アマチュア無線の経験者や、飛行機写真を撮る人にとってなじみ深いブランド。それがアイコムである。そのアイコムの代表取締役社長、中岡洋詞氏にお話を伺う機会をいただいた。今回は後編として、ユニークな製品作りの話、さらに思わぬところでアイコムの名前が広まってしまった爆発事件の話も出てくる。

  • アイコム 代表取締役社長 中岡洋詞氏

    アイコム 代表取締役社長 中岡洋詞氏

タフな無線機を作る

「対象とする製品が異なっても、RF(Radio Frequency)の技術はみんな共通」とはいっても、運用環境の違いに合わせた実装の違いは生じる。

例えば海洋分野では、機器が風雨や海水や潮風にさらされる。業務用の無線機なら、工事現場みたいに粉塵が舞う場所で使うこともある。トラックなどの車両に載せた状態で使えば、動揺や振動にさらされる。個人携行用のトランシーバーなら、うっかり落とす可能性もある。

そこで、機器を衝撃試験・振動試験にかけて、壊れず、正常に作動するかどうかを確認する必要がある。ミルスペックでは「振動試験では、こういう条件の振動を○時間、連続して加えても耐えられること」といった具合に規定があるので、それに合わせた試験を行えばよい。

では、衝撃と振動、どちらに対応するのが難しいものなのだろうか。

それを自社で設備を持って実施してもよいが、実現には費用とノウハウが要るので、そこに「検証を担当する第三者機関」が存在する意味が出てくる。それに、当事者ではなく第三者が検証しました、ということになれば客観性もある。だから、米軍向けになるとさすがに「第三者機関による検証が好ましい」となる由。

一方で、カスタマーによっては自己宣言を認めており、自社で検証した結果を受け入れますよという場面もあるそうだ。

今の無線機は、昔みたいに「トランジスタに足が生えていて、それを基板の穴に通して半田付け」みたいな時代ではないから、大抵の部品は基板の表面に実装してしまう。そのため、基板に取り付けた部品が壊れたり脱落したりすることはまず起こらず、むしろ基板と筐体の間が問題になるそうだ。 つまり、衝撃や振動によって基板が筐体から外れてしまうような話である。 「かつては、大きなコイルがついていて、それが振動が加わるうちに自重で外れてしまうようなこともあったんですよ」と中岡氏はいう。

難しいのは「厳しい運用環境に合わせたハイエンドの製品」で「大は小を兼ねる」とは行かないことだ。業務用の機器は厳しい環境下で手荒に使われることが多いが、アマチュア無線機は話が違う。愛機を大切に使うのが一般的なスタイルだろう。そこで過剰にタフな製品を持って行っても、オーバースペックかつ高価についてしまう。

水に沈めても大丈夫→水に浮きます

では、防塵や防水はどうか。「当社は世界で初めて、“水に沈めても大丈夫”という完全防水の無線機を出したんです。それが15年ぐらい、海洋無線機の王道という状況だったのです」(中岡氏)

もちろん、内部に水や塵埃が入り込まないように隙間をシールしなければならない。また、スピーカーを匡体の中に完全に入れてしまったら、スピーカーとして機能しない。そこで、スピーカーの外側にメンブレンの膜を張って、水や塵埃の侵入を防ぐ設計になっている。

ところが、人間の欲求には際限がない。顧客から「無線機が水の中に沈んだらどうにもならない、水に浮く無線機はできないか」という要望が出てきた。

「そんなのできるわけがない、というのが最初のリアクションだったんですが、企画を立ててから比較的短い時間で、『水に浮く無線機』を送り出すことができました」(中岡氏)

モノが水面に浮くためには、モノ自身の質量と、そのモノが浮かんだときに押しのける水の量(すなわち水に浸かる部分の体積)が合致する必要がある。分かりやすくいえば、小さい割に重いと、押しのける水の量が足りなくなるから浮力が足りずに沈んでしまう。

ということは、モノのサイズと質量をどこでバランスさせるか、そのサイズと質量の範囲内で無線機としての機能を実現するにはどうすればよいか、という話になるわけだ。

ところが、まだ話は終わらない。単に浮いてくれるだけでなく、どういう向きで浮いてくれると嬉しい、という話に発展した。例えば、縦に浮いて無線機の底だけが見えているよりも、横になって浮かんでいるほうがより見つけやすい。

浮いたときの向きをコントロールするには、重心と浮心の関係が問題になる。シンプルに書けば、水面上に出したい側に空間を作って、軽くしなければならない。だからといって、むやみに空間を作れば無線機が大型化してしまう。 そこで、機構設計の担当者は3D CADを駆使して空間設計を行い、小型化と浮力と浮く向きの最適解を追求するそうだ。「無線機というと電気回路ばかり着目されますが、実はこうした機構設計の部分も鍵になるんです」(中岡氏)

また、スピーカーを組み込んだ部位の匡体につきものの凹みには、どうしても水が溜まってしまう。そこで、その水滴を落とすために振動を起こす仕掛けを組み込んだ。凹みに水が溜まると音が聞こえにくくなってしまうからだ。

この機能もアイコムが初めて実用化したもので、振動の発生源として使うのはスピーカーだ。音を伝搬させるのは大気の振動だから、スピーカーはそもそも振動するデバイスである。それを水滴落としに応用するという発想が面白い。 このほか、顧客からの声を受けて開発した製品として「水に浸かったらディスプレイが光る無線機」もある。これもアイコムが初めて実用化した。海洋救難用の無線機に良さそうである。

イノベーション創出に向けて社員教育に注力

製品の企画や開発に際して、どれだけ柔軟な発想が出てくるか。これは一人一人の能力や経験、そしてアイデアをすくい上げられるかどうかという、組織文化の問題にもなってくる。そこで、今は社員教育にも力を入れているという。 「RFというのは、もう100年ぐらいの歴史がある昔からの技術です。そこからさらに新しいことをやらなければダメだよ、と全社に号令をかけているところです。うちの会社は保守的なところもあって、それが悪いことだとは思わないけれども、さらに新しいこともやっていかなければと」(中岡氏)

また、社内にはアマチュア無線クラブがあって、最近でも日本の大会(決められた時間内に、どれだけ多くの局と交信できるかを競う競技)で優勝したそうだ。祖業がアマチュア無線機であるし、自分で実際に無線機を使うことは利用者の視点を知ることにもなる。RFの技術を実地に体験することにもなる。

ちなみに、軍用通信機で有名なローデ&シュワルツという会社がドイツにあるが、そこのアマチュア無線クラブでも、アイコムの通信機が使われている由。「創業者のローデさんとは、1カ月に1回ぐらい、電話で話をしていますよ」と中岡氏。そうしたやりとりの中で、アイコム製品に対する要望を出されることもあるというから面白い。メーカーは違っても、同じ無線の仲間という感覚だろうか。

そのローデ氏をはじめとして、ローデ&シュワルツにはHF大好きなエンジニアがいる、という話を聞いたことがある。HFは古臭い技術でもなんでもなく、今でもさまざまな分野で現役だ。そして遠距離通信に使用するものだから、アイコムでは1000WのHF用増幅器までラインアップしている。

そのHFには、ALE(Automatic Link Establishment)という機能がある。「ALEは、同じメーカー同士でなければつながりませんよ、と他のメーカーを排除するような格好になってしまっている場面があったんです」と中岡氏。しかし、HF通信機同士の相互接続がまったくできないのでは困るから、ミルスペックではALEに関する規定も設けている(MIL-STD-188-141B)。

ヒズボラ事件と模造品

最近、アイコムの名前が広く喧伝されてしまったのが、レバノンで2024年9月18日に発生した、無線機爆発事件である。これは、イスラム教シーア派組織「ヒズボラ」のメンバーらが使用している無線機が爆発して、多数の死傷者を出した事件だ。

そして、問題の無線機に「ICOM」のロゴが入っていたことから、アイコムが騒ぎに巻き込まれた。このときのアイコムの対応は、迅速かつ的確なものであった。そのときの裏話についてもお話いただいた。

「事件が起きてから1時間後ぐらいに、ドイツにある現地法人に連絡が入って、責任者が私のところに連絡してきたんですね。日本時間で夜中の2時ぐらいでしたか、そのとき私はたまたま起きていまして。それで災害発生時の緊急連絡網を使って招集をかけて、翌朝の6~7時ぐらいに集まったんです。このとき、広報担当はプライベートで海外旅行していたんですが、予定を1日繰り上げて帰国してくれました」(中岡氏)

重要なのはその後だ。

「まず、問題を認識していますよ、というところはアナウンスしようと。それから、確実にいえることだけに絞ろう、と方針を決めました。そして9~10時ごろに、第一報として『こういう事件があったことは認識している。調査を進めているので、分かったことはその都度お知らせします』と出しました。振り返ってみると、それが良かったんですね」(中岡氏)

爆発直後の写真や映像から、問題の無線機の外観がアイコム製「IC-V82」に似ていると見られた。これは、2004年~2014年10月にかけて中東を含む海外向けに生産・出荷していたハンディ型無線機だが、事件が発生した時点ではもう、製造も輸出もしていなかった。そして、動作に必要なバッテリも製造していなかった。そんな製品が使い物になるのか。

といったところをきちんと冷静に考えれば、アイコムが販売した正規品がいきなり爆発するなんてことは考えられないはずである。

また、アイコムが実施していた模造品対策が功を奏した。

「当社の製品には、模造品防止のためのホログラムシールを貼付していますが、問題の無線機にはホログラムシールが見当たりませんでした。爆発した現物をもらえれば、もっとハッキリしたことを申し上げられたんですが、とうとう最後まで現物は手に入らなくて」(中岡氏)

そうこうしているうちに、この件がイスラエルの対外諜報機関「モサド」の仕業であることが明らかになった。同社の製品はアジアや中東で高いシェアを持っていたことが仕掛けの対象として好都合、と見られた一面があったのかもしれない。

ともあれ、本物ではなく模造品に仕掛けをしたのだと判明したため、アイコムの濡れ衣は晴らされた。結果として、風評などの被害はほとんどなかったという。

実は、この事件よりも前からアイコム製品の模造品が多数出回っており、ECサイトにおける模造品の取り締まりを進めてきていた。実際に模造品の現物も見せていただいた。正規品と並べてみると、ロゴの字が少し細くて色が薄いとか、筐体のサイズが少し小さいとかいう違いが分かる。たまたま筆者は鉄道車両や艦艇の形態調査で眼力を鍛えていたから、並べてみれば、ひと目で違いが分かった。

しかし、普通はすぐには分かってもらえない、という。微妙な違いがあっても形は酷似しており、筆者でも模造品だけ出されたら区別するのは難しい。しかし中を調べてみると、件のホログラムシールは貼られていないから模造品だと分かる。こんな品物が多数、ECサイトで出回っているわけだ。

  • アイコムの正規品と模造品。さて、正規品はどちらでしょうか

    アイコムの正規品と模造品。さて、正規品はどちらでしょうか

  • 正規品はホログラムシールが貼られている右側(上の写真の外観の正規品も右側)。外観だけでは見分けがつかない

    正規品はホログラムシールが貼られている右側(上の写真の外観の正規品も右側)。外観だけでは見分けがつかない

当然、模造品の品質や性能は本物よりも劣るだろうから、そんな品物が出回ればブランド価値の毀損につながる。そのため、模造品には厳しく対処しなければならない。事件より後、2025年6月の話になるが、不正な模造品の出品4,500件あまりを排除したとのリリースが出ている。

また、QRコードを用いて真贋判定を行うシステムを導入したほか、無線機をプログラムするソフトウェアに、模造品では動作しない仕組みを組み込む話も出ている。

ユーザーに助けられたという話

「この事件のとき、アマチュアの方にずいぶん助けていただいたんですよ。『アイコムのロゴが入った製品が爆発した』といってネットで炎上したときに、『いや、アイコムがそんなことをするはずがない』など、擁護のコメントをたくさんいただきました。何の利害関係もないのに、炎上しているときに、それに反論するコメントをいただけたんです」と話す中岡氏。

この辺は、創業当初からアマチュア無線の機材を手掛けて、多くのユーザー、多くのファンがいた事情がプラスに働いたといえるのだろう。業務用なら単なる「仕事の道具」だが、個人が趣味で使うものは「愛着の対象」でもあるのだ。 メーカーにとって、自社に思い入れを持って大事にしてくれるユーザーがいることは重要、と再認識させられた話であった。