NTT会長・澤田純の価値多層社会論『新しい社会インフラには新しい哲学が必要』

人とAIの関係、そして 人が生きることとは何か

 なぜ、今、哲学なのか?

 コロナ禍は人々の生き方・働き方改革を促した。ポストコロナの今、生成AI(人工知能)の登場で、わたしたちは、〝人とAIの関係〟を再考せざるを得なくなっている。

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 こうした時代の転換期にあって、NTT会長の澤田純氏(1955年=昭和30年7月生まれ)は、『パラコンシステント・ワールド』という著作を刊行(2021年12月)。

 澤田氏はこの中で、東日本大震災を含む〝想定外の自然災害〟やパンデミック(感染症の世界的大流行)が頻発していることを踏まえて、次のように述べている。

「まさに人類はいま、未来を予測することがはなはだ難しい時代に生きています。そろそろ、わたしたちは100%の安全神話などないことを理解し、一方で近代化以降、信奉し続けてきた現在の科学技術だけでは救いきれないものを認識して、新たな思想や科学、テクノロジーを模索しなければならない時代に来ているのではないでしょうか」

 この著作は、まさにパンデミック(コロナ禍)の真っ只中で書かれ、多少時間は経っているが、氏の危機意識は多くの人が共有していると言っていい。

 グローバルとローカルの関係についても同じで、澤田氏は、「経済安全保障の面からもローカルを重視するサプライチェーンの組み替えが必要であり、新たなエコシステムを構築する必要があると思っています」と述べている。

 2025年1月、トランプ第2次政権が発足。高関税策など、米国ファースト政策を打ち出し、従来のグローバリズムでは、世界は対応できなくなっている。

 世界一の経済大国である軍事大国である米国が〝内向き〟になるなど、自由主義・民主主義も新たな矛盾を抱え込む。

 澤田氏は、4年前のこの著作『パラコンシステント・ワールド』の中で、「似た価値観を持ち、信頼できる国家間でつながるような新しいグローバリズムの可能性についても同時に探る必要があると思っています」と記し、グローバルかつローカルな経営活動と両立させるような『ニューグローバリズム』と言うべき視座が必要と提唱している。

 タイトルの『パラコンシステント』(paraconsistent)は〝矛盾許容論理〟とも訳される。

 ロジックとデータだけで機械論的に世界を認識しようとするディストピア(破綻した世界)へと突き進む前に、「わたしたちは人間が矛盾を抱えて存在する生命であるということを前提にして、大きな方向転換を図る必要があると思っています」と澤田氏は述べる。

 澤田氏は京都大学工学部土木学科卒。1978年(昭和53年)、日本電信電話公社(現NTT)に入社。技術開発、サービス開発、法人営業、経営企画を担当。副社長を経て、2018年社長に就任。

 社長就任後は、海外事業の再編、4兆円かけてNTTドコモを子会社化、さらにNTTデータによるNTTリミテッド統合など、グループ内の統治を矢継ぎ早に打ち出し、実行。混沌とした時代を生き抜くために、経営基盤強化をスピード感を持って実践し、経営改革をリードしてきた。

 2022年5月、会長に就任(2024年6月に代表権を返上)。2023年3月、次世代情報通信基盤『IOWN(アイオン)』を発表したという今日までの経緯である。

次世代情報通信基盤の出発に際して

「新しい社会インフラが分断や対立を加速させないようにするにはどうすればいいか。また、自分たちの意識をどう改革させていくべきか」

 澤田純氏は次世代情報通信基盤『IOWN(アイオン)』を展開するうえで、このような問題意識を持ち続けてきた。

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『IOWN』─―。これまで通信基盤を支えてきた〝電気〟に替わって〝光〟の技術を取り入れることにより、通信の〝低遅延〟や〝低消費電力〟を実現する画期的な次世代情報通信基盤。NTTは2019年(令和元年)にその構想を発表。

 電気に頼っていた時代は、通信が立て込むと遅延が起こり、電力消費も高くなるという課題があった。

 そこで、電気から光の技術に替えることによって、これらの課題を解決し、〝大容量・高品質〟の情報通信を可能にしようというのが『IOWN』である。

 ちなみに、IOWNは、Innovation Optical &Wireless Networkの略で、最先端の光関連技術や情報処理技術を活用し、スマートな世界(社会)を実現しようとするもの。

『IOWN』は今後、MaaS(Mobile as a Service、人やモノの移動)、医療、フィンテック(金融の最先端技術)、教育分野や公共分野、さらにエネルギー領域など、多岐にわたる分野に関わっていくものとみられる。

「光は熱を出しませんので、持続可能性(サステナビリティ)の面でもいいということです」

 そして澤田氏は、「AI(人工知能)の時代を迎えて、非常に計算量が多い世界を通信がどう支えるかということです」と語り、自分たちの使命と役割について、次のように続ける。

「(IOWN構想の発表)当時から、ちょっとSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)とかですね、米国社会の分断問題も起きており、新しいインフラがそうした問題をより加速させるのではないかという懸念を持ってきました」

 SNSは、誰でもが、いつでも情報発信できるという点が人々に受け入れられ、瞬く間に広がったが、その一方で、近年、他人への誹謗中傷やフェイクニュース(偽情報)といったマイナス面が表面化。それらが洋の東西を問わず、社会の〝分断と対立〟を加速させているのではないかという懸念である。行動派の澤田氏は早速、実行に打って出る。

 澤田氏は、母校である京都大学で当時総長を務めていた山極壽一教授(人類学)を訪ね、対話するなど、自らが持っていた懸念に対する策を講じるために行動を開始。

 山極総長に、「西田哲学の継承者は誰ですか?」と訊ねた。

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