日清食品グループは、トップ自らが発信した「デジタルを武装せよ」というスローガンを掲げてDXを推進しており、システム開発の民主化や生成AIの導入にも積極的に取り組んでいる。
12月4日に開催された「TECH+フォーラム エンタープライズDay 2025 Dec. 先進企業の変革のフロンティア デジタル革新の結晶」に、日清食品ホールディングス 執行役員・CIO(グループ情報責任者)の成田敏博氏と、経済キャスター/ビジネスジャーナリストの瀧口友里奈氏が登壇。同社のDXの取り組みについて、対談が行われた。
「経営トップの危機感」がDX推進の原動力
冒頭で成田氏は、日清食品のDXの原動力は「経営トップが抱く危機感」だと述べた。
「世の中が移り変わるなかで、過去の自分たちを自ら破壊してでも生まれ変わり、新しい技術が自社をどう変えていくかに目を向けなさいというメッセージを常にトップが発信し続けています。これが、日清食品がデジタルを活用していく原動力になっています」(成田氏)
同社では社内で「カップヌードルシンドローム」という言葉もよく使われる。これはカップヌードルのような強いブランドに甘んじてしまい、世の中の動きに気を払わず革新に取り組まなくなる状態を示す。瀧口氏は、トップがこうした警鐘を鳴らし続ける姿勢が、DXやAIを積極的に導入する動きにつながっていると指摘した。
トップが発信したスローガン「デジタルを武装せよ」
日清食品が本格的にDXに取り組み始めたのは2019年。経営トップ自らが、「DIGITIZE YOUR ARMS デジタルを武装せよ」というスローガンやそのビジュアルをつくり、食品メーカーであってもデジタルを活用しなければ生き残れないというメッセージを発信した。その初年度は脱紙文化元年と位置付けてペーパーレス化を促し、翌2020年はエブリデイテレワークを実現、ルーチンワークの50パーセント減を目指した2023年には生成AIも活用して業務効率化に取り組んだ。そして2025年に目指してきたのは工場の完全無人ラインの実現だ。成田氏は、「その場その場でできるかどうか誰も分からないようなことでも、あえて経営トップがその方向性を示すメッセージを従業員に発信する社風がある」と話した。
このスローガンは昨年“デジタル侍”のビジュアルとともにリニューアルされた。「NISSIN DIGITAL ACADEMY」として、システム開発、生成AI、デザイン思考など、武装すべき7つのデジタル技術を掲げ、それぞれ講座をつくって人材育成に努めている。ここでは社員が楽しみながら変革に取り組むための工夫も凝らされている。また、新卒間もない受講者を講師にするといった試みも行われている。
「最近はデータサイエンスの学部がある大学も増えています。そういった学部の新卒社員はデータ分析の基礎を教えることができます。新卒の社員に講師をやってもらうと、みんな応援するような雰囲気で楽しく受講しています」(成田氏)
システム開発の民主化により独自アプリも現場で開発
日清食品のDX推進の取り組みは、前述の通りまずペーパーレス化から始まった。当時は紙の決裁書を回す業務が行われる仕組みだったが、コロナ禍で在宅勤務が始まったことを機に一気にペーパーレス化を実現。そしてIT部門の中に現場に密着するデジタル化推進室を立ち上げると、kintoneやPower Appsといったローコードプラットフォームをベースに現場のシステム開発を民主化し、生成AIを現場に導入して業務のデジタル化を進めた。
システム開発の民主化により、現在ではIT以外の部門も含め社内でシステム開発が行われている。現場の担当者がアプリを開発することもある。例えば出先で製品詳細の情報を見たり、チラシ作成のための画像を小売店に送信したりできる商品情報データベースアプリは営業担当者がつくったものだ。
「実際に使う現場の方が開発するんですね」(瀧口氏)
「IT部門は、支援はしますが、つくるのは現場の方です。つくって終わりではなく、実際の使い勝手を基に、自分たちで常にブラッシュアップし続けています」(成田氏)
モバイルデバイスの活用も加速させている。kintoneやMicrosoft 365、Sansanなどクラウドシステムを利用するモバイルアプリのほか、独自のアプリも開発している。現場でほしいものがなければ自分たちでつくるという方針で、オーダー・出荷状況確認や社員情報検索などの独自モバイルアプリがすでに実用化されているそうだ。
トップダウンとボトムアップを融合し、成功事例を周知
DXの推進には当初現場レベルで反対の声が上がることもあったが、成田氏はあえてそこに向き合うことはせず、トップダウンとボトムアップを融合させることで解決した。
「トップから常に強いメッセージを発信することは極めて重要ですが、それに加えて現場レベルで、短期間で成功した事例をつくっていくと、組織は変わっていきます」(成田氏)
ペーパーレス化、生成AI普及、システム開発民主化、セキュリティ意識の醸成など全てにおいて、トップのメッセージで方向性を示したうえ、現場で成功事例をつくり、それを周知した。「わずか3か月でこんなに変化が起き始めている」などと知らしめていくと、徐々に色々な組織が重い腰を上げ始めるのだという。
協力してくれる部門を見定めて、そこから着手したこともポイントだ。例えば生成AIは導入当初、利用率が低いことが悩みだったが、営業組織が興味を持っていたことを知り、まずそこから活用を始めた。質問文の書き方が分からない初心者のために、営業現場でAIが使える32の業務を営業担当者自身が絞り込み、外部コンサルタントの協力も得ながら現場に合わせたプロンプトテンプレートをつくった。これを全国の営業担当者に共有すると、利用率は全社平均で3割程度のところ、営業部門では7割に達した。
「こうした取り組みを社内報で取り上げて周知し、経営トップから社内に対してメッセージを投げかける。すると、我々の会社はこの方向に向かうんだという方向性が理解され、自分たちも成功した部署に追随しなければ、という空気が徐々に醸成されていきます」(成田氏)
「まず空気を醸成し、その取り組みが横展開で広がっていくと、本当の成功にたどり着くんですね」(瀧口氏)
「はい。そのためには、やはり経営トップが常に方向性を発信し、特定の部門の成功事例が明確に出ているという状態をつくることが非常に重要だと思います」(成田氏)
若手の登用も積極的に行っている。ここ数年の新卒社員は2000年以降生まれのデジタルネイティブ世代であり、前述のように全社研修の講師を務める社員もいれば、常にAIのことを調べていて成田氏よりも詳しい人材もいるそうだ。若手がどんどん走っていく姿は、中堅やシニア層だけでなく同じ若手に対しても刺激になっていて、チャレンジが奨励される社風の醸成に一役買っている。
CIOの役割は現場と経営陣をつなぐこと
成田氏は、自身のCIOとしての役割について次のように話した。
「私はデジタルの専門家であると同時に経営者ですから、経営視点でデジタル戦略を立案し、現場と経営陣をつなぐのが役割です。今後については、デジタル領域で注力することはいくつか考えていますが、急速な変化に追いついていくために、いつでも見直すようにしたいと思っています」(成田氏)
「変化にアンテナを立てて、アジャイルな組織であり続ける。そこを楽しんでいらっしゃるようにも感じます」(瀧口氏)
「AIという、今までにないスピードで世の中を変えていくような武器が出てきたタイミングで、それを組織にどのように根付かせるのかを主導できる立場にいる。それはとてもありがたいことです」(成田氏)

