デジタルゲーム開発で培われたAI技術は現在、実空間へと応用の場を広げている。ゲームAIの研究・開発者であり、東京大学 生産技術研究所 特任教授の三宅陽一郎氏はこれを、「デジタルゲームのAIは、AIが実空間で発展するための予行演習のようなもの」だと話す。
9月15日~16日に開催された「TECH+データ×イノベーションEXPO 2026 Sep. イノベーションの停滞要因を打破するデータの活かし方」に同氏が登壇。デジタルゲームにおけるAI技術を紹介したうえで、フィジカルAIを実空間で活用し、スマートシティを実現するために考えるべきことについて解説した。
デジタルゲームにおけるAIの3分類:キャラクターAI、空間AI、メタAI
講演冒頭で三宅氏は、デジタルゲームにおけるAIをキャラクターAI、空間AI、メタAIの3つに分類する考え方を示した。キャラクターAIはゲーム内のキャラクターに周囲の状況を認識させ、自律的な判断に基づいて行動させる。空間AIはゲーム空間全般に対する思考を行う。そしてメタAIはゲームの難易度を調整するなど、ゲーム全体を制御する。つまりキャラクターAIはキャラクターの頭脳、空間AIは空間の頭脳、そしてメタAIがゲーム全体の頭脳ということになる。
これらは最近注目されている技術につながっている。例えばゲームキャラクターに会話をさせるキャラクターAIはLLMに近い技術である。空間AIは空間を認識する空間コンピューティングと関係が深い。ゲームの世界の“全知全能の神”として生成を行うメタAIは生成AIに相当すると言える。
ゲーム全体を制御するメタAIの進化
メタAIが何をしているかは、メタAIの起源とされる「パックマン」を見れば分かりやすい。全てのモンスターが常に追ってくるわけではなく、モンスターごとに、追跡を休止する時間が設定されている。また、プレイヤーの数マス先を目指すなど、それぞれ異なる行動を取る。このようにプレイヤーに逃げ道を用意したり、ゲームに緊張と緩和のリズムを与えたりするのがメタAIの役割だ。
さらに最近のオンラインゲームでは、手の発汗量から緊張度を測定し、緊張がゆるんだときにゾンビを出現させるものもある。人間の考えや心理状態に応じてコンテンツが変化するよう進化しているのだ。
三宅氏は、「今後のコンテンツビジネスはユーザーごとに少しずつ違うものを提供するようになる」と話す。
例えば全体のマップをロードしている間に地形や植物といった環境を生成し、ユーザーごとに異なるフィールドでプレイできるゲームもある。マップや出現キャラクターの違うダンジョンがその都度生成されれば、どれが面白いのかが話題になる。その結果、ユーザー同士でダンジョンを交換する動きも生まれるかもしれない。つまりユーザーごとに少しずつ異なるコンテンツの“揺らぎ”から新たなコミュニケーションが生まれるのだ。
「生成したものをユーザーの所有物とし、交換できるようにする。それが生成AI時代のゲームのメカニズムになると考えられます」(三宅氏)
エージェントアーキテクチャに基づくキャラクターAI
キャラクターAIの歴史は古い。間合いを見ながら格闘するキャラクターは80年代からあったし、90年代には自ら考えて行動するキャラクターも登場した。これは環境からのデータを基に意思決定して運動を構成する、エージェントアーキテクチャの考え方に基づいたもので、いわばロボティクス的なAIなのだ。
メタAIでもキャラクターAIでも、それぞれのAIを育てるのに有効なのが強化学習である。
例えばメタAIでは、マップ上の適切な場所にアイテムを配置した場合に報酬を与え、不適切な場所に配置した場合には評価を下げる。これを繰り返すことで、優れたマップを生成できるようになる。格闘ゲームのキャラクターAIなら、うまくいった技を繰り返し使えば、状況を判断しながら格闘できる強いAIになるし、敵の攻撃をよけたときに褒めてやれば、よけ方のうまいAIができる。
キャラクターAIをつくる際のディープラーニングは、ビッグデータを使う方法からシミュレーションで蓄積したデータを使う方法へと変わりつつある。シミュレーションでは学習速度を高められるため、短時間で長期間に相当する学習を実行できる。サッカーゲームをひたすらプレイさせればサッカーのうまいAIができるし、ドローンをひたすら飛ばさせれば、落ちないドローンができるというわけだ。
「このように、エージェントアーキテクチャの意思決定の部分をニューラルネットワークに置き換えるのが、ディープニューラルネットワークの手法です」(三宅氏)
さらに、強化学習とニューラルネットワークを重ね合わせた「ディープQラーニング」という手法もある。プロ棋士に勝利したことで話題となった囲碁プログラムの「AlphaGo」もこれによるものだ。
また、AIが順番に学習するカリキュラム学習も使われている。例えば鬼ごっこのようなプログラムで、追われるほうが障害物を移動させて隠れることを覚えると、今度は追うほうがそれを乗り越える台を使い始め、その次には追われるほうがその台を先に奪う、というように1つずつ学習が進んでいく。
社会はエージェントベースへと変化する
「AIと人間の大きな違いはフレーム(問題設定)にある」と三宅氏は指摘する。人間には経験があるためフレームをつくり変化させることができるが、AIはフレームをつくれないし、その外に出ることもできない。そのため人間が翻訳、画像解析といったフレームを設定し、自分の延長としてのAIをつくっている。
つまり人間が最上位にいるわけだが、その下にあるAIにも階層がある。人間にもっとも近いのが、自分で判断して行動し自分自身を学習させることができる自律型AIだ。その下に自分で方法を考えるエージェント、翻訳や会話など特定の機能を持つ機能特化型AIや知的アプリケーションがあり、最下層にアプリケーションがある。AIは最下層から進化してきており、現在はエージェントの時代に入ったところだ。そして2030年代以降、自律型AIの時代がやってくると推測される。
AIエージェントが知的能力を持つのは従来のAIと同様だが、そのほかに主体性と、自分自身で発展していく自律性も備えている。したがってAIエージェントをベースとした社会をつくれば、多彩な人材を集めなくても1人で会社を運営することも可能になるし、人口減少にも対応できる。今後はAIのサポートを受けながら仕事をするのが一般的になると考えられると同氏は述べた。
空間AIの課題を解決するデジタルツイン
AIの思考形式には、言語推論と空間推論の2つがある。現在のLLMなどでも分かるとおり、AIの言語推論は非常に優れている。一方、最寄り駅から自宅までの経路を頭の中で描いたりするのが空間推論だが、AIは身体を持っておらず、空間の中で生まれたわけではないため、汎用的な空間推論が苦手だ。これが現在の空間AI、フィジカルAIの課題となっている。
空間AIの仕組みはこうだ。まずその空間に関わる情報、例えばビルの設計図や、どこになにがあるかというデータを蓄積し、共有基盤となるコモングラウンドをつくる。そしてそこにいるエージェントや人間にそのデータを与える。そうすると、導入されたばかりのロボットでもすぐにその空間を理解して行動できるようになる。さらに、空間AIが蓄積したデータをメタバース上で展開すれば、デジタルツインメタバースをつくることができる。メタバース上にビルの中の空間だけでなく、その中で実際に動いている人まで再現すれば、ビル全体の状態を瞬時に把握できるデジタルツインスペースになる。
「AIは現実世界のことは苦手です。だからいったんデジタル化した空間をつくり、そこを通して現実世界を見るようにすれば深く理解できるのです。AIが実空間に出るためにはデジタルツイン空間が必要であり、その橋渡しをしているのが空間AIということになります」(三宅氏)
メタバース自身が1つの大きな知能となり、メタAIとして状況を判断してタスクを実行するようになれば、街全体がAIとして機能するスマートシティが実現する。そうなると、人間はそのメタAIから情報を受け取って行動するようになるなど、都市と人間の関係も変わってくる。さらに、ソフトウェアもアプリケーションベースから、エージェントを介したキャラクターベースへと変わり、エージェントに話しかけるだけでPCを使いこなせるようになる。
三宅氏は講演の最後に今後の展望についても触れた。
「これが、エージェント指向と呼ばれるAIの1つの方向性です。今後は人間同士の関係も、エージェントを介してコミュニケーションをとるように変わっていくことも考えられます」(三宅氏)
