
「農家が儲からないのは、需給バランスが崩れていることと、流通の選択肢が少なく、自分で売価や売り先を決められないこと」─。こう話すのは持続可能な日本の農業を目指す、農業ベンチャー・農業総合研究所会長の及川智正氏。自身が生産者、小売店経営者として地道な現場を経験してきたからこそ、みなが豊かになり、消費者にも喜んでもらえる流通の仕組みを編み出した。及川氏の挑戦する流通の改革とは。
「豊作貧乏」をなくすため農業の流通にメス
「豊作貧乏をなくす。日本を良くするには農業が持続可能でなければ」─。こう話すのは、「農業×IT」で既存の流通に新しい風を吹き起こしているベンチャー企業・農業総合研究所会長の及川智正氏。
及川氏は祖父がコメ農家で、子どもの頃から農家は儲からないという現実を自分の目で見てきた。令和5年度の農林水産省の調査では、主業経営体の農業所得は404・2万円。個人経営体を含めた全農業経営体での農業所得は114・2万円。
農業に携わる人は口を揃えて「農家は儲からない」と言う。その結果、65歳以上の農業従事者が7割を超えるという現状。政府は近い将来、日本の農業を担う人材がいなくなるという危機感は大きいが、どこから手を打てばいいのか身動きが取れない状況が続く。
全国の農業経営体88万のうち、JAを通じて農業経営をするのが大半である。
「農家が儲からないのは、需給バランスが崩れていることと、流通の選択肢が少なく、自分で売価や売り先を決められないことにある」と及川氏。そこで同社は、生産者が自分で末端売価を決められ、売り先の小売店を自分で決められる仕組みを構築。
従来農家は生産物をJAに納めた後は、自分のつくった野菜がどこに行きいくらで販売され、誰に食べられているかもわからなかった。
また、規格外野菜は出荷するより破棄コストの方が安く、出荷ができなかったが、同社の物流を使えば、今までやむを得ず破棄していた商品でも自分で決めた売り先に自分で決めた価格で販売することが可能で、生産者は手取りを増やすことができるという仕組みである。
通常の流通を通すとスーパーの店頭に並ぶのは4~5日かかるが、同社独自の物流を使えば翌日朝にスーパーに並ぶため、鮮度と熟度が高い商品で付加価値の高い商品として売ることができる。これがスーパー内に見かける、他の野菜とは別スペースで売られている「農家の直売所」の正体である。
現在、都市部のイオン、サミット、ダイエー、東急ストア、平和堂、マルエツ、ライフなど2000店舗を超えるスーパー内に導入されている。全国約1万人の生産者と小売店をITでつなぎ、情報・物流・決済のプラットフォームを構築している。
また、AIを使った独自の需要予測システムで、無駄なく生産して販売するための情報を、生産者と小売店に共有する。
例えば、あるスーパー1店舗のPOSデータから、売れる量を調べて、そこに納められる農家を探すといった具合だ。 食べる量とつくる量をデータで見える化し、デジタルで物流をつなぐ。ボラティリティ(価格の変動性)の幅を狭くしていくことがわれわれの目指すところ」と及川氏。
農業を儲かるビジネスにするためには、需給バランスをしっかり把握することからという同氏の考えである。
業界初、レベニューシェア型モデル
ユニークなのは、売れたものに対して自分の仕事の分だけ利益を分配するという、レベニューシェアという考え方を採用している点だ。スーパーでの販売価格に対し、同社を含め、生産者やサプライチェーンに関与する全ての関係者の取り分が、あらかじめ定めた料率に基づいて分配される仕組みである。
これにより、スーパーは商品の販売在庫リスクを単独で負う必要がなくなり、新たに手数料収入が入る。また、生産者は出荷後の商品の行方や、販売状況が分かる。つまり皆で商品が「売れる」ことに対して、主体的に関わることができるようになるということである。
消費者にとっては、生産者の顔がわかることで得られる安心感と、鮮度が良く品質の高いものを購入することができ、選ぶ楽しさが増える。
「日本の農業を衰退させないためには、農業を稼げるビジネスにすること。そして、生産者に『ありがとう』の声が届く仕組みにしていかなければ、持続可能な農業にならない」と及川氏。
自身もキュウリ農家、八百屋の経営も経験し、各現場をみてきて農業に携わる者皆が幸せになる落としどころは何かを探ってきた。その地道な現場経験から編み出したのが同社の流通の仕組みだ。
及川氏は、手元資金50万円、仲間も人脈も0の状態から、1人和歌山県で2007年に創業。20166年グロース市場に上場させた。
起業当初は、農家のコンサルティングや手伝いをしても全く稼げず、農家の人は感謝と生産物はくれても、目に見えないサービスに対してお金は払ってくれない。あるみかん農家は、みかんならあげられると言って、50箱のみかんをくれたという。
そのみかんを大阪の駅前でゴザを広げて、〝産地直送・300円〟で売り捌いていき、それが次第に農家の間で評判を呼び、今日のビジネスに繋がっている。
現在同社を通じた流通総額は170億円まで達し、今後は東京・大田市場(青果)と同規模の1000億円を次の目標に掲げる。2025年8月期は売上高83億円(営業利益1・8億円)、PERは45・81倍、PBRは11・07倍と、農業ベンチャー唯一の上場企業で市場からの期待は高い。
「当社はそこまで儲からないビジネスなので参入障壁が高く、ライバル企業はいない。ただ、日本の農業を良くしていくという志で、全部の流通にわれわれが関わることを最終目標にやっていきたい」(同)。苦労を重ねてきた経験から、「やればできる」と自らを鼓舞する及川氏である。