訪日客の満足度を決める「ラストワンマイル」 - インバウンド時代に問われる決済体験の質

日本を訪れる旅行者が増加の一途を辿る現在、「日本」というブランド全体の質が改めて問われている。旅行者の印象は、観光地や施設ごとのサービスだけでなく、旅のあらゆる場面での体験が積み重なって、形成されるものだ。中でも旅の快適さを左右する重要なカギとして認識され始めているのが「決済」だ。スムーズな決済対応が、インバウンド全盛時代において、新たな「おもてなし」の形と言えるだろう。

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    (出典:Getty Image)

海外からの旅行者にとって、慣れない土地での滞在には常に不安がつきまとうものだ。だからこそ、チェックアウトの瞬間に「いつもの支払い方法」を選べることは、安心感と満足感につながる。逆に、クレジットカードが使えない、エラーが出るといったトラブルに見舞われれば、それまでの旅の素敵な思い出も色褪せてしまいかねない。決済は単なる事務手続きではなく、旅の満足度を左右する「ラストワンマイル」なのである。

本稿では、「インバウンド宿泊客に対応する決済」に焦点を当て、日本の宿泊業界が今後強化すべきポイントについて探る。

多様化するインバウンドのニーズ:「決済」も体験の一部

観光庁の調査によると、2024年の訪日外国人旅行者数は3,687万人と過去最多を記録した。また、訪日客のリピート率(2回以上の訪問経験者)はアジアを中心に多く、約65%となっている。特筆すべきは、リピーターほど宿泊や飲食などへの支出額が増えている傾向にあり、滞在中の「体験」に価値を見出している点だ。

この「体験」には、滞在先のサービスはもちろん、支払いというプロセスも含まれる。言語や文化の異なる日本において、クレジットカードやAlipayなどのQRコード決済、ApplePayといったデジタルウォレットなど、使い慣れた決済手段があることは大きな安心材料となる。実際、Adyenの最新意識調査「ホスピタリティ&トラベルレポート」によれば、約3人に1人が「為替レートを気にすることなく、自国の通貨建て決済を選びたい」と回答している。多様な国・地域からの旅行者に対し、自国同様の決済環境を提供することは、もはやオプションではなく、満足度を向上させるための不可欠な要素となっている。

宿泊業界を悩ませる「システムの分断」と「セキュリティリスク」

一方、日本の宿泊業界が直面する課題に目を向けると、システム構造上の問題が浮き彫りになる。もともと日本では、決済システムが対面とオンラインに分かれて構築されてきた歴史がある。さらに、チェックイン、レストランや売店利用、チェックアウトといったタッチポイントごとに異なるシステムが稼働しているケースも少なくない。結果、予約時にカード情報を登録しているのにもかかわらず、現場で再度提示を求めるという非効率が常態化し、スマートなサービス提供の足かせとなっている。

さらに看過できないのがセキュリティ問題だ。Adyenが行った意識調査では、日本の宿泊施設の約4割が、過去1年間に不正アクセスの増加を報告しており、76%が不正利用やチャージバック等による経済的損失を被っている。 この背景には、やはりシステムの未連携がある。約7割の企業が「オンラインと現地決済の分断がセキュリティリスクを高めている」と回答しており、個別対応によるコスト増大や業務の複雑化が、日本の宿泊業界にとって重い経営課題となっているのだ。

実践的な決済戦略のヒント:安全と利便性の両立が、選ばれる施設の条件に

こうした課題を解決し、旅行者の期待に応えるためには、どのような戦略が必要か。 鍵となるのは、予約から現地での追加利用、そしてチェックアウトまでをシームレスにつなぐ、統合された決済プラットフォームの導入である。

特に、「非日常」を提供するホテルや旅館において、現実に引き戻される「支払い」のストレスを最小化することは極めて重要だ。 最近では、星野リゾートが同社の「界」ブランドにおいて、Adyenの決済プラットフォームを導入した事例がある。同社はこれまで、対面決済、オンライン決済、KIOSK端末でそれぞれ異なるシステムを採用していたため、統合や開発、不具合発生時の対応に困難が生じていた。一気通貫のシステム採用により、追加利用の精算やチェックアウト時の混雑といったフリクション(摩擦)を解消し、予約から出発まで「なめらかな宿泊体験」を提供したい考えだ。現在、一部ホテルでの先行導入を通じて、その有効性を検証している。今後は、グローバル水準のプラットフォームを採用することで決済承認率を向上させ、インバウンド客の決済エラーを防ぐ体制も整えていく考えだ。

もちろん、利便性だけでなく「安全性の担保」も最優先事項だ。Adyenの調査によると、日本の宿泊施設の約6割が「デジタルウォレットでのトークン決済データ利用」を、半数が「3Dセキュアによる本人認証」を挙げており、特にトークン化技術はすでに72%が導入済みと、高い実施率を示している。これは、日本の宿泊業界がセキュリティ強化と最新技術の活用に前向きであることの証左であり、非常に心強い傾向だ。

訪日外国人にとって、宿泊体験は日本の印象そのものを左右する。 宿泊施設は「予約の瞬間から顧客体験が始まっている」ことを強く意識し、安全かつスムーズな決済環境を整備できるか。それが、インバウンド全盛の時代において選ばれ続けるための分水嶺となるはずだ。