2025年8月2日、未来館では令和7年(第19回)みどりの学術賞(※) を受賞された森本幸裕さん、経塚淳子さんをお招きし、トークイベント「自然のかたちから学ぶ 「都市のみどり」と「花の美しさ」」を開催しました。森本さんは都市の自然再生に関する研究を続けてこられた景観生態学の研究者で、人にもそこに住む生き物にも快適な環境をつくりだすことに尽力されてきました。このブログでは森本さんのトーク「都市は雨庭(あめにわ) でよみがえる」の様子をお届けします。森本さんが参加者に投げかけた質問を中心に、お話を聞いてみましょう。
※みどりの学術賞:国内において植物、森林、緑地、造園、自然保護等に係る研究、技術の開発その他「みどり」に関する学術上の顕著な功績のあった個人に授与する賞です。
みどりの学術賞 (内閣府) https://www.cao.go.jp/midorisho/
森本さんの研究の中心は、「都市の自然再生」。都市にみどりをつくり育てるとき、単に木を植えるのではなく、そこに現れる生き物たちがお互いにどのような関わり合いを持っているかを知ることを通して、人にもそこに住む生き物にも快適な空間をつくりだすことが重要です。森本さんは都市の緑の広さや分布の仕方と、そこにいる生き物の関係を明らかにするなど、景観生態学と呼ばれる分野から研究を進めてこられました。

(左) Google Data SIO, NOAA, U.S. Navy, NGA, GEBCO Landsat / Copernicus IBCAOU.S. Geological Survey PGC/NASAT Map Mobility. (右) 未来館周辺の航空写真スケールでは、公園緑地、並木、湾といった区分で空間を見ることができる。画像@2025 Airbus、CNES/Airbus、Maxar Technologies、地図データ@2025
景観生態学では、空間の階層性――つまりスケールが変わると見えてくるものも変化すること――に着目します。たとえば、宇宙から地球全体を眺めるスケールでは、森林、砂漠、非森林地、海洋といった大まかな区分が見えますが、未来館周辺の航空写真のスケールでは、公園、街路樹、湾といったより細かな要素が確認できます。さらに、公園の一部分や池の岸辺など、より小さな範囲を対象にすることもあります。それぞれのスケールに応じた生き物や環境との関わり方に焦点を当てながら、自然を理解していきます。
また、時間的な階層性も、景観生態学のもう一つ重要な視点です。森の大木が倒れるのは、短期的には悲しいことですが、長期的には次の世代の多様性と活力を生むのです。森本さんは1970年に開催された大阪万博(日本万国博覧会) の跡地や、京都市内にあった鉄道貨物駅の跡地の自然再生を手がけました。現在それらは、万博記念公園と、「いのちの森」としてそれぞれ整備されています。森本さんは、整備後も長年にわたりモニタリングすることで、都市に再生された自然の管理について知見を得てきました。
ちなみに、2025年大阪・関西万博の会場にある「静けさの森」には、万博記念公園を含む大阪府内の間伐予定だった木々が移植されています。詳しくはこちらのブログをご覧ください。
加藤さくら「万博サイエンスナビ ~海辺で育つ植物編 この木なんの木?きになる木!」 https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/20250910post-572.html)
ほかにも、森本さんは、敷地に降った雨を直ちに排水するのではなく地中に浸みこませるグリーンインフラの整備にも取り組んできました。グリーンインフラとは、自然環境が持つ機能を活用して地域の環境向上や災害対策などの効果を得ようとするもので、これにより都市型洪水の緩和と生物の生息環境の改善を提案されてきたのです。それがトークイベントのメインテーマ「雨庭(あめにわ) 」です。
雨庭って?
アメリカのシアトルの住宅のなかで広がっている、こちらのお庭をご覧ください。
住宅のお庭の一角に、何種類かの植物が植わっている窪地があります。敷き詰められた小石は河原のようにも見えます。このような庭は「雨庭」と呼ばれ、敷地に降った雨を直ちに排水するのではなく、いったん地中にしみこませる工夫が施されています。
「雨庭」が必要となる理由は、下水道システムにあります。まず、都市では道路などが舗装されているため、雨水が地中に浸透せず、下水管に流れ込みます。その下水道は、雨水と汚水を同じ下水管で流す「合流式」か、雨水と下水を分ける「分流式」の2種類があります。
大雨時には、両者とも問題が発生します。合流式では未処理汚水が川へ放出されてしまいます。一方、分流式では汚水の流出は避けることができても、低い土地の水路や小さな川はあふれてしまう「内水氾濫」が起こる問題は避けられません。
そのため、下水に流入する水量を減らすことが必要です。降った雨水が雨庭に蓄えられたり、地中にしみこんだりすれば、排水されるまでの時間を稼ぐことにもなり、都市型の洪水を小さくできます。さらにこのような空間は生き物が住む環境の改善にもつながることが期待されています。
このように、住宅の庭につくることができるスケールの雨庭もあれば、都市スケールの「大きな雨庭」もあります。その例として、森本さんはブラジルにあるバリグイ公園を紹介しました。
これは低湿地を整備したもので、大雨のときは遊水地となってダウンタウンで洪水が起きないように守りますが、ふだんは水と緑の豊かな公園として、人々の憩いの場となっています。
森本さんは雨庭を日本でも広める活動に取り組んできました。さらに、都市の生物の生息環境を改善し、自然の多様な恵みをもたらすための「雨庭まちづくり」を提唱しています。
しかし、なぜ都市で生き物の棲み処をつくる必要があるのでしょうか。森本さんからの問いかけを参考に、考えてみましょう。
Q-1. 都市は生き物がいなくて当たり前?都市にはカラスや犬・猫といった動物は見られますが、そのほかの生き物はどうでしょうか。
森本さんによれば、実は都市にも野生の動物や植物がいます! ときには、他の地域では数が少なくなってしまった種が存続していることさえあります。例えば、京都の平安神宮は、多種多様な樹木や動物が姿を見せる優れた生息地(ハビタット) となっています。池には琵琶湖では激減しているイチモンジタナゴも生息しています。
人間が自然を切り開いてつくったであるにも関わらず、平安神宮のお庭が生物多様性に恵まれている理由は、自然の風景のミニチュアが作られただけでなく、人による保全と手入れが欠かさず行われているからです。でも、洪水がないことでたまってしまう数十年分の泥を池から取り除くなど、自然を守るだけでなく継続的に管理することが、生き物の豊かさを実現するために不可欠なのです。
Q-2. わざわざ都市で自然再生?「自然」は都会には少なくなっても、自然公園のように保護された場所や人里離れた山にはあります。では都市で自然を再生する必要性は何でしょうか?
都市がある場所をもともと生息場所としていた生き物のことを考えると、都市の自然再生は重要だ、と森本さんは話します。例えば、京都など日本の都市の多くは河川が土砂を運んでできた土地(氾濫原) にできています。したがって、都市に自然をつくらないと、氾濫原や干潟などの湿地に住む生き物のすみかがなくなってしまいます。湿地や草地の生き物は、都市化によって生息地を奪われやすいのです。山のほうに自然があるから大丈夫、ではないのです。土地の本来の生き物の住み場所を維持したり、開発地に再生したりする都市開発を行うことで、生息環境が限られる生き物を存続させられます。
Q-3. 都市の生き物や自然は役に立つ?都市の自然を再生したり、生き物のすみかをつくったりすることの大切さはよくわかりました。それでは、都市に自然や生き物がいることは、人間の側にはなにかメリットがあるのでしょうか。
森本さんが語ったのは、3つのポイントです。
1. 気候変動に賢く適応森本さんは、都市の自然を保全することは、健全な人間生活に不可欠だと考えています。というのも、気候変動の影響により日本の大雨の頻度は増えており、水のリスクが高くなっているからです。気象庁によれば、1時間降水量が80mm以上の強い雨は1980年代に比べて概ね2倍程度になっています。しかし、下水道が対応できるのは一般的に1時間あたり50mmまでのため、下水道では処理しきれない雨が増えているといえます。
では、ここで「賢く適応する」例をひとつご紹介します。京都の桂離宮とその庭園は400年前につくられましたが、桂川の氾濫リスクに備えて、竹の一種・ハチクでできた洪水防備林があります。また、庭園には雨水が溜まったり浸みこんだりするよう工夫も加えられています。さらに、洪水を想定して高床式となった建物の柱には、過去のたび重なる床下浸水の跡が確認されています。こうしたデザインのおかげで、少なくとも現在までの400年間は持続可能な造りであったといえます。
さらに、庭園は美しい景観を織り成しつつ、雨水に対応して一時的な貯水も期待されます。このように、自然を再生することは豊かな文化と安全な社会を将来に継承していくことにもつながるのです。
2. Win-Winになる前半でご紹介したブラジルのバリグイ公園のように、大規模な緑地を都市につくることは簡単ではありません。専門家や行政、そして開発事業者の協力が不可欠です。産公民が連携することで実現したロンドン湿地センターでは、湿地の自然再生にあたり、隣接する高級住宅地を開発することで利益を上げた住宅会社が資金を提供しました。このように、お互いをWin-Winな関係にすることもできます。
3. 心身にも効果あり「青少年の体験活動等に関する意識調査(令和4年度調査)報告書」(国立青少年教育振興機構,2024)によれば、自然体験が多い青少年ほど自己肯定感が高くなり、道徳観・正義感がある傾向が見られます。この傾向は令和元年度に実施された同調査でも同様で、人口が多い都市で自然を体験できる場所をつくるメリットだといえるでしょう(ロンドン湿地センターの例でも精神的な健康に貢献することが指摘されています) 。
まとめ:地域に雨庭が広がる未来へ
ここまで、都市に自然を再生し、生き物たちの棲み処をつくる「雨庭」という手法について、森本さんと考えてきました。舗装道路やビル建設によって都市の緑地が減ったことで、雨水が浸透しにくく、都市型洪水のリスクが大きくなったり、生き物が棲み処(ハビタット)を失って絶滅したりしています。ここまでのお話を振り返ると、都市の自然再生、特に雨庭というアプローチはこうした問題への解決手段になりそうです。
森本さんは、小規模でもいいから雨庭を地域でつくろう、と呼びかけます。狭義の「庭」だけでなく、敷地に降ってから流れ出ていくまでのすべての段階で雨水を受け止め、使ったり貯めたりすることでもよいとのことです。
雨庭の取り組みは、森本さんが活動してきた京都や関西だけでなく、東京都や九州など各地に広がり始めています。あなたの町でも公園や住宅街ですでに実現しているかもしれません。もし、見つけられなかったら……あなたが第一号になるチャンスです! 雨庭を始めてみませんか?
トークイベントの様子については、アーカイブ動画も公式YouTubeチャンネル(Miraikan Channel)にアップロードする予定です。ご興味ある方はそちらもご覧ください。イベント当日に来られなかった方も、都市の自然や生き物たち、そして雨庭について興味を持っていただけるとうれしいです。
参考文献
気象庁「全国(アメダス) の1時間降水量50mm以上、80mm以上、100mm以上の年間発生回数」『気候変動ポータル』(2025年11月16日最終閲覧) https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/extreme/extreme_p.html?select_elem=amdhour
グリーンインフラ研究会・三菱UFJリサーチ&コンサルティング・日経コンストラクション 編『決定版!グリーンインフラ GREEN INFRASTRUCTURE』日経BP社、2017年
グリーンインフラ研究会・三菱UFJリサーチ&コンサルティング・日経コンストラクション 編『実践版!グリーンインフラ GREEN INFRASTRUCTURE』日経BP社、2020年
国立青少年教育振興機構「青少年の体験活動等に関する意識調査(令和4年度調査)報告書」、2024年
住友信託銀行株式会社・財団法人日本生態系協会・株式会社日本総合研究所「生態系と生物多様性の経済学」、2008年
島谷幸宏『戦略的創造研究推進事業(社会技術研究開発)研究開発実施修了報告書「持続可能な多世代共創社会のデザイン」研究開発領域 研究開発プロジェクト「分散型水管理を通した、風かおり、緑かがやく、あまみず社会の構築』、https://www.jst.go.jp/ristex/funding/files/JST_1115140_15657055_shimatani_ER.pdf、
(2025年11月16日最終閲覧)
日本景観生態学会(編)『景観生態学 Landscape Ecology』共立出版、2022年
森本幸裕「温暖化適応と雨庭まちづくり」『環境技術』51(4)200-204、2022年
関連リンク
- 内閣府 みどりの学術賞 https://www.cao.go.jp/midorisho/index.html
- 自然のかたちから学ぶ「都市のみどり」と「花の美しさ」~令和7年(第19回)みどりの学術賞受賞記念トークイベント」https://www.miraikan.jst.go.jp/events/202508024121.html
- 加藤さくら「この木なんの木?きになる木! 万博サイエンスナビ ~海辺で育つ植物編」日本科学未来館科学コミュニケーターブログ https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/20250910post-572.html

執筆: 澤田 拓実(日本科学未来館 科学コミュニケーター)
【担当業務】
アクティビティ企画全般に携わり、対話や情報発信を行う。地球科学や深海探査、天文学・宇宙開発の動向に注目している。これまで、物をじっくり観察して科学的なスケッチを描くワークショップの開発や、アクセシビリティ推進の取り組みとした視覚障害者むけ展示ツアーなどを担当してきた。
【プロフィル】
理科の先生をめざして教育学や地形、気候、植物分布などを学んでいた大学生の頃、「授業以外の科学の伝え方」として博物館と科学コミュニケーションに出会いました。日進月歩の科学技術に向き合っていくにはどうすればよいか悩み、科学史・技術史を専攻したこともあります。「やっぱり実践の場でみんなと一緒に考えたい!」と思い未来館にやってきました。
【分野・キーワード】
科学技術史、自然地理学、海洋、船









