
57丁目・5番街沿いの高層ビルにPrivate Equity Fundの老舗大手・KKR本社があった。セントラルパークを俯瞰するCEO・Henry Kravisの専用食堂でHenryと2人で食事をした。2003年のことだ。
『日本は変わる気があるのか、動きが遅い』『子会社が500社もある企業もある。企業価値を高めるため早く不要子会社を整理すべきだ』。
当時、例えば電機業界は各社300社程度の子会社群を擁していた。日立などは文化もあるのか、900もの関連会社があった。意見交換をしながら『日本進出、近いな』『大企業本社ではなく子会社群が当面の狙いだな』『日立辺りがターゲットかな』と感じていた。
当時日本では、日長銀を買収したリップルウッド、西武に投資したサーベラス等些かハゲタカ的な所や、中堅企業にしか係わっていなかったカーライル等、まだ一部の活動に留まっていた。が、いよいよ大本命KKRが日本にやって来る!
KKRには東京事務所としてみずほコーポレート銀行本店の隣、銀行協会ビルを紹介した。本命PE Fundの日本展開を近場でしっかり捕捉する意図だった。
次はBlackstone、と考え、創業者の1人・Pete Petersonと面談した。『日本に進出する時期ではないか? 御社はどうする?』『未だ早いね』!?
Peteはこう説明する。『ソニーの社外取締役時、出井伸之社長が「GE・ジャック・ウエルチ経営をやりたい」と言う。俺はこう応じた。「ウエルチの経営哲学は、各業界で1位・2位だけが生き残れる、3位以下なら直ちに撤退すべし、というもの。
ソニーは銀行や保険業もしているがトップは無理。ウエルチなら直ちに撤退だ」。出井はすぐ納得し、金融業からの撤退を決断、その旨、公表した。ところがソニー保険従業員は「絶対反対」と叫び激しい抵抗が続いた。これを受けて出井はたちまち変心、何と撤退方針を撤回したのだ。
PE Fundの日本進出は時期尚早、と悟ったね』。進出は少し遅れたものの、結局、Blackstoneも日本で本格稼働するようになる。
今、市場を見ると隔世の感を禁じ得ない。官製・産業革新投資機構や東芝を買収した民間Fund・日本産業パートナーズを始め、多くの和製Fundも大活躍している。そう、もはやPeteが見た日本ではない。
PE Fundの力も時には借りて「国際舞台での勝利、一層の成長」を目指し、日本企業が本気で変わろうとし始めている。内外のPE Fundは日本の産業絵図において一つの立ち位置を明確に確保した。そう、Henryは日経「私の履歴書」にも登場したんです。