SRB-Aと棒高跳び方式の分離
H-IIとH-IIAを見比べたとき、最も目立つ違いは、機体の両側にある白い固体ロケットブースターの形だろう。
H-IIの固体ロケットブースター(SRB)は、高張力鋼でできたケースを4つ(4セグメント)組み合わせることで構成していた。
一方、H-IIAの固体ロケットブースター(SRB-A)は、フィラメント・ワインディング成形(樹脂を含浸させた繊維を心型に巻付けて成形する強化複合材の成形法)による一体型の炭素繊維強化プラスチック(CFRP)製に変更した。これにより、構造の簡素化による軽量化が実現したほか、高強度にもなり、高圧燃焼を実現し、燃焼時の内部圧力はSRBの55気圧から、120気圧にまで上昇した。
さらに、これに伴うノズルの小型化などにより、ノズルのジンバル(首振り)機構に電動アクチュエーターを採用することができた。こうした改良により、H-IIのSRBと比べて大幅なコスト削減を実現した。
SRB-Aはまた、コア機体に対して、複数の棒を使って取り付けられている点が目を惹く。
SRB-Aの下部から、斜めに中央の機体に伸びる2本の長い棒は「スラストストラット」と呼び、SRB-Aの推力を機体に伝える役割をもつ。SRB-Aの上下から、横方向にそれぞれ2本ずつ伸びている短い棒は「ヨーブレス」と呼び、ヨー方向(左右に振る方向)の動きを伝える役割をもっている。
SRB-Aの燃焼終了後には、まず分離するための小さなロケットモーターに点火し、ほぼ同時にヨーブレスを火工品(火薬)で切断し、第1段機体下部とSRB-Aの上部を支点として分離する。その約2秒後にはスラストストラットがタイマー仕掛けの火工品で切断され、分離が完了する。
スラストストラットを支えにして分離していく様子は、まるで棒高跳びのようにも見え、実際にエンジニアの間では「棒高跳び方式」と呼んでいたという。その動きは、他のロケットでは見られない、H-IIAの特徴のひとつにもなっている。
CFRPは、高い強度と軽さを兼ね備えた素材だが、特定の箇所に力が集中すると弱い。そのため、スラストストラットやヨーブレスという計6本の棒を使って、巧みに力を分散させ、結合している。
また、SRB-Aはコスト削減のため、モータケースの製造技術を米国から導入した。そのため、設計変更などが難しく、限られた条件の中で、結合や分離の方法を考えなくてはならなかった。
H-IIAの構造設計を担当した、三菱重工の鈴木啓司氏は「考えられる結合方法を全部書き出して、重量やそれぞれのメリット・デメリットなどを検討しました。その中で、現実的な重量や我々が使える分離装置などを考慮すると、可能な案はこの方法しかなかったというのが実情です」と振り返る。
また、ほかのロケットにはない機構のようにも見えるが、鈴木氏によると、「実は、スペースシャトルのオービターと外部燃料タンクをつなぐところの構造を参考にしました」という。
SRB-Aはその後、2003年11月のH-IIA 6号機の打ち上げで、飛行中にノズルが破損し、打ち上げに失敗した。これを受け、改良型にあたる「SRB-A2」が開発され、2005年2月に打ち上げられたH-IIA 7号機から使用された。
その後、さらなる信頼性向上と、SRB-A2で若干低下した性能の回復・向上を目指した「SRB-A3」が開発され、2010年9月11日のH-IIA 18号機から使われている。
実はまったく異なる第1段機体
もうひとつの大きな変更点が、第1段機体の下部の、ロケットエンジンが取り付けられている「エンジン・セクション」という部分である。
鈴木氏は「構造の観点からいうと、H-IIとH-IIAはガラッと違うロケットになりました」と語る。
H-IIを組み立てる際には、まずSRBを両側に立てて、その間にコア機体をぶら下げるような形で取り付けて立てる。つまり、SRBがロケット全体を支える構造になっており、スペースシャトルの構造に似ている。
一方、H-IIAは逆に、コア機体が全体を支える構造になっており、まずコア機体を立てて、そこにSRB-Aがぶら下がるようにして装着される。
つまり、H-IIはメインエンジンのLE-7の荷重をいかにタンクに分散して伝えるかが重要だったが、H-IIAはそれに加えて、地上に立たせることも考えた設計にする必要があったのだ。
また、こうした違いから、SRB-Aの推力を受け止める方法も変わり、それが前述の装着方法の違いにもつながっている。
使いやすいロケットへ
このほか、アビオニクス(電子機器)は構成を変え、データバス化された。機体の中と地上設備をつなぐ配線を簡素化することで、信頼性が向上するとともに、準備作業の時間の短縮も図った。
また、衛星をロケットに積み込む作業も見直された。H-IIでは、衛星がロケットに搭載されてからも、電気系統の配線や各種点検作業などの作業が多かった。これは、ロケットの2段搭載機器が衛星フェアリング内に配置されていたためだ。
そこでH-IIAでは、それらの位置を変更し、衛星側とのインタフェースを簡潔なものとした。これにより、衛星は専用の施設で組み立てや点検を終えたあと、フェアリングに収納され、そしてフェアリングごとロケット上部に搭載されるという手順になっている。つまり、ロケットと衛星のそれぞれで必要な作業を別々に、並行して進めることができるようになった。
こうした工夫で作業日数が削減され、全体を通じて、H-IIでは整備作業に50日かかっていたところ、H-IIAでは20日まで削減を果たした。