
第2期トランプ政権の始動後、市場は米国の覇権や通貨覇権の永続に疑念を持ち始めている。金価格の高騰もそうした背景がある。円安傾向が続いているため日本からは見えづらいが、ドルはユーロなどに対して低下傾向にある。
日米同盟の影響もあって、日本では米国の通貨覇権の継続に疑いを持たない人が多く、今も米国一極集中投資が続く。戦後、ポンドからドルへの基軸通貨の移行期に何が起こったのか、振り返る必要があるだろう。
当時、最もダメージを被ったのは、当然にして英国だ。戦前、皆が基軸通貨として、ポンド通貨やポンド国債を喜んで保有していたのが、そうではなくなった。戦後のドルを基軸通貨とするブレトンウッズ体制の下で、1947年や1967年のポンドの大幅切り下げによって、英国民の購買力は著しく低下した。
次にダメージを被ったのは、インドやオーストラリア、アルゼンチン、ニュージーランド、中東など英連邦や植民地・保護領だ。英国は、第二次大戦を遂行するため、英連邦の国々からの対外借入が大きく膨らんでいた。ポンドを資産として大量に積み上げたこれらの国は、ポンドからドルに基軸通貨が移行する過程で、大きな損失を被ったのだ。
大戦直後、英国は、通貨覇権の急激な崩壊を制御するため、英連邦諸国のドルや金をロンドンで一元管理した。英連邦の国々は、為替レートをポンドに固定し、保有ポンドをドル転換しないことを強要された。対外資産は英中央銀行に預け、ドル支払いは凍結・分割払で、英国財務相の許可制とされた。英連邦域内ではポンド決済は自由に行われたが、ドルでの対外取引を厳しく制限することで、英国はドル不足をしのぎ、ポンドは大戦後も英連邦圏の決済通貨として延命したのである。
英連邦の国々が保有するポンドは、英国債で運用されていた。大戦で公的債務残高が大きく膨らんだ英国からすれば、通貨防衛という観点だけでなく、公的債務管理の観点からも、英連邦各国のポンド保有継続は不可欠だった。一気に調整が進めば、英国の経済と物価は相当に不安定化する。ポンド資産を大量保有する英連邦諸国も資産価値が一気に失われれば、大きなダメージを被る恐れがあった。ただ、いずれにしても時間稼ぎに過ぎなかった。
このメカニズムが終焉するのは、ブレトンウッズ体制の崩壊時だ。1971年のニクソン・ショックによって、ドルの金兌換が停止され、その後、固定相場制が崩壊した。
大戦後、アルゼンチンやインドなど英国に強くドル支払いを求め、早い段階からドルの分割払いを得た国もある。ニュージーランドなど、目先の不都合を感じず、制度的な惰性の中で、ポンド保有を維持した国もある。そうした国は最後に大きな損失を被った。
官も民も米国一極集中投資を続ける日本には、大きな教訓となるだろう。