「ワークプレイスとワークスタイルの共進化をデザインすることが重要である」と話すのは、東京科学大学 工学院経営工学系 教授の妹尾大氏だ。11月5日に開催された「TECH+セミナー ワークプレイス改革 2025 Nov. つながりを生む、ワークプレイスの最適解」に同氏が登壇。個と個のつながりによる組織資本、共進化とは何か、そして共進化をデザインするための3つの概念という3つのポイントから、ワークプレイスとワークスタイルの共進化について解説した。
個人のマニュアルワークから組織のナレッジワークへ
講演冒頭で妹尾氏は、日本の大企業におけるワークプレイスの考え方の変遷について説明した。1980年代は業務効率化や快適性の向上を狙い、劣悪なオフィス環境を改善することが目標だった。90年代には1人1台のパソコンを持つようになり、情報共有や組織のフラット化によるチームワークが重視された。2000年代にはクリエイティブ、コラボレーションをキーワードに、創造性やコミュニケーションを重視。2010年代に入ると働き方の多様化が注目され、ABW(Activity Based Working)も取り入れられた。そして2020年代はハイブリッドな働き方が普及、ウェルビーイングが注目されるようになる。
この流れは、個人によるマニュアルワークの遂行から組織によるナレッジワークの遂行への変遷と言える。分業によるマニュアルワークが主体の時代は個人に着目していたが、クリエイティブな業務が重要になると、個人同士が組織として協力しながらやるべきことを決めるナレッジワークが重視されるようになったのだ。
ではそもそも組織とは何か。経営学者のチェスター・バーナード氏は、「組織とは意識的に調整された2人またはそれ以上の人々の活動や諸力のシステムである」と定義し、組織の成立条件として組織に貢献しようという協働意志、共通の目的、そしてコミュニケーションの3つを挙げている。つまり組織を構成するのは人間だが、人間がつながることで初めて組織になるということだ。
「バラバラな個人につながりができる、これこそが組織だということです」(妹尾氏)
個と個のつながりを意識して組織資本を高める
組織が注目されるようになったのには2つの理由がある。1つは企業のイノベーションだ。イノベーションのためには、それまで結合していなかったものが新たに結合し、経済活動における飛躍的な新方式を導入する必要がある。もう1つは従業員のウェルビーイングに目が向けられるようになり、身体的、精神的、社会的に良好な状態で働くことが重要になってきたことだ。
ここで妹尾氏が注目すべきだとしたのが「組織資本」だ。知的資本は、人的資本、組織資本、関係資本の3つを合わせたものであり、人的資本は個人に帰属するスキルや経験、組織資本は組織に帰属する制度や文化やシステム、関係資本はサプライヤーや顧客など外部とのかかわりを指す。このうち企業内部に関するものは人的資本と組織資本だ。人的資本は流動性が高く人の移動によって損失してしまうが、組織資本は残る。また人的資本は教育や研修により、組織資本は組織設計や共有知作成により形成されるという違いがある。
「人的資本と組織資本は混同されやすい概念ですが、区別することでより効果的な手を打つことができるようになります」(妹尾氏)
同氏は経営資源について、保有量増減の難易、かたちの有無、単体かメタ資源か、汎用資源か固有資源かという4軸で分類している。この分類に沿って人と組織について考えると、例えば野球チームという組織なら、単体資源はホームランバッター、メタ資源は連鎖する打線だ。ホームランバッターだけを集めても勝てるとは限らないことを考えると、いかに色々な要素を統合していくかが組織の成功の要因になる。
「ワークプレイス、ワークスタイルというとどうしても個人を想定し、個人の立場から個人を支援することになりがちですが、個と個のつながりを意識することが重要です」(妹尾氏)
ワークプレイスとワークスタイルの共進化
妹尾氏は、「ワークプレイスとワークスタイルを共進化させることが大切」だと話す。同氏はあるときソフトウェア開発現場で、座席配置の違いによってプロジェクトの成果に違いが出ていたのを目の当たりにしたそうだ。デスクを向かい合わせてプロジェクトリーダーが窓を背にして座る、昔ながらの島型対向式のプロジェクトは成果があまり上がらず、メンバーが背中合わせに座るようなレイアウトのプロジェクトは成果を上げていたのだ。ソフトウェア開発においては、他のメンバーの画面が見えれば、今どんな状況であるかを把握することができ、プロジェクトがうまく進む。ワークプレイスが知識創造に影響を与えるという例だ。
一方、ワークスタイルは人それぞれで、一人で集中するスタイルで効率が上がる人もいれば、周りを使いながらアジャイルに進めることで成果を上げる人もいる。つまり組織成果を向上させるには、空間だけ整えるのではなく、ワークプレイスとワークスタイルを一緒に考え共に進化させること、すなわちオフィスづくりのプロセスが重要になるのだ。
同氏が携わって共進化を実現した事例もある。SNSなどがまだ普及していない時期に、ある企業で個人の趣味や業務の情報を紹介する個人ホームページを作成した。これによってメンバーがお互いのことをよく知るようになると、フリーアドレス空間がうまく使われるようになった。お互いを知ることで、今日は誰とどういうことをするか、誰に何を聞くかを事前に考えるようになり、その結果ワークスタイルが自律的で主体性を持つようになる。すると交流ゾーンの使われ方が変化し、偶然通りかかった人との即興的な知識創造も可能になったという。
「これがワークプレイスとワークスタイルの共進化の典型例です。お互いに影響を与え合って共に進化することが大事なのです」(妹尾氏)
共進化をデザインするための3つの概念
共進化をデザインするために役立つものとして、妹尾氏は3つの概念を紹介した。
1つ目は、経営学者の野中郁次郎氏が提唱した組織的知識創造だ。これは暗黙知と形式知が相互変換していくプロセスを重要視するものである。暗黙知を経験により共有し、その思いを言葉に変え、言葉をかたちにし、かたちを経験にするという「SECIモデル」のプロセスは、まさに共進化を表すものと言える。日本企業が世界に先駆けて新製品を開発したり、イノベーションを起こしたりすることができたのは、この組織的知識創造があったからだと妹尾氏は説明した。
2つ目は認知的な多様性だ。働き方の多様化に伴って2010年代に注目されたダイバーシティだが、これには社会的公正の視点から人種や性差などの多様性を認めて積極的格差是正措置を図ろうというだけでなく、人的資源管理の視点から多様性を企業内革新に結び付けようとする考え方もある。多様な従業員を雇用することで、文化や価値観、専門分野の違いといった認知的な多様性を結合させる。それにより、製品やサービス、事業の売上を向上させることができるのだ。
3つ目は越境学習だ。これは、自らが属する部門や専門領域、職種などの境界を超えて相互作用することで、新たな知や能力を獲得することを指す。境界内部での「深化」ではなく、外部と交流することで「進化」することが重要なのだ。例えば20年以上前はセキュリティの観点からオフィスに部外者が入ることを避けるのが普通だったが、今では積極的に来客や見学者をオフィスに招き入れている企業も少なくない。部外者をオフィスに招き入れることで越境学習や新結合が促され、成果につながることが判明したためだ。
「ワークプレイスとワークスタイルの共進化をデザインするには、個人のつながりである組織資本をいかに高めていくかが重要です。そしてワークプレイスとワークスタイルは相互に影響しながら共進化するものと考えてデザインしてください。そのために役立つ概念が、組織的知識創造と認知的多様性、そして越境学習です」(妹尾氏)


