AIの進化は今後どういった方向に進み、社会にどういった影響を与えていくのか。またAIに関連した革新技術としてはどういったものがあるのか。今回は、ガートナー バイス プレジデント アナリスト 池田武史氏に、AIおよびAIを取り巻く技術の将来について、同社の2025年のテクノロジーのトレンドをベースに伺った。
AIが2025年のテクノロジー・トップトレンドを牽引
ガートナーが毎年発表する戦略的テクノロジーのトップトレンド。2025年は「AIの最重要課題とリスク」「コンピューティングのニュー・フロンティア」「人間とマシンの相乗効果」の3つのカテゴリーで、以下10のトレンドが取り上げられた。
カテゴリー1:AIの最重要課題とリスク
カテゴリー2:コンピューティングのニュー・フロンティア
カテゴリー3:人間とマシンの相乗効果
カテゴリー1として筆頭に挙げられたAIに加え、カテゴリー2、3についても「AIの牽引による影響が大きい」と池田氏は言う。
AI活用の意義とは
池田氏によると、トップトレンドの大きなテーマは「新たな知性を、責任を持って、社会に提供するためのテクノロジー戦略」である。新たな知性とはAIを指すが、ただ活用するだけでなく、どのようなデータから学習したのかといった面での責任を持つこと、さらにはビジネス上での決断のために信頼できるAIであることが重要になるという。
しかし現状は、AIを100%信頼できるとは言い難い。こうした状況を踏まえたうえで「今後注目すべき点」が、今回のトップトレンドにまとめられているそうだ。
カテゴリーごとの大きな流れをみると、今後必須のテクノロジーとなるAIを筆頭に、それを使いこなすために必要な新たなコンピューティングがカテゴリーに入っている。さらに、AIと自然言語でやり取りが可能になったことで、カテゴリー3の人間とマシンの相乗効果につながる。
このようにAIが前面に出たトレンドになっているが、同氏は、「AIブームのすごさなど、目先のテクノロジーに目を奪われがちだが、そもそもこのブームは、何をするために起こってきたものなのかを忘れてはいけない」と語る。
では、テクノロジーを用いて、何をすべきなのか。それはデジタルシフトだ。生活やビジネス、経済、自然環境などあらゆる分野のデータを分析し、近未来を予測して、より良い意思決定や判断、提案につなげることこそが、テクノロジー活用の意義である。同氏は、数年前のクラウドやIoT、5G、AR/VRといったトレンドもその目的はより良い意思決定、判断、提案をタイムリーに提供するためのものだったとし、現在はその筆頭に生成AIがあり、今後はエージェント型AIなどがトレンドとなるだろうと続けた。
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AIはどこへ向かうのか
これらを踏まえたうえで、池田氏が示した「AIの最重要課題とリスク」に関するトレンドは、「エージェント型AI」「AIガバナンス・プラットフォーム」「偽情報セキュリティ」の3つだ。
ではここから、具体的なトレンドを見ていこう。
“自律的”がキーワードのエージェント型AI
まずはエージェント型AIである。これは人の“相棒”として自律的に動くソフトウエアを指す。現在よく耳にする「AIエージェント」は人の指示が必要だという点で、エージェント型AIとは異なるものだ。
自律的に動くエージェント型AIは、人間とは異なり、24時間稼働し続けられる。さらに、「Webサイトやアプリケーションを不要にする存在になり得る」と同氏は言う。では、人間は何をすべきか。
ガートナーでは「従業員のスキルを向上させる」「新たなスケールの概念をもたらす」「新たな同僚を創出する」という3つを挙げている。
人間に代わり働き続け、かつ自律的に動くことができるAIがある世界で、人間に何が求められるようになるのかは分からない。したがって、新しい時代に向けたスキル向上が重要になる。さらに人の働き方が変われば、当然、ビジネスのスケールの仕方も大きく変化する。エージェント型AIとの協働によって可能性は大きく広がるだろう。
ただし、気を付けなければいけない点もある。同氏は「エージェント型AIが次世代のシャドーITになるのを許したり、エージェント型AIをRPAのように捉えたりしてはならない」と警鐘を鳴らした。
倫理、信頼を重視するためのAIガバナンス・プラットフォーム
次に挙げられるのは、AIガバナンス・プラットフォームである。これは、AIを「倫理観を持った信頼できる存在」にするために欠かせない要素だという。信頼あるAIを実現するには、学習データや利用範囲などをコントロールする仕組みがAIに組み込まれている状態が理想であり、そこでこのプラットフォームが生きるわけだ。
同氏は現状のAIを「今のレベルでは、いろいろな偏りを持ったリスクのあるAIである可能性が高い」と指摘する。AIがクライアントに信頼されないアウトプットを出しているようでは、到底ビジネスは成立しない。また、各国のAI規制が急増していることもあり、AIに対してプレッシャー・テストを実施するなどの対応が必要となる。
ガートナーは2022年、「戦略的テクノロジーのトップトレンド」の中で、「AI TRiSM(AIのトラスト/リスク/セキュリティ・マネジメント)」の重要性を示している。これは、AIの信頼性や公平性、モデルの確実性、利用に伴うリスクに対応するセキュリティ、プライバシーなどの確保をサポートする枠組みを指す。同氏は、AIガバナンス・プラットフォームは「AI TRiSMの価値を組み込んだプラットフォームにしていくべき」だとした。
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業界、団体、国単位で対処すべき偽情報セキュリティ
生成AIの普及に伴い、偽情報が増えているという実感を持つ人も多いだろう。その対策に偽情報セキュリティは欠かせない。フェイクニュースの発信やAIによるなりすましといった課題に対し、これらを排除していく仕組みが必要だというわけだ。
また同氏によると、企業や組織のブランド保護という観点でも偽情報セキュリティが重要になってくるという。現代はさまざまなかたちで、自社に関する情報が取り上げられる。その全てを監視し、対策を打つことは不可能に近いだろう。そこで、自社だけでなく、業界や団体、あるいは国として偽情報セキュリティに取り組むことも重要だとした。
AIを支えるコンピューティングは新たなステージへ
AI活用を進めるにあたって、膨大なデータ量を扱うことになるのは言うまでもない。そこで次のカテゴリーである「コンピューティングのニュー・フロンティア」には、以下の4つのトレンドが選出されている。
1つ目は「ポスト量子暗号(PQC:post-quantum cryptography)」だ。これについて池田氏は「2000年問題よりも大きなインパクトがあるものかもしれない」と指摘する。高速な計算を得意とする量子コンピューティングは、世の中にあるあらゆる非対称暗号を解読できる能力があるとされている。つまり、現在用いられている暗号は、いずれ全て解かれてしまうということになる。これに対抗し得る新しい暗号技術がPQCというわけだ。現在は国内外で、標準化を視野に様々な準備や検討が進んでおり、PQCは「全てのビジネスに関係する大きなトピック」であり、「そう遠くはない将来を見据え、自社で暗号技術を使用しているものの棚卸をする準備をしておく必要がある」と同氏は述べた。
2つ目は「環境に溶け込むインテリジェンス」である。これは、小型センサーやワイヤレステクノロジーが廉価になることにより、日常社会のあちこちにタッチポイントを設置し、データを収集・分析、活用していくこと――つまり、あらゆるものがスマート化されることを示している。こうしたスマート化は小売、流通、製造、倉庫などの業種といった、数百万点規模の商品の在庫管理を求められる分野から広がる可能性が高いという。一方で、プライバシーに関する懸念といった課題も生じる可能性が高い。
3つ目は「エネルギー効率の高いコンピューティング」である。AIの需要拡大に伴い、エネルギー消費量は増加の一途をたどっている。一方で、経営幹部や規制当局、パートナー、顧客は二酸化炭素排出量の削減をITに求めるようになる。そこで、グリーン・クラウド・プロバイダーや、より優れたアルゴリズム、負荷の移行などの短期的改善策を採用することが必要となるという見立てだ。さらに中長期的には、光学、ニューロモルフィック(Neuromorphic)、新型アクセラレータなどの新しいアーキテクチャが利用可能になり次第、試験導入を行うといった新たなテクノロジーへの注目も忘れてはならない。
4つ目は「ハイブリッドなコンピューティング・パラダイム」である。ガートナーでは「少なくとも7つの新たなコンピューティング・パラダイムが目前に控えている」と明言している。そのうちの1つが量子コンピューティングだ。同氏は従来型のコンピューティングがいきなり全て量子型に置き換わるわけではないとしながらも、部分的に融合して使い分けるような世界観が近い将来、訪れると見解を示した。こうした複数のコンピューティングを併用することが、ここでいうハイブリッドなコンピューティング・パラダイムである。
AIが生み出す、人とマシンの新たな関係性
AIの普及は、人間とマシンに新たな関係性や相乗効果を生む。カテゴリー3には「空間コンピューティング」「多機能型スマート・ロボット」「神経系との融合」という3つのトレンドが選出されている。
空間コンピューティングとは、AR/VR、位置情報、3次元の物体の構成情報をリアルタイムで把握して、それに情報を付加、現実世界を強化したり、バーチャルリアリティを拡張したりすることを指す。このテクノロジーはとくに、物流や製造などの業界に影響を与えるとみられており、池田氏は「(前述の)環境に溶け込むインテリジェンスができるようになると、空間コンピューティングがより発展していく。国土交通省が進めているプロジェクト『Plateau』もGPSなどの位置情報とビルなどの構造物の3次元情報なども座標右傾をどう合わせるかといったチャレンジに直面している」と話した。
多機能型スマート・ロボットとは何か。同氏によると、従来のロボットは特定の何かをするためにつくられたものが多かったという。しかし今後は、AIのソフトウエアでコントロールされた、複数の目的をこなすロボットが増えていくとガートナーでは推察している。
「エッセンスは、単一機能だけでなく、ある程度のことをいろいろとやってくれること。エージェント型AIが組み込まれたロボットです。このようなロボットが増加する背景としては、複数の目的を担うことで、費用対効果が上がる可能性があるといった期待があります」(池田氏)
また、神経系との融合について同氏は「学術や医学の領域ではすでにいろいろな成果を上げ始めているが、普及するのは10年以上先のこと」だと前置きしたうえで、「脳の動きを電磁波などで測定するといったテクノロジーが使われるのではないか」と予測した。その際、とくに重視されるのが倫理面になることは間違いないだろう。
総じて同氏は、「今回の10のトップトレンドは全て信頼、倫理、責任がキーワードになっている」と話した。
エブリディAIではなく、ゲームチェンジAIを目指す
今回発表されたトップトレンドからも分かるように、今後、日本企業はデジタルシフトに真正面から向き合わなければならない。そこで池田氏が薦めるのは「新たに登場したテクノロジーに引っ張られてやることを決めるのではなく、そもそもやりたいことや、より良い意思決定・判断に軸足を置いて、落ち着いて取り組む」ことだ。
とくにAI活用においては、「日常の業務をAIで効率化する“エブリディAI”だけでは差別化の要因にはならない」と釘を刺し、「そもそものやり方を変えるような“ゲームチェンジAI”こそが、ビジネスの変革につながる」と語った。
「残念ながら、日本はゲームチェンジが不得意だと言えます。制度もルールも変えなければ、ゲームチェンジはできません。制度やルールは、業界やパートナーの助けがあって、初めて変えられるものです。そのような仕組みづくりをするために、ゼロから積み上げ、仲間を増やし、やりたいことを実現していくという動きをしなければ、ゲームチェンジにはならないのです」(池田氏)
* * *
ガートナーが提唱するテクノロジーのトップトレンドには、社会全体のデジタルシフトに向け、マインドセットすべきヒント、取り組むべきヒントが多数含まれている。2025年、その数年後、10数年後を見据えた動きをするためにも、改めてトレンドを理解し、柔軟に対応していくことが重要だ。
ガートナー バイス プレジデント アナリスト 池田武史
国内および外資系通信事業者、外資系ソフトウェア・ベンダーで、コミュニケーションの研究、ネットワーク・サービス・インフラの企画、データセンターおよびマネージド・サービスのプロダクト・マネジメント、ソフトウェア開発製品およびソフトウェア・プラットフォームのマーケティングなど、ITに関して幅広く従事した後、2010年にガートナージャパン入社。以降は、企業や組織におけるデジタル推進に関わるアドバイスを提供するほか、特にネットワーキングとコミュニケーションの観点からITインフラ戦略に関する支援・助言を行うアナリストとして活動している。
大阪大学基礎工学研究科修士課程修了。情報処理学会会員、電子情報通信学会会員。
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