KDDI総合研究所は2月18日、パートナー企業など関係者向けに技術開発の現在地を公開する「KDDI総合研究所 R&D成果公開2026」を開催した。筆者も報道として潜入の機会をいただいたので、同社の研究成果をピックアップして紹介しよう。

次の100年を目指すKDDIの研究施設

KDDI総合研究所は、KDDIの前身である国際電信電話(KDDI)の研究部として発足したKDDI研究所と、KDDグループのシンクタンクとして設立されたKDD総研が、2016年に合併して新たなスタートを切った組織だ。

KDDI総合研究所が位置する埼玉県上福岡(現 ふじみ野市)は、短波無線による国際電話サービスの発祥の地として知られる。周辺には通信電波受信用の鉄塔が多く立っていたことから、以前は「無線の村」と呼ばれていた記録もあるという。

KDDIの研究開発の成果として特に際立つ例は、1963年の日米間で初のテレビ中継受信に成功したことだろう。茨城宇宙通信実験所(のちのKDDI茨城宇宙通信センター)が通信に成功し、初めて送られてきた映像はケネディ大統領暗殺という衝撃的なニュースとなった。

  • KDDIは日米間で初のテレビ中継受信に成功した

    KDDIは日米間で初のテレビ中継受信に成功した

その後も、1989年の太平洋で最初の光海底ケーブル(第3太平洋横断ケーブル)の開通、翌1980年のG3ファクシミリの国際標準化、1997年の商用インターネットゲートウェイ設立など、国際通信サービスの発展に貢献してきた。

以降も、高速かつ軽量な特徴を持つストリーム暗号アルゴリズム「KCipher-2」が電子政府推奨暗号に選定されたほか、サッカーなどスタジアムの3D映像を自由なアングルから試聴できる「自由視点映像生成」など多様なサービスを開発している。

KDDI総合研究所の代表取締役所長を務める小西聡氏は、「次の100年を見据えると、移動通信技術はロボットやIoTの活用に向けて、あらゆる場所で高品質かつ安定した通信の提供が必要となる。また、そのバックホールとして大容量かつ省電力な光ネットワークも必要。さらに、AIや量子時代の新たなセキュリティや、没入感のある体験価値を提供する伝送技術も実現していく」と語り、今後の研究への意欲を見せた。

  • KDDI総合研究所 代表取締役所長 小西聡氏

    KDDI総合研究所 代表取締役所長 小西聡氏

ホワイトリストを自動生成・更新しサイバー攻撃を防ぐ「KWAF」

ここからは、KDDI総合研究所が公開したさまざまな技術を紹介していく。まずは、ホワイトリストを活用して未知のサイバー攻撃からWebシステムを保護する「KWAF」だ。技術検証は完了しており、2026年度内の商用化を目指すという。

従来のWAF(Web Application Firewall)が既知のブラックリストを基にした防御策を講じているのに対し、この技術は、システムのアクセスログから安全な通信のホワイトリストを自動生成することで、既知だけでなく未知のサイバー攻撃も高精度に遮断できるという。

  • 一般的なWAFの課題

    一般的なWAFの課題

一般的なホワイトリストによる検知方式は既に存在しており、未知のサイバー攻撃に対する有効性は確認されているが、防御する対象ごとにリストを作成し、さらにシステムの更新に合わせてリストも更新する必要がある。そのため同社は、アクセスログからホワイトリストを自動生成する技術と、AIによってリストを自動再編成する技術を開発した。

担当者によると「既存システムの場合は、ログさえあれば実サービスへの影響なしにホワイトリストを作成してKWAFを導入できる。新規のシステムの場合でも、従来型(ブラックリスト型)のWAFを使いながらログを蓄積し、KWAFに切り替えることで効果を最大化できる」とのことだ。

  • KWAFの特徴

    KWAFの特徴

同社が行った実証で、攻撃と思われる異常なアクセスに対する検知ルールを設定せずにWebトラフィック約2億アクセスを評価したところ、KWAFは1000種類以上の攻撃を発見し、同時に誤検知率を0.1%以下に抑えることに成功している。

複数のAIが連携してモバイル通信エリアを最適化する技術

次は、複数のAIが協調しながら、モバイル基地局の動作に影響するパラメータ設定を自律的に最適化する技術だ。既に一部エリアの基地局に導入を開始しており、2026年度中に全国の基地局に順次導入予定。

モバイルの通信状況を改善するためには、各基地局周辺の状況とそれに対応する膨大なパラメータの設定を組み合わせて最適化する必要がある。以前は人手での膨大な対応が発生していたことから、AIを活用したパラメータ設定も活用されている。

  • パラメータ設定のイメージ

    パラメータ設定のイメージ

しかし、従来のAI活用においては、各基地局の情報を一括してAI学習と推論に使用する「集中型モデル」が一般的とされる。この場合は対象となる基地局の増加に伴ってAIモデルも大きくなるため、大規模な運用は困難となる。

こうした課題に対し同社は、各基地局の推論器の学習結果を集約する分散強化学習の仕組みにより、最適なパラメータ設定値を導出する技術を開発した。

最適なパラメータの設定値を推論する推論器を並列に起動し、各基地局に割り当てると同時に、中央の学習器が各推論器から設定と品質の関係を「経験」として収集。各基地局に共通する普遍的な知識を統合し、さらにその情報を推論器群全体へとフィードバックすることで、学習の高速化と精度向上を実現するとのことだ。

  • 開発したAI技術の概要

    開発したAI技術の概要

先行導入エリアで行った実証によると、同技術の導入により、混雑などで低速通信が発生しやすい場所が導入前と比較して約25%改善することが確認されたという。また、従来は基地局ごとに電波の放射方向や強度、利用者のトラフィック処理方法などを決定するパラメータ設定を手動で行っていたのに対し、同技術を活用することで作業期間を95%以上短縮できたとのことだ。

月-地球間の光通信を目指せ、30キロ先のカップにホールインワンできる精度を実現

3つ目に紹介するのは、KDDI総合研究所をはじめ、アークエッジ・スペース、テックラボ、トプコン、三菱ケミカルらが開発を進める、月-地球間の光通信実現に向けた光アンテナ技術。

KDDIが宇宙航空研究開発機構(JAXA)と契約締結した「月探査のための遠距離捕捉追尾サブシステム地上検証モデル試作評価」の研究開発の一環として、月と地球間を模した条件下での地上検証を2026年3月に開始する。

この検証では、月-地球間の光通信で必須となる「通信を確立し継続的に維持する追尾技術」「通信相手を捉える捕捉技術」「高速に動く衛星間の速度差による送受信光の角度ずれを補正する光行差補正技術」「月面の過酷な環境での通信に必要な広い温度範囲に対応する光アンテナの設計・製造技術」の確立を目指す。

月と地球の光通信を実現するために必要となる光通信機は、信号を送受信する光アンテナと、送信器と受信器から出入りする光信号を光アンテナに入出力する内部光学系で構成される。しかし通信に用いられる電波や光は、空間を伝搬する距離が長くなるほど発散するため、月と地球という長距離伝搬ではビームの広がりが数キロメートルとなり、直径10cm程度の光アンテナで受信できる光のパワーはとても弱くなる。

  • 月-地球間通信の概要図

    月-地球間通信の概要図

さらに、人工衛星の揺れにより常に揺れ動く環境の中で、受信光を受信器に入れ続ける必要があり、衛星間光通信を実現する上での課題となっている。ちなみに、月-地球間の光通信の維持に必要となる3マイクロラジアン(5800分の1度)とは、横浜から東京ディズニーランド(約30キロメートル先)にある直径10センチメートルのカップにホールインワンを狙うほどの精度が求められるとのことだ。

  • 3マイクロラジアンの精度のイメージ

    3マイクロラジアンの精度のイメージ

KDDI総合研究所らのチームは、受信側の人工衛星を模した系において、角度センサーと可動ミラーを組み合わせた追尾システムを使用し、月-地球間を模した条件下での追尾機能を確認した。

具体的には、JAXAらが開発した高感度な角度センサー「4象限アバランシェフォトダイオード(QAPD)」を採用した追尾システムを開発。これにより、光の揺れを検知し、それに合わせて可動ミラーを制御することに成功した。

  • 3マイクロラジアンの精度のイメージ

    3マイクロラジアンの精度のイメージ

5Gの先を見据える「セルフリー」な通信アーキテクチャ

4つ目は、5Gの次の6G以降のモバイル通信時代に期待される、ユーザーセントリック(利用者中心)なRAN(Radio Access Network:無線アクセスネットワーク)の仕組みを紹介する。

今後IoTやロボット、フィジカルAIの活用が進むと、定点利用に加えて移動や遠隔利用にも高度に対応する通信環境が求められる。現在主流のセルラーアーキテクチャは、基地局を中心に通信エリアを小さな区画(セル)に分割し、各区画で一つの基地局とユーザーが通信する仕組みだ。

しかしこの場合、各区画の境界では基地局間で電波が干渉して通信品質が低下する場合がある。また、今後ミリ波など高周波数帯の電波を使用する場合、電波の届く範囲が狭くなると考えられることから、基地局の増設などコスト増加のリスクもある。

これに対しセルフリーなアーキテクチャは、ユーザーの位置に応じて複数の基地局と通信する仕組みである。複数の基地局が連携して通信を行い、場合によっては互いに通信を補い合うことで、移動中でも安定した通信サービスを提供できるようになると期待される。

  • セルフリーアーキテクチャの概要図

    セルフリーアーキテクチャの概要図

データセンター間の通信を丸ごと量子暗号化するセキュリティ技術

続いて紹介するのは、KDDI、KDDI総合研究所、ノキアソリューションズ&ネットワークス、東芝デジタルソリューションズらによる、耐量子セキュリティ技術を活用した大容量データ伝送の実証だ。

KDDIの大阪堺データセンターと大阪市内のネットワークセンターを結ぶ商用ネットワーク上で、QKD(Quantum Key Distribution:量子鍵配送)とPQC(Post-Quantum Cryptography:耐量子計算機暗号)、さらに共通鍵暗号のAES(Advanced Encryption Standard)とRocca-S(超高速共通鍵暗号アルゴリズム)を組み合わせ、物理層とアプリケーション層の複数レイヤで多層的に暗号化する構成を商用ネットワーク上で検証した。

  • 従来の量子暗号通信は大規模なデータ量に対応できなかった

    従来の量子暗号通信は大規模なデータ量に対応できなかった

伝送方法は次の通りだ。まず、大阪市内のネットワークセンターで生成した共通鍵(AES用)を、QKDで大阪堺データセンターへ配送する。次に、大阪市内のネットワークセンターで生成した共通鍵(Rocca-S用)をPQCで大阪堺データセンターへ配送する。

その後、大阪堺データセンターに届いたRocca-S用の共通鍵を用いてデータを暗号化。大阪堺データセンターに届いた共通鍵(AES用)を用いて、光伝送ネットワークの国際標準規格である「OTN(Optical Transport Network)」上で、OTNsec(によりデータを暗号化する。暗号化したデータを、大阪堺データセンターから大阪市内のネットワークセンターへ伝送。

最後に、大阪市内のネットワークセンターに届いたデータを、AES用とRocca-S用の共通鍵を用いて復号する。

実証の結果、57.6テラビット / 秒という大容量データを遅延の増加を招くことなく伝送に成功したとのことだ。商用網を活用して、AIデータセンター間の通信を丸ごと量子暗号化した計算となる。

  • 商用網を活用して57テラビット / 秒の量子暗号通信に成功した

    商用網を活用して57テラビット / 秒の量子暗号通信に成功した

好きな方向へ電波を届けるメタサーフェス反射板

最後に紹介するのは、電波を任意の方向に反射させるメタサーフェス技術。KDDI総合研究所はディスプレイなどに使われる液晶技術を応用して、従来比で約25分の1程度の低消費電力で稼働する液晶メタサーフェス反射板を開発した。

高い周波数の電波は建物や人などに遮られると、届きづらい課題がある。そのため、壁や柱などを活用して電波を反射し、安定した通信を届ける仕組みが求められる。

  • メタサーフェス反射板の概要図

    メタサーフェス反射板の概要図

実験室で開催されたデモでは、筆者がミリ波送信アンテナと受信機の間に立ったところ、人体による遮蔽のために通信品質が低下した。

  • 送信アンテナ

    送信アンテナ

  • 受信電力(黄色の線)が低下している

    受信電力(黄色の線)が低下している

その後、液晶メタサーフェス反射板を操作して反射方向を切り替えると、通信品質が改善したことがわかる。

  • 液晶メタサーフェス反射板

    液晶メタサーフェス反射板

  • 受信電力が回復した

    受信電力が回復した

将来的には、デジタルサイネージや飲食店のメニュー、自動販売機など、実際の街の風景に溶け込むような反射板の製品化にも着手するとのことだ。

  • メタサーフェス反射板を搭載したメニュー表

    メタサーフェス反射板を搭載したメニュー表