NTT東日本 新潟支店は新潟県および新潟県錦鯉協議会と、ICTを活用した情報発信や養鯉業のDXおよび新潟エリアの養鯉業の振興を通じた地域活性化を目的とした、「新潟エリアの錦鯉産業振興を目的とした連携協定」を2023年10月16日に締結。同協定を通じて、新潟県産錦鯉の養殖、普及、輸出に対しトータルで課題解決を行うことで、さらなる価値の創造を目指している。
人手不足によって錦鯉の貴重な品種が途絶えることを防ぐ
現在知られている「錦鯉」は、今から約200年前(1804年~1830年)の文化・文政時代に新潟県の旧・山古志村(現・長岡市)・小千谷市で食用鯉の突然変異種として誕生したと言われている。つまり、新潟県は錦鯉の発祥の地であり、主要な産地として発展を続け、数多くの品種を生み出してきた。
錦鯉を飼育・繁殖させる養鯉業は、人手不足が深刻化している一次産業においては、後継者などが比較的多い作業と言われている。しかし、「右肩上がりに増加している輸出など、産業規模のさらなる拡大が期待されている中、今後の少子高齢化を考えると、将来的な人手不足への懸念は決して無視できません」と、新潟県内水面水産試験場の場長である佐藤将氏は警鐘を鳴らす。
新潟県内水面水産試験場は、錦鯉の本場とも言える新潟県において、錦鯉を中心とした淡水魚の養殖技術の開発や改良を行う研究施設。新潟県産の新品種として注目を集める「黄白」を生み出した施設としても知られる。佐藤氏は「われわれはあくまでも技術開発を通じて、養鯉業の振興に貢献する立場でしかなく、自分たちの力だけでは到底解決できないような問題もある」と話す。そして、産業としての養鯉業が今後も発展していくために、新たな協力関係を築く必要性を感じていたという。
そんな折に、佐藤場長を訪ねてきたのが、NTT東日本 まちづくり推進担当 斎藤美樹氏だ。当時、新潟地域の地域創生および地域活性化を目指していた斎藤氏は、新潟の産業についてインターネットを用いて調査を行い、新潟にある様々な産業の中、養鯉業の存在に注目した。斎藤氏はYouTubeなどで生産者による発信を見て、「自分しか作っていない品種」というキーワードに着目し、少子高齢化による人手不足や後継者不足によって、せっかくの品種が途絶えてしまうのではないかと危惧。何か自分たちにもできることがあるのではないかと考えるに至ったそうだ。
「当時は、あれもできそう、これもできそうと、妄想が膨らむばかりでした」という斎藤氏だが、新潟県の錦鯉生産者に飛び込みで話を聞きにいったところ、まさかの事態に直面した。なぜなら、同氏があらかじめ想定していた仮説は何一つ当たっておらず、まったくの的外れだったからだ。
しかし、斎藤氏がそれでも諦めずに生産者へのヒアリングを続けていく中、内水面水産試験場の佐藤場長(当時・養殖課長)を紹介されたことにより、斎藤氏、そしてNTT東日本の挑戦は新たな局面を迎えることになる。
「最初は、電話屋さんと錦鯉になんの関係があるのか」との疑問を抱いた佐藤場長だったが、斎藤氏と対話を重ねる中で、「自分たちが取り組みたいけれど、AI開発のような手の出せない分野で協力を仰げるのではないか」との考えに至る。さらに、「新潟の錦鯉は日本一であり、世界一だと思っているのですが、新潟県人はどうも情報発信が苦手。良いものを作っていても、口下手、宣伝下手で、うまく伝えることができない」と、佐藤氏は新潟の県民性を指摘。「その点、NTTさんであれば、情報発信についても安心してお任せできるのでは」と大きな期待を寄せることになる。
なお、「NTT東日本がなぜ錦鯉を?」という問い掛けは、斎藤氏が生産者のヒアリングを行ってきた2年間、絶えず言われ続けてきた言葉。それでも根気強く足を運び、対話を重ねることによって、斎藤氏の熱意が伝わり、お互いの理解を深めていくことが信頼性を高めた結果、連携協定の締結につながった。
連携協定による3つの取り組み
錦鯉に関する連携協定は、NTT東日本と新潟県、生産者団体である新潟県錦鯉協議会の間で結ばれている。連携協定の内容は多岐にわたるが、大きく分けると、錦鯉および養鯉業の“知名度向上およびブランディング強化”、輸出の増大に向けて最新技術を取り入れることによる“生産性の向上”、そして錦鯉産業を通じて新潟が元気になる“地域の活性化”といった3つの取り組みが推進されている。
ただし、NTT東日本の錦鯉産業に対する取り組みは、連携協定の締結前から着手されている。まず手掛けたのが、AI技術を活用した錦鯉の「雌雄判別」で、新潟県内水面水産試験場との共同研究という形で進められていた。それだけであれば、県や生産者団体を巻き込む必要はなかったが、新潟県の錦鯉のアピール不足を危惧した斎藤氏が、NTT東日本グループ内に映像配信チームができた時期であったことも重なって、YouTubeによる配信を企画。その辺りから、「今回の取り組みは、内水面水産試験場との共同研究という枠だけに収めるものではない」と判断した佐藤場長が県の水産課に相談したことが、新潟県、そして新潟県錦鯉協議会を含めた連携協定につながったという。
生産者団体である新潟県錦鯉協議会とも協定を結んだ経緯について、「あくまでも、業界全体を元気にしたいというところが協定の出口でした」という斎藤氏。「システムやサービスを開発した場合、実際にそれを使っていただくのは生産者の方々。われわれと県だけで盛り上がっても、生産者の方が認めて、使っていただけなければまったく意味がない」との思い、そして、新潟県の花角英世知事からの「業界全体で意識を高めていかないといけない」という言葉が後押しとなり、NTT東日本、県、そして生産者団体による協定が実現へと至った。
「雌雄判別」や稚魚のカウントにAIを活用
協定締結後の動きとして、最も注目したいのがAIを活用した「雌雄判別」。先にも述べた通り、研究自体は協定締結前から進められていたが、稚魚の段階において、錦鯉のオスとメスを見分けるのが非常に困難なところからAIの活用が検討された。成長していく過程において、メスのほうがきれいに、そして大きくなるため、鑑賞価値が高く、高額で取引される。実際、品評会などで賞を獲得する錦鯉はほぼすべてがメス。つまり、できるだけ早期に雌雄を判別し、メスのみを育てたほうが、生産効率が高まり、生産者の恩恵も大きくなる。
「成長すれば、精子や卵の存在で、オスとメスを簡単に判別できるようになりますが、生産効率の面で言えば30cmくらいの段階で判別できるのが理想」と話す佐藤場長。しかし、30cmの段階では、経験豊富な生産者でようやく判別できるレベル。メスのほうが高額で取引されることから、オスとメスを間違って販売すると、大問題にもなりかねないが、オスかメスかわからない状態では、取引価格が必然的に低く抑えられてしまうため、正確かつ早期の雌雄判別は養鯉業にとって非常に重要な取り組みとなる。
錦鯉は稚魚の間に、成長度や色・模様の出方によって段階的に選別作業が行われるが、AIによる雌雄判別は、これまでの知識や経験などを蓄積させたAIを活用することで、雌雄判別もあわせて実行することを目指すもの。これが実現すると、生産効率の面では大きな進歩となるが、「当初見込んでいたよりも錦鯉の品種が多かった」ことが、本稿執筆時点で実用に至っていない大きな理由となっている。
「品種が多いことに加えて、同じ品種でも生産者によって、大きさも見た目もまったく異なってしまう」など、予想以上の個体差、多様性が大きなハードルになっている。すべての品種を学習することができれば実用性も高まるが、新潟県には多くの品種があり難しく、なかなか判別率を上げ切れない状況にあるという。実際のところ、AIによる判別率自体は、人間が判別するよりも高い数値を示しているが、「少し良いくらいでは満足できないですし、何よりも意味がありません」と佐藤氏は話す。少なくとも、生産者が満足する基準となる80%を目指して、さらなる改善が進められている。
なお、AIを活用した雌雄判別には2種類あり、ひとつはスマートフォンを使って、撮影するだけで判断できるというもので、早期判別によって飼育工程の効率化を目指して利用される。もうひとつのパターンは、エコー(超音波)を使ってAIで雌雄判別を行うというもの。こちらは、どちらかと言えば、錦鯉の出荷時の判別に利用することで、雌雄鑑定書の発行や雌雄誤認による賠償損失の回避を目指して、研究が進められている。なお、エコーを使えば、ある程度、精巣や卵巣がはっきりしてくる大きさになればAIを利用しなくても判別可能。しかし、30cm程度の大きさの場合、成長速度が個体や生育環境によって異なるため、誰でも簡単に判別できるとはいかず、そこでAIを活用することによって、精度の向上を目指している。
また、稚魚の選別作業を行う際、池に残す稚魚の数は正確に記録しておく必要があるほか、出荷時も、1袋に100匹といった単位で封入されるなど、養鯉業には、数を正確にカウントする場面が多く見られる。少ない数であれば問題ないが、選別作業などはそれこそ何千、何万という単位でのカウントになり、膨大な時間が必要。さらに出荷時は、1匹2匹の違い、特にトータルがショートしてしまった場合は、クレームの原因となりかねない。そこで稚魚のカウントをAI活用によって自動化。生産者は選別作業が終わった段階で、カウントまで自動で終わっていることを理想とするものとなっている。
画像から稚魚の匹数が正確にカウントできるかどうかは「現在模索中」という佐藤場長だが、その必要性は間違いないと強調。先にも述べた通り、現時点では、新潟の養鯉業は、人手不足、後継者不足が大きな問題とはなっていないが、「やはり鯉を育てる仕事は大変で、好きじゃなければなかなか続けられない」と、仕事の厳しさ、そして将来的な人手不足の可能性を危惧し、「できるだけ単純かつ手間のかかる作業は効率化していかないといけない」として、稚魚カウンターなどの技術開発の重要性を示した。
鳥獣害対策にドローン活用も視野に
一方、日本各地で大きな問題となっている鳥獣害は、新潟の養鯉業においても決して他人事ではない。熊による被害も顕在化しており、特に問題視されているのは、自動給餌器の中の鯉のエサが狙われること。鯉のエサは非常に栄養価が高く、いわば“熊寄せ”のような存在であるため、高い位置に設置したり、鉄柵で囲ったりなどの対策が取られていたが、簡単に破壊されてしまうため、エサが食べられてしまうこと自体は、諦めざるを得なかったという。
つまり、何の対策もせずに自由に食べさせることが、皮肉にも最も被害を抑える手段となるわけだが、自動給餌器の蓋部分を開けっ放しにされると、雨などでエサが濡れてしまい、自動給餌ができなくなってしまう。そこで、蓋の開閉センサーなどを設ける工夫が検討されているが、そんな中、鯉を食べる熊が発見されたのが大きな問題となっている。そのため、さらに進んだ対策の必要性が高まっているという。
一方、鯉、特に稚魚を狙う存在として、これまで問題視されていたのが鳥類、特にカワウ。カワウが池に飛んできて、稚魚を食べてしまわないように、夏の間は、池の上にテグスを防鳥ネットのように張り巡らせるといった対策が行われているが、テグスや防鳥ネットを張るためには、時間や手間がかかってしまう。
そこで注目されたのが、ドローンを使ってテグスを張り巡らせる方法。検証の結果、ドローンによって張り巡らせる作業自体は可能だったが、天候に左右されるのが大きな問題となっており、特に風が少しでも吹くと、テグスがプロペラに絡まってしまうなど実用化にはクリアすべき課題が残っており、さらなる改善、検証が必要だという。
また、自分たちが考えていた課題と、実際に現場の生産者の方の話を聞いた結果が大きく乖離していた例として、「野池周りの効率化」のエピソードを斎藤氏が披露した。稚魚を育てる池は基本的に山にあるため、メンテナンスが必要な池だけを効率的に周れるような工夫をすれば、生産者の負担を大きく減らせると当初は考えていた。しかし生産者の話を聞いたところ、毎日池を見に行くことこそが大事な仕事であり、見に行くことを効率化する必要はないというのが、生産者の共通見解だったという。
斎藤氏「池に行くこと自体をやめるという選択肢は、生産者の方にとってはありえないものでした」と振り返りつつ、「こうしたことも協定を結んで、生産者の皆さんと話をすることで得られた成果」とし、今後も対話を続けていきたいとの意欲を示した。
新潟の錦鯉をYouTube活用で世界に発信
錦鯉に関して、「知らない」という日本人はほとんどいないと思われるが、「新潟の錦鯉」という目線になると知名度が低下する。これまでPR活動も十分ではなく、SNS関連も一部の生産者が利用する程度となっていた。そこで、養鯉業の実態を、日本はもちろん、世界に向けて発信することを目的として、協定を締結している「新潟県錦鯉協議会」の名前でYouTube公式チャンネルを立ち上げ、さまざまな情報発信が行われている。
これまで発信された情報の中で、特に注目したいのが、「新潟県錦鯉品評会」のライブ配信。品評会の結果はすぐに発表されるが、審査の過程自体は、公平性確保の観点から一般公開されていなかった。しかし、ライブカメラであれば問題ないとの判断により、ライブ配信を実現。なかなか見ることのできない現場の様子が公開された。そのほか、新潟県錦鯉協議会の公式YouTubeチャンネルでは、錦鯉の生産過程、産卵や選別、池上げなど、四季折々の作業を密着取材した映像などが公開されている。
また、錦鯉産業の認知向上に向けたおもしろい活動としては、埼玉県内の小学校を対象に、錦鯉の歴史や養殖についての理解を深めることを目的とした、佐藤場長によるオンライン授業がある。授業にあわせて、新潟県が独自開発した新品種「黄白」の寄贈も行われるなど、新潟の錦鯉をアピールするための活動も活発に行われている。
右肩上がりの輸出にDXで対応
錦鯉は輸出が活発な産業で、輸出額も右肩上がりで増加しており、昭和末期には数億円程度だった輸出額が令和7年(2025)には99億円に達している。驚異的な伸びを示す錦鯉の輸出だが、これまでは国や県のバックアップはほとんど行われていなかったという。令和4年(2022年)に新潟で「世界錦鯉サミット」が開催されるなど、ここ数年、国レベルのプロモーションも行われているが、業界の自助努力によって、世界的知名度を獲得してきた。
国内全体の輸出額に対し、50%以上を占める新潟県の錦鯉産業。正確な統計値はないが、県内の生産者に聞き取り調査を行ったところ、全生産量のうち、国内向け1割、輸出向け9割、あるいは国内2割、輸出8割といった回答が多く、現在は圧倒的に輸出向けとしての生産が行われていることがわかる。なお、輸出先としては、アメリカが最も多く、中国、インドネシア、ベトナムが続いており、タイやマレーシアなども主要輸出先となっている。ヨーロッパでは一般家庭でも気軽に飼育され、アメリカでも多様な層から支持を集めるなど、錦鯉は世界中で愛される存在になっているそうだ。
錦鯉の輸出がさらに拡大していく流れにおいて、流通業務のDXも急務となった。輸出作業の効率化を目指し、輸出の際に必要となる衛生証明書(疾病検査や健康状態について証明する書類)のDXが進められている。こちらもNTT東日本が請け負っているが、新潟県によるプロポーザルの案件だ。今回の協定とは別の枠組みではあるが、輸出拡大に向けて重要な取り組みとなっている。
なお、衛生証明書の発行は内水面水産試験場が担当しており、佐藤場長もかつて経験した業務。佐藤場長が前任者から引き継いだ際は年間500件ほどだったものが、5年ほど佐藤場長が担当した後、次の担当に引き継ぐ際は約800件にまで増加。現在は1,200~1,400件程度にまで件数が増えているという。発行件数の増加は、事務作業において大きな負担となり、発行時期は、担当課長が証明書発行以外の業務ができないレベルのウェイトを占めることになるため、DXによる負担軽減が強く求められている。
協定による取り組みを通して、「新潟県が誇る色とりどりのきれいな錦鯉を残していきたい」という斎藤氏。新潟県には、想像を超える数の品種があり、「100年先、200年先、さらにずっと先も、新潟県に来れば変わらず手に入るという環境を作っていきたい」と、同氏は熱い意気込みを示すと、佐藤場長も、「新潟県に来れば何でもそろうというのは売りのひとつ」と同意。
そのうえで、将来的には予想される就労者不足に対して、「斎藤さんがおっしゃるような新潟県の特徴を残すために、技術屋として何ができるかを追求していきたい」と佐藤氏は述べ、「世界中に愛好家がいる錦鯉ですが、世界はもちろん、日本でももっと錦鯉を知っていただき、錦鯉を飼ってみたいという方だけでなく、錦鯉の故郷である新潟に訪れてみたいという方を増やしていきたい」と、協定を通したPR活動などの充実に期待を寄せた。









