現場を重視するのは、直接会うことでしか得られない情報を使って事態を正確に把握し、速やかに次の対策につなげることにある。そうすることで、社員全員が事業運営に携わるという意識を醸成することを狙っている。

ちなみに同社では、現場主義を徹底させるために、営業や製品サポートにとどまらず、間接部門・管理部門のメンバーも現場へ出ることを強く奨励しているという。そして、日々の業務や定例会議の中で、その意識を叩き込まれることになる。これは、管理職やマネジメント層でも例外ではなく、加藤氏は「"頭のいい"人間が集まると、会議ばかりで外に出なくなる傾向がある」と指摘し、客先に出向かず官僚的になりがちな管理職のあり方を諫めている。

「運用・保守の担当者でありながら、『うちの部門はビジネスとは直接関係ないので』などと主張するのはもってほかだ」(加藤氏)
その上で、「運用・保守に携わる人間こそ率先して現場に出向き、現場主義を会社全体に浸透させていくリーダーであるべきだ」と檄を飛ばすのである。

プロフィール

加藤孝博氏
1950年大分県生まれ。58歳。日本のIT産業揺籃期に伊藤忠データシステムズ(現伊藤忠テクノソリューションズ)に入社。その後タンデムコンピュータ日本法人の立ち上げに参画し、レーカル・リダック社、日本DEC(現日本ヒューレット・パッカード)にて要職を歴任。1999年より現職。

『出典:システム開発ジャーナル Vol.8(2009年1月発刊)
本稿は原稿執筆時点での内容に基づいているため、現在の状況とは異なる場合があります。ご了承ください。