2025年、サイバーセキュリティにおいて、AIは「最大の防御であると同時に最大の脅威」という二面性が広く認識される年でした。また、防御側はAIによって検知を高速化させる一方で、攻撃側もAIで攻撃を自動化するように進化しています。双方がAIを当たり前のように活用することで、AIはサイバーセキュリティのエコシステムの「中心」に据えられる1年となりました。

そして、2026年は生成AIおよびAIエージェントが業務により深く組み込まれる時代になるでしょう。それは「AI支援型経済」から「AIネイティブ経済」へと移行する転換点になると同時に、生成AIを含む新たなAIによる経済環境がサイバーセキュリティに突きつけるリスク、特に組織におけるリスクはより複雑なものになると予想されます。

本稿では、生成AIおよびAIエージェントを導入し、活用を進めつつある日本企業のセキュリティ担当者や経営層に向けて、パロアルトネットワークスが予測した「AIエコノミー時代のサイバーセキュリティにおける2026年の新たなルール:6つのポイント」を踏まえて注意すべきリスクを解説します。

サイバーセキュリティの世界では長年、「攻撃者が常に一歩先を行く」という前提が語られてきました。しかし、パロアルトネットワークスが示した「AIエコノミー時代のサイバーセキュリティにおける2026年の新たなルール(以下、当社予測)」は、その前提が転換点を迎えていることを示しています。2026年は、防御側が主導権を握る時代の変革期になるとも言えるでしょう。

AIエコノミーの拡大が、守るべき対象を変える

AIは単なる業務効率化ツールではなく、企業活動そのものを支えるまさに「経済基盤」となりつつあります。AIの台頭によりセキュリティ体制も新たな戦略が必要となり、AI以前の「事後対応型」のセキュリティでは企業を守り切ることはできません。経営層とセキュリティ責任者は、セキュリティを「後方防衛」から積極的な「攻撃的戦力」へと進化させる必要があります。

AIとの共存環境においては、AIモデル、API、学習データ、推論基盤が新たな攻撃対象となり、従来のネットワークやエンドポイント中心の防御では不十分になります。守るべきものは「システム」から「AIによる意思決定と価値創出のプロセス」へと広がっています。防御側が主導権を握るためには、AIエコシステム全体を包括的に保護することが不可欠です。

自動化、そして統合されたAIネイティブプラットフォームの力を防御に利用できる企業こそが決定的な優位性を確立すると予測されます。

AIエージェントによる新たな脅威と防御の自動化

生成AIにより攻撃は自動化・高速化しており、その結果、防御側もAIを前提とした運用へと進化する必要性は明白です。2026年はAIエージェントのビジネス実装がさらに進む中、AIエージェントは休むことのないデジタルな従業員であると同時に強力な内部脅威にもなり得ます。攻撃者はもはや人間をターゲットにするのではなくエージェントを標的とするようになります。

AIエージェントに関連する新たな脅威に対し、2026年はAIガバナンスツールの採用が進むでしょう。このツールは、すべてのAI資産に対する継続的な発見と態勢管理、また実行時には「AIファイアウォール」として機能します。具体的には、プロンプト注入、悪意のあるコード、ツールの悪用、AIエージェントのなりすましを発生時に特定・遮断することで、機械速度の攻撃を阻止できます。同時に、攻撃者に先んじて欠陥を発見するために継続的なレッドチーム演習を実施します。これは、防御が追いつくのではなく先回りする段階に入ることを意味します。

2026年は「制御された自律性」を基盤に未来を築いた組織と、「無防備な自律性」に賭けて代償を払うことになる組織に二分されることが予想されます。

AIアイデンティティが招く「認証の危機」

2026年、サイバーセキュリティの主戦場はこれまでのネットワークやアプリケーションではなく、「アイデンティティ(個人・機械・AIの識別情報)」そのものになると思われます。その背景にあるのが、もはやマシンIDは従業員数に対して82倍の比率で存在するという現実です。AIは単なる補助ツールではなく意思決定や操作を自動化する“主体”として定着し、それが新たなリスクを生み出しています。

生成AIは完璧なリアルタイム複製を実現し、ディープフェイクの精度は現実との区別が困難なレベルに達しています。企業のトップになりすましたディープフェイクがリアルタイムで指示を出し、それが自動化されたシステムやAIエージェントによって実行されてしまうという状況です。たった1つの偽アイデンティティによって大規模な自動操作を引き起こすといった「認証の危機」が起きる可能性があります。

マシンIDは攻撃対象領域を拡大させます。また、ディープフェイクによる偽の命令でもAIが実行してしまう可能性などAIが業務の多くを担うようになると、攻撃者はネットワークそのものでなく、人・機械・AIの“信頼できる存在”つまりアイデンティティを新たな攻撃面へとシフトします。

AI主導の世界では、ネットワークやアプリ防御中心の旧来型セキュリティは通用しません。2026年は「ネットワークを守る時代」から「アイデンティティ(人・AI・機械が本物かどうか)を守る時代」に移行し、AIによる“なりすまし”を前提にしたセキュリティ対策が不可欠になります。「信頼は固定しない」という前提に立って、人やAIの行動をリアルタイムで検証し続ける仕組みが「AI時代の信頼」の証明になるでしょう。

前提条件となるゼロトラストと、横断的な可視化のためのプラットフォーム戦略

AIエコノミーの時代において、境界防御という考え方は完全に過去のものになるでしょう。ユーザー、デバイス、アプリケーション、そしてAIモデルそのものを常時検証するゼロトラストが選択肢としてではなく、不可欠な前提条件になると予測されています。ゼロトラスト、つまり信頼しないことが、結果的に事業のスピードと柔軟性を高めるという逆説が現実のものとなります。

また、企業のIT環境は、マルチクラウド、SaaS、オンプレミス、AI基盤が複雑に絡み合っています。2026年の新しいルールとして、これらを分断して守るのではなく、横断的に可視化・制御できるかどうかが防御側の主導権を決定づけます。点の対策(ポイントソリューション戦略)ではなく、プラットフォームとしての防御がさらに求められます。

競争優位性を獲得するセキュリティ

セキュリティの脆弱性がもたらすビジネスへの影響は甚大です。AIが事業の中核に組み込まれることで、サイバーリスクがIT部門の管理対象から、経営陣が直接向き合うべきリスクへと完全に移行するという現実をこれまで以上に念頭に置く必要があります。セキュリティに注力し、整備している組織は迅速に、確信を持ってイノベーションを推進できます。セキュリティ対応を競争優位と認識している経営幹部の議論は、リスク軽減から機会獲得へと軸足を移しています。セキュリティ投資は、コストではなく「レジリエンス(回復力)と成長への投資」としての評価が進むでしょう。

勝敗を分けるのは「平時の準備」

2026年に防御側が主導権を握れるかどうかは、有事の対応力ではなく、平時の備えによって決まります。AIを安全に使いこなすための設計、運用の自動化、経営レベルでの意思決定体制――これらを整えてきた企業が、インシデント発生時にも事業を止めず、信頼を維持できます。

防御側が主導権を握る時代は自然に訪れるものではありません。AIエコノミーの到来を見据え、サイバーセキュリティを戦略として位置づけた企業が、未来をつかみ取ることができるのです。2026年は企業における差が明確に可視化される年となるでしょう。

著者プロフィール


アリイ・ヒロシ Hiroshi Alley

パロアルトネットワークス株式会社 代表取締役会長兼社長

米Palo Alto Networksの日本法人、パロアルトネットワークス株式会社の代表取締役会長兼社長であるアリイはパロアルトネットワークスの日本市場における戦略の構築、ビジネス成長へ向けた活動を統括している。
アリイは米国にて大学を卒業後、本田技研工業の米国法人で営業・マーケティング、技術、品質管理を担当し、ウィプロ・ジャパン、F5ネットワークスの代表取締役社長などを歴任した後、2014年8月1日、パロアルトネットワークス株式会社代表執行役員社長に就任した。