リサイクル作業こそエコを実践しなければならない
リサイクル施設というと、よくテレビなどで、清潔な工場の中に巨大な最新鋭リサイクル設備が設置されているという映像を見かける。しかし、そういったリサイクル工場が真に環境に配慮した施設であるかの判断には、注意する必要がある。というのも、もしもリサイクルのために膨大なエネルギーが使われるのであれば、本末転倒になってしまうからだ。また、リサイクル後の素材は、市場の需給関係により価格が上下しやすい。そのため、莫大な設備投資をしてしまうと、素材価格が下落した時に、事業として成り立たなくなってしまう可能性もある。環境のことは勿論、事業としても成り立たせるためには、最新の設備や規模の大さではなく、"人の知恵"が重要な役割を果たすことになる。エプソンのカートリッジの再資源化を行っているイングスシナノでは、まさに人の知恵を結集したリサイクルが行われていた。
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イングスのリサイクル工場は、工場(こうじょう)というより工場(こうば)という言葉がぴったりくる雰囲気。リサイクルに膨大なエネルギーを投入して、大げさな機械を使うのでは本末転倒。リサイクル工程こそ、省エネルギー、省コストが要求されるのだ |
身近な日用品を利用して、電力、コストを大幅節減
インクカートリッジは素材としてみれば意外に単純だ。ケースは樹脂素材からできていて、これにICチップがついている。また一部の機種にはケースの中にスポンジ(フォーム)にインクが染みこませたものが入っている。ICチップの部分は、検査後、使えるものはそのままリユースされる。ケース部分は粉砕され、リサイクル素材として再利用され、スポンジ(フォーム)も高炉還元剤などに再利用される。しかし、面倒なのは、まず素材ごとに分解しなければならない点だ。
イングスシナノがこのリサイクル事業を始めた当初は、手作業と高価な設備導入という形でスタートしたという。具体的には、まずカートリッジを手作業でタイプ別に分類して、ラベルをはがしやすくするために、恒温槽(長時間一定の温度に保つことの出来る機械)で加熱。ラベルを手作業ではがし、カートリッジを切断し、内部フォームを遠心分離器で洗浄する。ケースは手作業で洗浄、乾燥して最後に粉砕する、という作業を行っていたのだそうだ。
しかし、リサイクル事業を始めて9年、作業は当時の面影がないほど様変わりしたという。まず、高価な大型機械は姿を消している。恒温槽はホットプレートに変わった。恒温槽では60度で30分の加熱がされていたが、ホットプレートでは100度、3分の加熱で済む。使用電力は、当初のわずか2割となり、時間も27分節約できたという。さらに、内部のフォーム洗浄には、現在は普通の家庭用洗濯機を使っている。
「あるとき遠心分離器が故障したのですが、ラインを止めるわけにはいかない。そこで間に合わせのために、近所の電気屋で2曹式の洗濯機を買ってきてみたのですが、こちらの方が遠心分離器より作業もしやすく、洗浄もきれいにできることがわかったのです」(イングスシナノ代表 小林秀年氏)。遠心分離器に比べて安価であることはもちろん、脱水能力も高く、なおかつ耐久性も高いという。洗浄が終わったケースは、乾燥させなければならないが、このときケースを入れる袋は、市販のタマネギネットだ。「これがいちばん安くてじょうぶで、作業のしやすさも抜群なんです」(小林氏)。ホットプレート、洗濯機、タマネギネットと、リサイクル工場というよりは、台所に近い感覚だが、身近にあるものをこだわらず利用するという発想がそうさせている。
知恵の結晶「からくり」と「アポロ」
このリサイクル工場で、目を引くのが「からくり」と「アポロ」だ。いずれもイングス自作の設備で、手作り感覚満載だ。リサイクル作業をするには、最初にカートリッジをタイプ別に分類しなければならない。以前は手作業で行っていたが、手間がかかりすぎる。そこで考案されたのが「からくり」だ。
コンベアで上部に運ばれたカートリッジは、台の上をすべって落ちてくる。この台にはさまざまな仕切りが複雑に置かれていて、大きさや形状などで、カートリッジが種類別に分類されて落ちてくる仕組みになっている。まるでパチンコ台のようなからくりで、見ていて飽きない。「現在ではほぼ100%間違えずに分類できるようになりました」(小林氏)。
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インクカートリッジのタイプはハブタイプ(左写真中の左下)とフォームタイプ(左写真中の右上)の2種類あるが、ラインに載せる最初の段階では両方混在している。「からくり」と呼ばれる仕組みによって、自動的に分別される |
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イングスの「からくり」。上から転がすだけで、形、大きさなどから、カートリッジを種類別に分類してくれる。1日でできあがったものではなく、数年がかりで日々修正しながら練り上げられてきたものだ。現在ではほぼ100%の分類ができるという |
よく見ると、仕切り板の一部には厚紙が使われていたりする。「ちょっとした角度、ちょっとした長さで、分類がうまくいったりいかなかったりするので、最初は厚紙で仕切りを作り、動きを見ながらカッターで角度や長さを調整するため」なのだそうだ。「からくり」は一夜にしてできあがったものではなく、何年もかけて練り上げられてきたものなのだ。
「アポロ」はカートリッジケースを洗浄、脱水する装置で、三段ロケットのような形をしている。内部には螺旋状のガイドが取りつけられていて、全体を回転させるだけで、カートリッジが粗洗浄、洗浄、脱水という三段ロケット内部をひとりでに移動していく。出口には、さきほど紹介したタマネギネットがかけてあり、そこに処理の終わったカートリッジが落下する。いっぱいになったら、タマネギネットをしばって、乾燥機に入れるというわけだ。
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アポロの出口にはタマネギネットがかけてあり、そこに処理の終わったカートリッジが落下する。洗浄の終わったカートリッジはタマネギネットに入れられたまま、乾燥工程に回される。タマネギネットは丈夫で安く、しかも作業が楽になる。身近なところからヒントを得て、改善をしていくというのは、もはや日本企業のお家芸といっても過言ではない |
海外ではできない、日本的なエコ"リサイクル"
こうして生み出された素材は、品質別に「ハイグレード素材」「ミドルグレード素材」「ローグレード素材」に分けられる。ハイグレード素材は、再びインクカートリッジのケース素材として再利用されていく。インクなどが除去しきれないミドルグレード素材はインクカートリッジの輸送箱として再生される。さらに、ラベルなどが除去しきれないローグレード素材は建築材などに再利用される。
フォームは、主に高炉還元剤として利用されているという。エプソンのインクカートリッジは、100%のリユースまたはリサイクルが行われているのだ。そこで重用な役割を果たしているのは、高価な機械でも先端技術でもなく、人の知恵だ。創意工夫と毎日の改善、これがリサイクルを事業として成立させている大きな要因といえるだろう。
イングスシナノは言う。「日本では膨大な量の製品が製造されている。だとしたら同じ量のリサイクルをしなくてはならないはず。リサイクル市場には大きな可能性がある」。リサイクル事業に限らず、海外メーカーが真似できない日本企業のアドバンテージは、このような創意工夫と改善の努力を積み重ねられることにある。エプソンのカートリッジは、極めて日本的な事業所でリサイクルされていた。