本当は別の話を用意していたのだが、「宮崎県警で唯一のヘリが、エンジンに火山灰が付着したために飛行不可能」というニュースが流れてきたので、急遽用意したのが今回の記事。タイトルでは「エンジン」と書いたが、ジェット・エンジン、ないしはそれに類するタービン・エンジンのことと考えていただければよい。
火山灰でエンジン全機停止!
ご存じの通り、ジェット・エンジンは空気を吸い込んで圧縮して、そこに燃料を吹き込んで燃焼させることで燃焼ガスを発生させてエネルギー源としている。そのシーケンスが正しく機能しなくなれば、当然ながらエンジンは機能不全を起こす。
冒頭で触れた宮崎県警のヘリの場合、エンジンが出力低下に見舞われたため、メーカーで調べたところ、火山灰がエンジン内部に付着して溶けたために二酸化ケイ素が堆積したことが原因だと判明した、と報じられている。
溶けて付着するには、まず高温にならなければならない。だから、圧縮機のブレードではなく、燃焼室で温度が上がった後のタービン・ブレードがやられたのではないかと思われる。
実は、この手の事案は今回が初めてではない。1982年6月24日にインドネシアの上空で、ブリティッシュ・エアウェイズのボーイング747がエンジン全機停止に見舞われる事故が起きている。飛行中に機の前方がかすんでいたが、実はこれが雲ではなく、火山から排出された火山灰だった。
その火山灰を吸い込んだエンジンの内部で、宮崎県警のヘリと同様に火山灰が溶けて付着物が発生、それがブレードに付着して出力低下を招いてしまったのが件の事故。いったんは全部のエンジンが停止して巨大な747がグライダーと化してしまったが、幸いにも再始動に成功したため、無事に着陸することができた。近所に空港があったから良かったようなものの、そうでなかったら不時着水に至っていたかもしれない。
火山灰によるエンジン停止事例はさすがに多くないが、それ以外にもジェット・エンジンの動作を妨げる要因はいろいろある。
ジェット・エンジンには敵がいっぱい
FODという業界用語がある。滑走路に落ちているさまざまな物体をエンジンが吸い込んでしまうと、それによってエンジンにダメージが生じるが、それを指した言葉だ。ダメージを及ぼす物体だと「Foreign Object Debris」、ダメージを受ける事象そのものだと「Foreign Object Damage」という。
ジェット・エンジンというのは繊細なもので、小さなネジやボルトや小石が落ちていただけでも、それを吸い込んで大事に至る可能性がある。
昨年11月のMRJ初飛行を取材した時、離陸の模様を取材するために割り当てられた場所は駐機場の一角だった。無事に機体が舞い上がった後で、取材陣は駐機場の外に誘導されたのだが、それに続いて駐機場で見られた光景がこれ。
これはFODウォークダウンといって、何かゴミなどが落ちていないかどうかを、歩きながら目視で調べて、何か見つかったら拾って回収するというもの。だから写真をよく見ると、手には拾ったモノを入れるための袋を持っている。そして必ず横一線、ないしはそれに近い状態で並び、歩調をそろえて前進して、見落としが生じないようにする。
もちろん、事前に取材陣に対しては「落とし物をしないように」ときつく申し渡されていたが、さらに念には念を入れて確認する。エンジンがFODに遭遇しないように、ここまで気を使っているわけだ。
米海軍の空母でもフライト・オペレーションを始める前にはFODウォークダウンをやるが、このときには手隙の乗組員に呼び出しをかけて、横一線に並んで飛行甲板の上を端から順に歩かせる。天気がいい時だと、「外の空気を吸ういい機会だ」といって参加者が増えるが、天気が悪いと出てきたがらない乗組員が増えて、手隙の者を見つけて引っ張り出すことになるとかならないとか。
空母なら75メートル×330メートル(実際には四隅が切り欠かれているので、面積でいうともっと少ない)の範囲で済む。これが、大きな爆撃機が離着陸する空軍基地だとどうなるか。それを撮影した写真の一例が以下のものだ。刑事ドラマのオープニング映像ではない。
鳥もエンジンの大敵
ある民航機のパイロットが「同じ "飛び職" ですから、私は焼き鳥は食べません」といっていたことがある。しかし、焼き鳥を食べなくても、鳥がエンジンに吸い込まれれば焼き鳥になる。いや、燃焼室で焼かれる前に圧縮機のブレードでミンチにされだろうから、つくねになるのか。
小さな鳥なら焼き鳥だけで済むが、大きな鳥を吸い込むと、ファンや圧縮機のブレードが曲がったり折れたりすることもある。そうなったら、百万円単位、下手をすると千万円単位の損害である。
だから、鳥を追い払うための大音響を出す装置を飛行場の周囲に設置したり、エンジンの回転部分先端に目玉模様を描いてみたりと、さまざまな努力や工夫をしているのだが、なかなかうまくいかないようである。
そこで、鳥を吸い込まないようにする努力と平行して、鳥を吸い込んでもある程度はエンジンが耐えられるようにするよう求められている。だから、ジェット・エンジンを開発してテストする際は、鳥の吸い込みに関するテストも行うことになっている。
ちゃんと試験の条件も決められていて、「重さ○○ポンドの鶏をエアガンでエンジンに撃ち込む」という具合である。死後硬直が来ていたら実際の吸い込みを正しく摸擬することにならないが、生きている鳥をいきなり撃ち込むわけにも行かない。そこで、あらかじめ用意しておいた鶏を、絞めた直後に撃ち込む仕儀となる。
さて。石川島播磨重工(現IHI)で、FJR710というターボファン・エンジンを開発したことがある。後に、科学技術庁航空宇宙研究所(当時)のSTOL実験機「飛鳥」のパワープラントになったエンジンだが、このエンジンも実際に作って飛ばす以上、鶏を撃ち込むテストは必要だ。
そこで、工場の構内で鶏を飼うことになったのだが、鶏というのは、ちょっとした餌の増減が体重にかなり影響するものであるらしい。しかも、面白がって餌をやる社員まで現れたものだから体重管理が大変で、「関係者以外は餌をやるな」と貼り紙を出したという。そして、「FJR710の開発で得たノウハウの1つが鶏の餌付けです」という話になったそうである。
なお、テストが終わった後で同社が鶏の供養を行ったかどうかは知らない。
このほか、気候条件によっては水や氷を吸い込む可能性もあるので、そちらについても設計段階で配慮した上で、しかるべきテストが行われている。