
国内初の事例、 世界でも珍しい実験
「新築住宅のZEH(ネット・ゼロ・エネルギーハウス)には当社も含め、同業他社も取り組んでいるが、ご入居者の注目はどれくらい光熱費が下がるかということだった。今回の実証実験を踏まえて、快適性、健康に影響があるのかをアピールできれば、リノベーションでのZEH化に弾みが付くのではないか」─こう話すのは東京建物執行役員住宅エンジニアリング部長の遠藤崇氏。
東京建物が、YKK AP、慶應義塾大学と共同で、既存住宅をZEH基準に改修(リノベーション)することが、住む人の快適性に与える影響を検証した実証実験を行った。
ZEHとは、高断熱化、高性能設備や太陽光発電の導入などにより、年間の一次エネルギー消費量の収支を実質ゼロにする、いわゆる「省エネ住宅」である。
この実験は、東京建物自身が開発し、保有している築20年で総戸数423戸という大規模賃貸マンション「ブリリアイスト東雲キャナルコート」で実施された。同じ間取りで条件の違う住戸に被験者が宿泊し、温湿度やバイタルデータを比較し、ZEHの快適性や健康への影響を可視化することを目指した。
部屋は同じ方位、同じ間取りで2部屋を用意。6階住戸をZEHリノベーション、11階住戸は内装を綺麗にするだけの通常のリノベーションを行った。
ZEHリノベーションでは、入口近くのサービスルームで既存高窓の内側に高断熱窓を施工、リビング・ダイニングに高断熱窓(複層ガラス・アルミ樹脂複合サッシ)を施工、洋室で高性能ウレタンフォームによる断熱改修を行った。
この改修の結果、ZEHリノベーション住戸は通常リノベーション住戸と比較して、断熱等性能等級と一次エネルギー消費量等級で、それぞれ4から6へと2ランク上昇。この2部屋において、夏季、冬季の2回に分けて、室内環境や居住する被験者に関する実証を行った。
この実証実験について、実験を担った慶應義塾大学理工学部システムデザイン工学科准教授の川久保俊氏は「集合住宅の研究数は少ない。今回の実証は国内初で、世界中の文献を調べても見つかっていない、極めて貴重な実証」と話す。
実証では、ZEHリノベーション住戸の方が、断熱性能のおかげで夏は涼しく冬は暖かいという快適性が得られたことで、睡眠の質が向上、翌日の作業効率、知的生産性が上がるという結果が得られた。しかも、消費電力が少ないため、省エネルギー性も高い。
「ZEHリノベーションの促進によって人々のQOLの向上、脱炭素化に貢献することを目指したい」と川久保氏。
ただ、現実的な課題も横たわる。国土交通省住宅局参事官(建築企画担当)付建築環境推進官の宮森剛氏は「住宅局では既存住宅の流通、さらには省エネ改修の推進を図ろうとしているが、賃貸集合住宅のZEHレベルを目指すことと、既存住宅の改修は極めて難しい」と話す。
25年4月以降、全ての新築住宅に省エネ基準適合が義務付けられ、30年には「ZEH水準の省エネ性能の確保を目指す」という形で、新築住宅においては義務化が進んでいる。
だが、既存住宅を見ると、国内約5400万戸のうち、省エネ基準に適合しているのは令和5年度時点で約19%、無断熱の住宅は約23%という推計がある。「悩ましい問題。事例が出てこないとなかなか進められないが、今回のプロジェクトのような事例が蓄積されていくことが大事」(宮森氏)
既存住宅の省エネ改修促進に向けて、住宅金融支援機構で金利を引き下げた「グリーンリフォームローン」を提供したり、住宅ローン減税において優遇するといった施策も行っている。
今回の実証実験は日本初、世界初ではないかという評価を得られているわけだが、その裏返しとして、ではなぜ、これまで既存住宅のZEHリノベーションは進んで来なかったのか。
東京建物執行役員の遠藤氏は、デベロッパーの立場として、「リノベーションはご入居者が退去した後、半年ほど工事期間が必要になるが、ZEH化となると、さらなる手間が生じて、空室期間が長くなる」と話す。
賃貸住宅を保有する不動産会社は、入居者に部屋を賃貸して初めて、利益が生まれるため、改修期間が延びると機会損失が生まれるということ。今回のケースは大規模マンションだったこと、東京建物が保有している物件だったことで、自由が効き、「この実証実験が当社の将来的な経済的利益にもつながる」(遠藤氏)という判断ができた。
慶應義塾大学の川久保氏は「今回の実証が素晴らしいのは、方位も間取りも、入っている什器も全て同じと、極めて条件がコントロールされており、純粋にリノベーションの効果が見やすかったこと。学術的にも貴重なもの」と強調。
環境対策、脱炭素を巡っては、米トランプ政権の姿勢もあって、世界的に揺り戻しの懸念も言われるが、その必要性は変わっていない。
これまで進んでこなかった既存住宅のZEH化だが、今回の実証実験のように住む人の健康に資するものであることが浸透すれば、それが物件の付加価値となり、経済的利益につながる可能性も出てきた。その意味でも、今回の成果を広く世に訴えかけていけるかが問われる。