2025年に5年ぶりにCESの会場に戻ってきた日立が、2026年もラスベガスで確かな存在感を示した。多種多様なエレクトロニクス関連のプロダクトやサービスが並ぶ展示会場の中で、社会インフラの課題解決にフォーカスした日立のブースは、実用的なフィジカルAIの活用を提案していた点でひときわ異彩を放っていた。
多種多様な産業分野に革新的なAIソリューションをもたらす、日立の「HMAX」(エイチマックス:Hyper Mobility Asset Expertの略称)は、その立ち上げ以降から順調に成長を続けている。
今回、日立が描くHMAXソリューションの成長戦略や、NVIDIAとのパートナーシップを強化する狙いについて、日立デジタルの最高成長責任者(Chief Growth Officer)である、フランク・アントニサミー氏に話を聞いた。
産業分野のDXを押し進める、日立の「HMAX」
今年のCESで日立は、長年にわたり培ってきた産業分野の高度なドメインナレッジ(専門分野の知見)とデジタル技術、そしてAIを組み合わせて実現をめざす「調和のとれた社会」の具体像を、同社ブースで描いてみせた。
CES自体が産業向けAIテクノロジーへと領域を広げる中で、HMAXを主軸とする現実志向、なおかつ即効性が期待できる日立のアプローチは、多くの来場者を引き付けた。日立のHMAXは、鉄道やエネルギーといった同社の強みであるインフラ資産からデジタルデータを取得し、AIサービスを構築するためのいわば「テンプレート」であることから、さまざまな企業が抱える「DXの悩み」を解決する可能性を持つ。
HMAXの立ち上げにも深く関わってきたキーパーソンであるアントニサミー氏は、誕生の経緯を次のように語る。
「2024年にサービスを立ち上げた当時は、日立製作所グループで鉄道システム事業を担う日立レールによる導入からHMAXがスタートしました。列車や信号、周辺の鉄道インフラから得られる膨大なデジタルデータを、ひとつのプラットフォームで包括的に管理するデジタルアセットマネジメントのソリューションを提供した結果、現場の保守コストが最大15%、エネルギー消費量も15%削減される成果を挙げています。鉄道の領域において、HMAXは世界で2,000両以上の列車に導入が進みました。当社はその成果を元に、HMAXを“テンプレート化”し、今後は他のモビリティやエネルギー、製造現場など、より広範な領域にも展開します」(アントニサミー氏)
アントニサミー氏は日立グループの中でも、物理世界とデジタル世界をつなぐデジタル変革支援をグローバルに展開する、日立デジタルの最高成長責任者だ。同氏が主体となり、マイクロソフト、AWS、グーグルといったテックジャイアントとの連携を進めてきた。なかでもNVIDIAとの強力なパートナーシップを築き上げたことが、HMAXの成長を加速させる大きな推進力となっている。
HMAXはリアルタイムに取得される膨大なデータを処理し、的確な推論を行うために、NVIDIAのGPUを中心としたさまざまな技術を活用している。産業分野、とりわけ社会インフラにおけるAI活用では、リアルタイム性がきわめて重要だ。大量のセンサーが獲得するデータを遅延なく処理し、有効な判断につなげるためにはエッジ側での高度な計算能力も不可欠だからだ。
日立がめざすのは、クラウド上でのAI処理と、物理世界に存在する機器の挙動を即座に解析し、その結果を制御や意思決定へとフィードバックできるプラットフォームだ。NVIDIAのエッジコンピューティング技術と、日立が培ってきた産業向けエッジデバイスおよび制御・運用技術(Operational Technology)を融合させることで、HMAXの基本形がつくられた。
CES 2026の日立ブースでは、最新のHMAXの基盤上で動く具体的なアプリケーションとして、製造現場を支援する次世代AIエージェント、鉄道など交通インフラ向けの「HMAX Mobility」の実例と、さらにパワーグリッド向けのソリューションとして大きな伸びしろが期待される「HMAX Energy」にスポットライトが当てられた。いずれもコンセプトの段階を超え、すでに実証や導入が進むソリューションであることが、筆者にとっても印象的だった。
現場作業員のナレッジ継承に役立つ「AIとロボット」
ここからは、日立がCESで紹介したHMAX関連ソリューションの中から、主要な3つの取り組みを振り返る。
製造や保守の現場で人手不足が深刻化する中、日立が研究開発を進めている次世代型AIエージェントが「フロントラインナビゲーター」だ。日本国内では「Naivy」(ナイヴィー)の名称で展開されている。
Naivyはフロントラインワーカーの人手不足に加え、熟練者が持つ技術やドメインナレッジの継承といった課題の解決を実現する現場支援型の次世代AIエージェントをめざす。現場に蓄積された知見に加え、センサーからリアルタイムに取得されるデータを集約・学習した複数のAIエージェントが、人と対話しながらトラブル対応や判断支援を行う仕組みだ。ロボティクスとの高度な連携も視野に入れている。
CES会場では、人とロボットが協調動作をしながら問題を解決する事例を、コンセプトムービーを使って紹介していた。
センサーを内蔵する作業着を着用するワーカーの動作をデータ化し、メタバースにつくるデータベースに蓄積する。本来であれば作業員が2人がかりであたる作業も、遠隔地にいる熟練者がロボットを遠隔操作しながら支援することにより、1人の作業員でまかなえる。ほかにもワーカーが着用する作業着センサー、カメラが撮影した視覚情報などを蓄積して、将来現場に投入する自律行動ロボットの学習データとして活用するアプローチも想定している。
バーチャルなシミュレーションからではなく、人間による日々の実作業に基づいたリアルなデータをロボットが学習することで、結果的に作業員の負荷を軽減したり、危険な場所での作業や単純作業をロボット側に積極的に委譲したりできる。
蓄積されたデータとVLA(Vision-Language-Action)を用いて、ロボットが自律的に行動できる学習モデルの研究開発も進められている。こうしたロボティクスとAIエージェントを組み合わせたHMAXの産業向けソリューションは、現在は日立グループ内で試験的に運用しながら改良が重ねられており、2026年度中の商用化を検討しているという。
ロボットの実機によるデモンストレーションをCES会場で見られなかったのは残念だが、Naivyやフロントラインワーカーの課題を解決するHMAXの進捗についてはまた機会を改めて、今後の展開を取材して報告したい。
鉄道のアセットマネジメントで始まった変革
HMAX Mobilityの展示では、鉄道の「アセットマネジメント」に焦点が当てられていた。ここでカギとなるのが、NVIDIAとの協業によるエッジAIの実装だ。
「このソリューションの最大の強みは、営業運転中の車両を大きなセンシングデバイスに変えてしまうこと」だと、日立の担当者は説明していた。
従来、線路や架線の点検は専用の検測車を走らせるか、深夜に保線員が歩きながら目視により行っていた。しかし、HMAX Mobilityでは客を乗せて走る列車にカメラやセンサーを装備し、日常運行の中でデータを収集する。
車両に搭載されるコンピュータには、NVIDIAのIGXやJetsonアーキテクチャといった先端エッジAIプラットフォームが採用され、車両上部のカメラで撮影した線路や架線の映像をフレーム単位で解析する。その精度は驚くべきもので、0.1mm単位での計測が可能だという。
日立の担当者によると「毎日、あるいは1日に何度も同じ場所をスキャンできるため、異状の予兆を早期に検知できる。専用車やドローンによる定期点検と比べても、さらに圧倒的な頻度で計測できる優位性が活かせる」ことがメリットになるという。
鉄道におけるHMAX Mobilityは、現在はイギリスの主要路線やイタリアで実稼働を始めている。日本国内でも2025年11月に、東武鉄道が日立のHMAXを活用して車両メンテナンス分野のDXに向けた協創を始めることを発表している。
米国市場の関心集める、グリッド強靭化ソリューション
米国の、特にCESが開催されたネバダ州を含む広大なエリアでは、発電所やパワーグリッドの設備の老朽化や、再生可能エネルギー導入による電力供給の不安定化が喫緊の課題となっている。こうした背景もあり、HMAX Energyの展示には多くの来場者が関心を寄せていたようだ。
日立の担当者は「HMAX Energyは、既存のハードウェアの上に構築されるインテリジェンスのレイヤー」であると説明する。世界中に設置された変圧器やスイッチギアは、データ収集に活かせるいわばエッジデバイスだ。このようなデバイスは日立エナジーがベンダーとして供給してきたことから、長年にわたり培ってきたドメインナレッジを活かして、それぞれの電磁デバイスが本来、正常な状態にある場合の挙動を基準に置ける。
そのうえで、機器やシステムに異状が発生した場合などに、実際のデータをAIで比較するドメインナレッジが活かせる。故障の発生後に対応する“リアクティブな保守”から、予兆を検知して防ぐ“プロアクティブな保守”へのシステム転換が可能になる。
「実際に自動点検ソリューションを導入した顧客の例では、点検時間を従来の約3分の1に短縮できた。また、異状の予兆段階で対応できることが、ダウンタイムのリスク低減にもつながる」と担当者は話す。
インフラのアップデートに莫大なコストと時間がかかる施設において、既存の社会インフラとして活用されているアセットの寿命を延ばし、運用を最適化するHMAX Energyは、代替の利かない価値を提供するソリューションになり得るだろう。
AIのチカラで覚醒する、ものづくりの企業の底力
前出のアントニサミー氏は、フィジカルAIの領域において、創業から115年を超える日立グループが培ってきた“ものづくり企業”としての豊かな経験が活かせるとし、さらにプロダクトやサービスの差別化を図る上で大きな強みになっているとも語る。
「他社との違いは、エネルギーや鉄道といった社会インフラにおける深いドメインナレッジと、自社での研究開発、そしてデジタル・エンジニアリング能力のすべてを統合して提供できる点にある」と、アントニサミー氏は胸を張る。
大手ITベンダーが単独で提供するAIは、データサイエンスには長けていても、現場の機器が物理的にどう動くべきか、という“期待値”の経験則を持たない。一方で、日立は機器そのものを製造してきた実績があり、NVIDIAのようなパートナーと組むことにより、社会インフラの具体的な課題解決をスピーディーに提案できる。両社のタッグが強みを発揮しながら、大規模で実効性のある解決策を見つけられるプラットフォームがHMAXであると、言い換えることもできるだろう。
これまで多様な社会インフラを支えてきた日立だからこそ、規模の大小を問わず、AI関連テクノロジーを活用して複雑な社会課題の解決に踏み込む視野を持てる。老朽化したインフラの維持管理や、熟練工の引退に伴う技能継承、さらにはサステナビリティの実現といったテーマは、いずれも机上の計算だけでは解決できない、物理世界に根ざした課題でもある。
現実の制約が厳しい領域にこそ、HMAXの強みが発揮される余地がある。今後も日立はデータとAIを現場の設備や人の動きと結びつけ、実行可能な判断へと落とし込んでいく。
2026年のCES出展の機会を、日立はHMAXのグローバルローンチのステージとしても位置付けた。NVIDIAとのパートナーシップもさらに強化することを打ち出している。同社がCESで示したビジョンは、日本の製造業が向かうべきひとつの到達点を示唆しているように筆者は感じた。今後の展開に期待したい。









