学研ホールディングス社長・宮原博昭の「地域によっては高齢者の数が減る。それでも収益の上がるビジネスモデルをつくっていかねばならない」

「教育の海外展開や介護福祉・保育施設にまつわる他社との協業など、国の根幹を支える事業を磨いていきたい」─。こう語るのは学研ホールディングス社長の宮原博昭氏。同社は絵本や図鑑、学習参考書・問題集、教科書などの出版物、学研教室や進学塾といった教育事業が有名だが、その一方でサービス付き高齢者向け住宅や認知症グループホームといった医療福祉事業の2本柱経営を展開している。社長就任から15年を経て、3本目の柱となる新たな事業の姿とは?

 どん底から16期連続の増収へ

 ─ 宮原さんが社長に就任して15年が経ちました。その間、業績は右肩上がりですね。

 宮原 お陰様で16期連続の増収を達成しました。利益ベースでは1期だけ減益となったことがありましたが、足元では2期連続の増益となりました。コロナ禍では利益は落としたものの、赤字にはなりませんでした。

 私が社長に就任した当初、赤字部門の売却などのハードランディングで改革を推し進めようと考えたのですが、それほど当時の会社の業績はどん底でした。

 しかし、ハードランディングで改革を行う体力すら残っていなかったのです。そこで戦略を切り替えて、まずはソフトランディングで内部の立て直しから改革に着手しました。

 もしこのときに周囲からの反感を受けながらハードランディングな改革を選んでいたら、社員がついて来ず、今のような会社の姿にはなっていなかったでしょう。

 ─ あえてソフトランディングの改革を始めたと。

 宮原 そうです。もちろん、ハードランディングな改革の方がその成果が3年で確実に見えてくるかもしれませんが、私はその選択肢を取りませんでした。その結果、ソフトランディングで人を大事にしながら長期間にわたって再生したのが今の業績に結びついたのだと思います。

 社長就任からの3年間は数字だけで見ると決して合格点ではなかったことは間違いありません。業績の立て直しは実現することができましたが、3年目には赤字スレスレの決算となりましたからね。

 その点では落第点だったと思いますが、足元に至るまでの長期的な業績で見れば、教育会社としての人を大事にする戦略を選んで良かったと思っています。

 ─ そんな中で2026年には創業80周年を迎えます。

 宮原 はい。創業期から右肩上がりで成長してきていたものの、2010年までの約20年間は業績の悪化でダウンサイジングを続けていました。しかしそこから、また再び業績を右肩上がりの基調に戻してきています。この流れを今後も持続させていかなければなりません。

 ─ 宮原さんが入社したのは1986年です。当時はダウンサイジングの時期ですね。

 宮原 そうです。業績のピークも過ぎていたときです。

 

 防衛大から教育の会社へ

 ─ あえて教育産業に飛び込もうと思った理由とは?

 宮原 私は防衛大学校の卒業生なのですが、国の根幹をなすものは「安全保障」「医療」「教育」だと思っており、そのいずれかの職業に就きたいと思っていました。国土、国民のためになるような仕事をしたいという思いは持っていましたね。

 残念ながら自衛隊員になる道は諦めることになりましたが、その次に医療の道に進むという選択肢もあったかもしれません。そんな中でも、国防の仕事に就けなかった分、日本の教育を支える仕事をしたい、教育の会社で働きたいと思ったのです。

 ─ 宮原さんの国を思う気持ちというのは、いつから芽生えてきたのですか。

 宮原 防衛大学校に入学する前から公に尽くしたいという気持ちは強く持っていました。それは幼少期からあったように思います。小さい頃から毎週日曜日になると母親に連れられてルーテル教会に礼拝に行っていましたからね。

 他にも(小学3年生から5年生を対象としたボーイスカウトの)カブスカウトにも通っていましたので、心の拠りどころや自立といった感覚は小さい頃から育まれてきました。

 ─ 事業でいけば、今では祖業の出版・コンテンツ事業を含めた教育分野と高齢者住宅などを中心とした医療福祉分野が売上高の半々を占め、2本柱経営になっていますね。

 宮原 はい。通常、会社をゼロから変えるとなれば、その選択肢は祖業を捨てて立て直すやり方と祖業を捨てずに立て直すやり方の2つしかありません。その中で私は後者の選択肢を最初から選んできました。新たな事業の柱になった医療福祉分野でも、クオリティはとても大事にするようにしていました。

 教育の会社が行う介護になるわけですから、やはり施設で働く従業員の教育もしっかりしていなければクオリティの高いサービスを提供することはできません。

 また、施設自体も高いクオリティを維持していかねばならない。そういったことを意識しながら、04年から介護・医療と連携して高齢者の安心を支えるサービスを提供するバリアフリー構造の住宅「サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)」という事業をスタートしています。

 今は介護業界で人材がなかなか確保できないと人手不足が叫ばれていますが、当社は幸いにして新規の開発をしても人手は現場の努力で集まっています。もちろん、決して人手が全てで足りているわけではありませんが、何とか人手の工面はできています。

 ─ 入居者はどうですか。

 宮原 今は順番待ちになっているほどです。新潟県内の施設に、ある出版社の専務がお母さんを入居させたいと思って申し込んだところ、20人待ちだと。ですから、まだまだ新規の棟数を増やしていかねばなりません。

 当社の施設はプレミアムクラスのものではありません。それでもサービスのクオリティが良いので地元でも評判なのです。

 ─ 拠点数はいくつですか。

 宮原 サ高住が219棟、認知症グループホームが335棟(共に25年12月時点)になり、拠点数は国内トップクラスになります。しかしながら、闇雲に増やせばいいというものではありません。

 少子高齢化とはいうものの、高齢者が増えているという地域は少なくなってきているのです。ですから、過疎化している地域には作れません。

デイサービス

デイサービスを併設し、保育園・学習塾・学童保育・コワーキングスペース・グループホームなどが1つの建物にある「ココファン吹田SST」(大阪府吹田市)

 地域によって高齢者は減る

 ─ 24年の高齢化率は3割近くになっているのにですか。

 宮原 全国平均で見れば高齢化率が高くなっているかもしれません。しかし、地方10県以上は高齢者の人数自体が減っています。そういった現実をしっかり見ていかないと間違います。ですから、全国各地で簡単にドミナント戦略は展開できないのです。

 ─ 市場をしっかり見定めないと間違えますね。

 宮原 ええ。例えば、定員が50~60人の高齢者施設は入居者が40人になれば採算が合わなくなります。しかも、仮に施設を閉鎖するようなことになれば、それに伴う資金も自分たちで工面しなければなりません。

 一方で社会福祉法人などは税金を払う必要がなく、その分を資金として蓄えることができます。

 民間は法人税や固定資産税、消費税を払わなければならないのに、社会福祉法人などは払わなくて良いというわけです。同じ条件にして欲しいとは言いませんが、せめて株式会社で高齢者施設を運営している企業に対しては、資金の積み立ての免税などについても考えて欲しいところですね。

 実際、大手企業の傘下にある施設でないと、生き残ることができなくなっているのです。

 常時介護を必要とし、在宅での生活が困難な高齢者に対しても生活全般の介護を提供する「特別養護老人ホーム」や要介護状態の高齢者が在宅生活への復帰を目指す「介護老人保健施設」が今でも順番待ちですが、新規の施設数は増えていません。

 ─ 高齢者数が減ることを見据えているわけですね。

 宮原 そういうことです。今は大丈夫でも、40年を超えた頃に高齢者が減っていけば事業として耐えられなくなるということが分かっているからです。

 ─ そうすると、新たな3本目の収益源をどう確保していくかが課題になりますね。

 宮原 はい。ただ、まずは高齢者施設の入居率が40~50%になっても、きちんと利益が出る有料老人ホームは展開していきたいと思っています。おそらくそのときに考えるのは高価格帯でのサービス提供になると思います。安心・安全な標準値での仕様となっている施設ですね。

 しかしながら、サ高住のようなボリュームゾーンも展開していきます。高価格帯層だけやるというのは、当社のスタイルには合いません。

 ─ 日本生命保険との資本業務提携もこの一環ですか。

 宮原 大きく言えばそうです。日生さんも傘下に老人ホームや保育施設を運営するニチイ学館があります。同社と一緒になってオムツなどの消耗品や日用品などを共同で調達したり、お互いの事業ノウハウやネットワークを掛け合わせることができます。これは日生さんだけに限りません。

 他の保険会社さんと連携する可能性もありますし、高齢者施設や保育施設を運営する企業さんと連携する可能性もあります。当社は〝全方位外交〟で仲間を増やしていく考えです。

 先ほど申し上げたように、民間企業では税金などの制度面で不利な部分があるわけですから、せめて調達は会社の垣根を超えて共同で取り組んでいきたいですし、薬なども可能な限りボリュームを確保して調達力を高めていきたいですね。

 法人税や固定資産税に代わる原資をプールする仕組みを整えておかなければ、高齢者が減ってくる時代には耐えられなくなってしまいます。それに備えて今から準備をしようというのが狙いの1つです。

 教育・出版の海外展開へ

 ─ 一方で海外展開も成長戦略の1つに据えていますね。

 宮原 はい。例えば教育の分野では25年8月にイラク開発基金と公教育の近代化を目的とした協力覚書を締結しました。

 同国の教育省と連携してイラク開発基金が設立する公立学校で、当社がこれまで培ってきた教育ノウハウを活かしたSTEAM教育(科学、技術、工学、芸術、数学の5分野を横断的に学ぶ教育アプローチ)プログラムの開発や教員育成に取り組みます。

 当社には世界150カ国以上の開発途上国で農業や水産、教育、復興支援などの専門家が現地でODA(政府開発援助)プロジェクトを実施するアイ・シー・ネットというグループ会社があります。

 同社には各国の専門的な知識を持った人や特定の国・地域に精通している人、多様な経験やスキルをもった人がおり、現地に根付いた事業展開をしています。

 ─ 自力での海外展開は考えなかったのですか。

 宮原 5年ほど前までは自社でオーガニックに成長させようと思って取り組んでいたのですが、なかなか難しいということが分かってきました。当社がゼロから海外を攻めていくには少し厳しいということで断念したのです。

 その代わり、海外進出に強い企業をM&Aしようということで、ODAでベスト3に入るアイ・シー・ネットにグループインしてもらいました。

 ただ、教育での海外展開はアジアが中心になります。機関投資家からは「なぜ欧米に進出しないのですか?」と聞かれることもありますが、日本とアジアのカリキュラムは近いのです。文化も近いですからね。まずはカリキュラムの近いところから攻めていこうと。将来は欧米への進出も視野に入れています。

 グローバルで活躍する出版社には英ピアソンやオランダのエルゼビアなどがあります。出版業でも世界中で読んでもらえるような出版物や書籍を出せるかもしれません。

 また、ピアソンは学習に関する調査やアセスメントを請け負ったりしています。こうした仕事が当社でもできればと考えています。その意味では、欧米の出版社のM&Aも視野に入れています。

学研HDが神戸大学と協業 学生と高齢者、研究室の共生施設建設へ