ChatGPTの登場は仕事の在り方を大きく変えた。さまざまなシーンで生成AIを用いることが当たり前となりつつある今、映像や立体作品、キービジュアルなどのクリエイティブ活動において 生成AIはどのような影響を与え得るのか。
本稿では、電通においてテクノロジーを起点とした社会課題の解決や新しい表現開発に取り組むクリエイティブR&D組織「Dentsu Lab Tokyo」 アートディレクター・プランナーの須藤絵理香氏と、チーフ・クリエイティブ・オフィサーの田中直基氏にクリエイティブ活動における生成AI活用のメリットや懸念点、今後の展望についてお話を伺った。
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(左から)Dentsu Lab Tokyo アートディレクター・プランナーの須藤絵理香氏、同 チーフ・クリエイティブ・オフィサーの田中直基氏(生成AIに作成させた2人のイメージ図、田中氏曰く「実際はもう少し老けています」とのこと)
生成AIはクリエイティブ産業ではどう利用されているのか
今年のカンヌライオンズでデジタルクラフト部門の審査委員長を務める田中氏はカンヌライオンズの応募作品についてこう語った。
「審査中なので多くは語れないのですが、生成AIの勢いと台頭を感じています。去年もその傾向はありましたが、今年はその比ではありません。生成AIに関しては、その反応や接し方などが国によって如実に違うなと感じています。日本は倫理的なことやそもそもの国民性、法律への厳格さなどが影響しているのか海外に比べるとかなり慎重な気がしています。グローバルでは、表現やアウトプットに生成AIが使われるまでのスピード感が早いですね」(田中氏)
生成AIをどうクリエイティブ活動に生かすのか
生成AIの台頭は、クリエイティブの現場にも大きな変化をもたらしている。日々動画や立体作品、キービジュアルなどの制作に取り組む須藤氏は、これまでも実際の制作活動で作品内にAIを用いたプログラミングを組み込むことはよくあったが、「昨年くらいから、つくる工程だけでなく、考える工程そのものが変化している」と話す。では、生成AIはクリエイティブ活動にどのように用いられ、どのようなメリットがあるのか。
「クリエイティブ活動への生成AIの活用方法には、大きく2つの側面があると思います。1つ目は、そのプロセスにおける効率化のための生成AIです。そして、2つ目は、まったく新しい表現やアイデアを生み出すための生成AI。前者で言えば、うちのグループ全体としては、クリエイターの知見と生成AIによって、クリエイティブワークの高度化、迅速化を実現する『AIQQQ』や、AIがコピーライティングをしてくれる『AICO2』、そのビジュアルデザイン版も開発中です。マーケティングプロセスでは、より高度なプランニングをする『People IMC Prototyping』なども多くの仕組みを開発しています」(田中)
田中氏は、自身のクリエイティブ活動における生成AIの活用例も具体的に話してくれた。
「まさに今開催している大阪・関西万博のメインコンテンツの1つでもある水上ショー『アオと夜の虹のパレード』において、キャラクターの設計をする過程で、どんなテクスチャがいいのか、2Dライクがいいのか、3Dライクがいいのかなどは、かなり生成AIで検証しました。最終物はCGアーティストがフルスクラッチでつくってはいるのですが、その過程における検証のスピードとコスト効率においては大いに助けられました。この全ての検証を人間の手でやったらコストも時間も10倍以上かかったと思います」(田中氏)
企画段階の壁打ち相手として活用
企画のクオリティ向上にも、生成AIは貢献し得る。
須藤氏はプロデューサーなどとディスカッションをする前に、生成AIと相談をして、頭の中で企画の流れをつくっているという。田中氏も同様に、企画時に生成AIを活用しているそうだ。
「企画をするときには“反射”が必要だと考えています。生成AIは、自分を反射させるための材料です。自分に対してリアクションをさせるための壁打ちの相手として使っています」(田中氏)
コード実装の効率化
また、須藤氏はプロダクトの実験時や作成時、コードを書く際にも、生成AIを活用していると話す。その強みは「身近に相談する相手がいるということ」だと言い、「とても役立っている、ロジック設計の場でもすごく助かる」と続けた。
生成AIをクリエイティブ活動に用いる際の懸念点
一方で、生成AIにも弱みはある。実際、田中氏は「自然言語解釈のレベルがとても上がっている一方で、アイデア出しやコピーライティングといった0-1のクリエイティブな部分はまだまだ発展途上なのかなと思う。クリエイティブ発案のサポーターとしては素晴らしいが、クリエイターそのものになるのはもう少し時間がかかるというか、基本的には過去の表現物をベースに生成するので、完全なる新規性を出すこととの相性は良くないのではないか」と話す。
細部のニュアンスの再現が不得意
須藤氏が挙げた懸念点は、「生成AIは細部のニュアンスには弱い」という点だ。いかにしっかりとプロンプトを練っても、生成AIがこちら側の意図を100%汲み取り、表現することは難しい。
「そうした点の改善にはもう少し時間がかかるかもしれません」(須藤氏)
倫理、法律面、心理的イメージの不透明さ
田中氏は急激な生成AIの進化に対し、「倫理的な“もやもや”があるのは否めない」と話す。例えば、生成AIが生み出す画像や音楽、映像は、過去に人間たちがつくってきたものが表層的に学習データとして存在して、生成されている。その権利をどう扱うかは国によってルールも異なるうえ、進化のスピードに法律も追いついていない状況だ。
「すごいスピードで新しい技術やコンテンツが生まれてくるため、社会が適合できていないのです。そういった倫理的な“もやもや”もあります。AIに関しては、まだ仕組みもルールも倫理も超黎明期であり、これから何年もかけて理想のかたちに近づいていくと思っています。海外は結構この辺が違うので、今後は、国によって、発展スピードに差が出てくるかもしれません」(田中氏)
これに須藤氏も同意を示し、「生成AIを使うということに対するネガティブなイメージがある。使い方にはすごく注意しないといけないなと思っている」とコメントした。
AIを活用したプロダクトの例
Dentsu Lab Tokyoでは生成AIが台頭する以前から、AIを“クリエイティブのパートナー”として幅広く活用している。前述のように企画段階では生成AIを活用することも増えたが、田中氏は「生成AIのアウトプットをそのまま使うのではなく、あくまでも人のアイデアが必要」だと強調し、「それでこそ、人の心を動かすものがつくれる」と力を込めた。
では、AIを用いたプロダクトにはどのようなものがあるのだろうか。
聴覚障害を持つ子どもたちのため、音を擬音化
田中氏は「過去の話からすると、もともと生成AI以前、10年以上も前からAIをクリエティブプロセスに取り入れた開発はずっと行ってきた」としたうえで、いくつかを紹介した。
その1つが、東京都立立川学園の聴覚障害教育部門、Google、Dentsu Lab Tokyoが共同で開発した、聴覚障害を持つ子どもたちのためのアプリケーション「オノマトレンズ」だ。アプリで起動したカメラを身の回りのものにかざすと、ものが発する音を擬音(オノマトペ)に変換し、画面に表示する。身の回りの音をAIで分析し、どの擬音なのかを判断、出力する仕組みだ。
田中氏によると、先天的に耳の聴こえない子どもたちには、専門家や教師が音の概念を教えるという。一方で、教えられる人の人数には限りがあるし、音の概念は無限にある。聴覚に障害がある人たちへのインタビューで、幼少期に漫画に描かれている擬音で音の概念を学んだという声があったことから、オノマトレンズのアイデアが生まれたそうだ。
“認識できない”パターンで、監視カメラ社会に一石を投じる
AIの特性を逆手に取ったプロダクトもある。それが、AIから認識されない洋服「UNLABELED」だ。物体認識カメラにさまざまな柄のパターンを見せ、“認識できなければできないほど正しい”と判断するモデルを作成、そこから抽出されたパターンを洋服やグッズに用いた。
「世の中は監視カメラだらけです。監視カメラに無断で性別やおおよその年齢などの見た目で分かるアイデンティティを窃取されています。『 “多様性”だと言っているのに、見た目のアイデンティティでしか見ていないのではないか』という点に着眼した、ある種新しい現代社会におけるカモフラージュデザインをつくる取り組みです。」(田中氏)
また、Dentsu Lab Tokyoは、AIエージェントベースのディベートシステムをとてもユニークなかたちで発表している。それが「Debate Generation System in Japanese Rap Battle Format」である。生成AIを活用し、トークテーマを入力すると異なる2つのリリック(意見)を生成し、さまざまな議論を行うラップバトル形式によるディベートシステムだ。2024年12月に東京国際フォーラムで開催された「SIGGRAPH ASIA 2024 Real-time Live!」セッション内で発表し、本セッションの最高賞である「BEST OF SHOW AWARD」を受賞している。
他にも、「AIバーガージェネレーター」や、三浦大知氏の『ERROR』という楽曲をAIベースでつくるなど、多様な実験と探究を続けている。これらは田中氏が冒頭に語った、新しい表現や体験を生み出すための活用と言える。
クリエイティブ制作の現場はどうなる?
では今後、AIおよび生成AIをパートナーに据えたクリエイティブ制作の現場は、どのように変わっていくのだろうか。
須藤氏はここ数年でAIや生成AIの利用が一般化したことを例に「来年にはAIエージェントがいるのが当たり前になっているのではないか」と話す。自律的に行動するAIエージェントは、人と共に企画段階から戦略を考え、クリエイティブをつくっていくことができる。さらに言語の壁や労働時間の制約もない。
「AIがリアルタイムで関わるのが当たり前になれば、クリエイティブ活動のプロセスも明らかに変わるはずです。どのようになっているのか楽しみですね」(須藤氏)
田中氏は「生成AIそのものには、いろんな見方がある。僕の中にもポジもネガもある。ただ、あえて良い部分を見れば、これまでのクリエイティブの歴史がそうであったように、このツールの新しい使い方を見出し、新しい表現方法や、課題解決の仕方が増えていくのは良いことだと思う」と話す。一方、現代においては、「人は人が作るものが好き」とも続けた。
「今の時代、人は、クリエイティブにかけた時間やそこにあるストーリー、つくった人のパーソナリティも含めて、そのプロダクトを楽しんでいます。そして、触れられたり、時間と共に劣化したりするものにも愛着を持つ生き物だと思います。AIでつくるものは基本的には“データ”であり、複製ができる。人がつくるものはその時の力加減や感情などが反映されます。一方で、人は慣れる生き物でもあります。何十年後かの世代は人がつくったものよりも、AIがつくったものを良いと感じるかもしれません」(田中氏)
さらに田中氏は、クリエイティブ活動に携わる立場から、未来の現場の在り方にも言及した。物心ついたときから生成AIがあった“生成AIネイティブ”世代がクリエイティブの現場に立つ時代が来たとき、どのようなことが起こるのだろうか。
「これまでの歴史の中で、ものづくりをする楽しさや文化的な豊かさのようなものは少しずつ進化してきました。生成AIネイティブはそのような感性を奪われてしまう世代になるのか。それとも、道具の進化と共に新しい遊び方を生み出していくのか。どのような未来になるのかが楽しみです」(田中氏)
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