アマチュア無線の経験者や、飛行機写真を撮る人にとってなじみ深いブランド、それがアイコムである。そのアイコムの代表取締役社長 中岡洋詞氏にお話を伺う機会をいただいた。比較的、短い時間の取材だったが、その割には濃い内容になったので、2回に分けてお届けする。

  • アイコム 代表取締役社長 中岡洋詞氏

    アイコム 代表取締役社長 中岡洋詞氏

無線を軸に多彩な製品を提供

アイコムの創業は1954年4月で、現在は代表取締役会長を務めている井上徳造氏が事業を立ち上げた。まずアマチュア無線の機材から事業をスタートさせて、その後、さまざまな製品分野に進出した。

現在は、各種の無線機に加えて、アクセスポイントなどの無線LAN関連製品、IP電話機器、IoT機器、ワイヤレスIPカメラといった製品も手掛けている。あくまで「無線」を軸にして、事業を拡大・展開してきた様子が見て取れる。「ニッチなところばかり手掛けていますが、一つのブランドでこれだけやっているのは当社だけだと思います」(中岡氏)

無線機については、海上用、業務用、航空用といった具合に版図を拡大してきた。また、無線機は送受信両用だが、そこから受信の機能だけ抜き出せば受信機も実現できる理屈である。ただし、マルチバンドレシーバーという名称の通り、対応する周波数帯は幅広いため、それはそれで作る難しさはあろう。

製品の陣容からすると、一般消費者にとっては少々、なじみが薄い会社かもしれない。しかし、見えないところでお世話になっている会社である、ともいえる。

法規制の影響を受ける海外事業

「それほど規模が大きな会社ではありませんが、企画、設計、製造、販売、アフターサービスまで、すべて自社で手掛けています。製造については、ずっと国内生産を維持してきました。為替が1ドルあたり75円という超円高になったときにもです」(中岡氏)

ちなみに現在、海外の売上が全体に占める比率は60~70%ほどになるという。 「よく、『海外重視なんですね』と誤解されることがあるのですが、実はほとんどの製品は日本市場から投入しています。国内で成功事例を作ってから海外に展開する流れですね。結果として、市場が大きな海外の方が売上が多いことになるんですが。ただ、市場開拓あるいは新しい製品はまず国内からというケースが多いです」(中岡氏)

海外で、100%出資して設立した販売子会社を置いているのはアメリカ、オーストラリア、ドイツ、スペイン。カナダ、ブラジル、メキシコに孫会社があるほか、イギリスとフランスは部分的に出資する形となっている。

「入社してから10年ほど海外営業の部門にいました。当時は貿易課という名前でしたね。欧州統合に際して4カ所の現地法人をまとめた統合会社を作ろうという話が出て、統合の先遣隊として現地に行く話になりました」(中岡氏)

日本もそうだが、電波法や用途ごとの周波数割り当ては国によってそれぞれ違いがある。分かりやすい例でいうと、携帯電話のバンドは国によってバラバラだ。

そしてヨーロッパでは、人の往来は自由になっても、国によって異なる電波法はそのまま残った。既存のハードウェアやインフラをいきなり総取り換えするわけにもいかないので、法規の条文だけ書き換えれば解決、とはいかない。

ヨーロッパの国は比較的面積が狭く、しかも多くの国が地続きだ。電波に戸は立てられないし、出入国規制もできない。十分な出力があれば、電波は隣国まで飛んで行ってしまう。そのため過去には、ヨーロッパは他の地域よりも厳しい規制が敷かれていたが、最近では共通化が進んできたという。

こうした事情から、電波法が国ごとに異なるのに現地法人だけ統合しても……ということで、4カ国に現地法人を置く体制のままになった。

アメリカ50州を全部回って米軍の契約を獲得した話

「代わりに、最も市場が大きなアメリカで営業とマーケティングを修行してきなさい、という話になりまして。最初は3年という話だったんですが、結果として25年いることになりました」(中岡氏)

アメリカに行って間もないころ、当時のボスから「アメリカでセールス・マネージャーになりたかったら、すべての州を回ってこなければ」と発破をかけられた。もっともこれ、発破をかけはしたものの、実際に50州を回った人はいなかった、というオチがあったそうだが。

ともあれ、中岡氏は1年ちょっとをかけて50州すべてを回り、飛行機で現地に飛んでレンタカーを借りて、電話帳を見ながらアイコム製品を扱ってくれそうな販売会社を探して、訪ねて回ったのだという。その過程で、自社製品も競合他社の製品も、誰がどんな使い方をしているかを把握できたそうだ。

「アメリカに行って7年目で責任者になったんですが、ちょうどそのころ、初めて米国防総省の契約が取れたんです」(中岡氏)

意外に思われるかもしれないが、米国防総省が公開している契約情報を見ると、日本メーカーの現地法人が受注を得ている事例が散見される。しかし、単に良い製品を低価格で、というだけでは契約は取れない。米軍に製品を納めるには、米軍規格、いわゆるミルスペックで定めた要件を満たしていなければならない。

「当時の弊社の製品はそういう前提で設計していませんから、応札資格がありませんでした。しかし要件を満たせる自信はあったので、本社に『なんとか対応してくれ』と掛け合いまして。すごく真面目な会社なので、まずミルスペックを読み込んで、書かれている内容を理解するところから始めて、設計して検証して、とやっていたら2年はかかりそうでした」(中岡氏)

ところがそこに、国防総省から4,000万ドルぐらいの案件(当時のレートで50億円ぐらい)の案件が出てきた。そこで、「(アメリカの現地法人があった)ワシントン州のシアトルから、クルマで3時間ぐらい走って、隣のオレゴン州にある第三者機関に機材を持ち込んで、ミルスペックの要件を満たせているかどうか、テストしてもらったんです」(中岡氏)

その結果、製品に何も手を加えなくても合格できたので、その「お墨付き」を持って応札、受注獲得に成功した。そして、いったん「米軍の要件を満たせている製品として受注に成功した」との実績ができたことで、それが後押しとなりアジアや中南米での受注獲得につながった。

ちなみに日本では民需が多いものの、アイコムは官公庁向けにも製品を納めている。製品に求められる要件が民需向けとは違うので、専用設計の製品も多いという。ところが日本のお役所では、メーカー名を製品に書かない仕様が求められることもあるそうだ。しかし、機器を見た人が「あんな形をしているから、あれはアイコムの製品ではないか」と推測してしまうことがあるというから面白い。

海外では軍で使っている無線機やその他の電子機器で、メーカー名が書かれた製品が使われていることがある。国によっては、そういうところに寛容であるらしい。

基本となる技術は共通だが

アマチュア無線機は「趣味の道具」だが、電波という公共の資産を扱うものに変わりはない。だから、さまざまな規定や規格があり、それに合わせたものを製造する必要がある。もちろん、海上用でも業務用でも航空用でも、それぞれの分野ごとに規定や規格はあるが、「基本となるRF(Radio Frequency)の技術は同じ」と中岡氏。

製品開発の現場では、「コスト低減を狙って共通性を高める全体最適の追求」と「適合性を優先して個別に作り分ける部分最適の追求」の間を行ったり来たり、ということになりがちなのは致し方ないだろう。「現在は、他の製品と共通性を持たせてコスト低減を追求するか、共通性よりも個別最適を優先するかを、機種ごとに慎重に検討・判断しています」(中岡氏)

後編で出てくる堅牢性の話も同様で、設計や部材を流用した結果としてスペックの過不足が生じるよりは、利用分野ごとに最適なものを作る方がいい、となる場面が出てくるのは当然であろう。

面白いのは、アイコムの祖業がプラスに働いてくれた話だ。アマチュア無線の分野では、短波(HF)も超短波(VHF)も極超短波(UHF)も扱う。変調方式にしても、振幅変調(AM)や周波数変調(FM)など、さまざまな方式が出てくる。それをみんな手掛けていたことで、他の分野でも応用が効いたのだという。

逆に、他の分野から参入すると、最初に手掛けた特定分野のノウハウしかない。例えば、海洋無線機ならVHFとFMの組み合わせだ。すると、そこから他の分野に進出する際には「お勉強のやり直し」となってしまう。そういう意味で、アマチュア無線機を最初に手掛けたアイコムは有利な立場にいたのではないか、と中岡氏はいう。

また、設計に際して重視しているポイントは当然ながらある。

「小型軽量化と電池のもちは重視しています。特に業務用ですと、勤務時間の間に電池切れになって交換するような非効率な事態は避けたいですから。そうしたノウハウは、実は分野に関係なく生かせるものですね」(中岡氏)

6.25kHz幅でも使える技術を開発したが

もちろん、昔の無線機はみんなアナログ電気回路で構成していたが、その後、デジタル無線機の話が出てきた。一方で、電波という限られた資源を有効活用しなければならない、という課題も出てきた。

「アメリカでデジタル無線の新規格に合致する無線機を手掛けることになって最初にいわれたのは、使用する帯域を狭くしてほしい、という話でした。従来は25kHz幅だったものを、半分の12.5kHz、あるいはさらに半分の6.25kHzに、ということですね。電波を有効活用するためです」(中岡氏)

しかし、帯域幅を狭くすれば音声の品質に影響が出るのは避けられないから、それをどう解決するか。他社は「そんなの現実的ではない」といっていたが、アイコムとケンウッドが組んで6.25kHz幅でも使える技術を開発した。ところが、違うアプローチをとった競合がいた。

「同じ帯域幅のままで利用できるユーザーを増やすのが目的なら、帯域幅を半分にする代わりに時分割にして、2人のユーザーの通信を交互に送り出しても同じ、というわけです。これを米連邦通信局(FCC)も認めまして。当社としては、『それは趣旨と違うよね』と今でも考えていますが、お客さんが認めてしまったものですから」(中岡氏)

これは意外と重要な話。狭帯域化の本来の目的は「同じ帯域幅で、収容できるユーザーを増やす」である。そこで、ユーザー数に合わせて帯域幅を狭める代わりに時分割にしてしまえ、という発想ができたのは、本来の目的を見失っていなかったからだ、とはいえまいか。頑張って6.25kHz幅でものにしたアイコムとしては、悔しいところであったにしても。