AIX partner 代表取締役で、マイナビ Executive AI Adviser、三井住友カード Head of AI Innovation、コクヨ Executive Adviser of AI strategy、カウネット 社外取締役を務める野口竜司氏は、AI技術が目まぐるしく進化している今の時代を「AIサバイバル時代」だと表現する。そしてこの時代を生き抜くには組織をAI駆動化することが必要であり、そのキーになるのが「AIヒト開発」と「AIモノ開発」だと話す。

10月15日~17日に開催された「TECH+セミナー AIビジネス実装Days 2025 Oct. AIをブームで終わらせず、継続的なパートナーにするために」に同氏が登壇。個人と組織それぞれがAI駆動化を進めるためにすべきことについて解説した。

AIサバイバル時代を生き抜くには

講演冒頭で野口氏は、このところ短期間で次々と新たなAI技術が発表されていることに触れ、「AIの止まらない進化に追い付けていますか?」と問いかけた。例えば「Vibeコーディング」と呼ばれるAIによるコーディングは初期に比べて驚くほど精度が向上し、インターフェイスも使いやすくなった。ペイメント系では、Googleはユーザーの意図を汲んでカートに入れ支払いまで行える「Agent Payments Protocol(AP2)」を、OpenAIはChatGPT内で購入ができるようにする「Buy」ボタン機能などを発表。AIによるパソコン操作の性能も向上しており、近いうちに人間による操作のパフォーマンスを超えるのではないかといわれるほどだ。

その中でも同氏が「AIサバイバル時代の大本命」として注目しているのが、AIエージェントが自律的に計画、実行、自己評価し、複数のエージェントが連携して総合的な実行まで行うという「Agent to Agent(A2A)」だ。例えば社長AIから指示を出せばそれがプロジェクトマネージャーAI、エンジニアAIと順に伝わり、エンジニアAIが自律的に作業を行い完了したら逆の順で報告が上がる、というように仕事がAIだけで完結する。このようなAIによる独立した組織運営は、OpenAIが発表している汎用人工知能(AGI)の実現に向けた5段階のロードマップで、レベル5とされる「Organizations」にあたるものである。

  • OpenAIが示す汎用人工知能実現に向けた5段階のロードマップ

    OpenAIが示す汎用人工知能実現に向けた5段階のロードマップ

「技術的にはAI Organizationsはもう可能になっています。だからこそ今、個人や組織の能力を再定義することが迫られているのです」(野口氏)

AIヒト開発で個人のAIアジリティ、生産性を向上

野口氏は、こうしたAIサバイバル時代を生き抜くために、「AIヒト開発とAIモノ開発をすべき」だと話す。まずAIヒト開発とは、AI時代にフィットし、AIサバイバル時代を生き抜く人材になるということだ。そのために必要なのは、「スポンジ脳」「PDDDDDDCA法」「AI可処分時間」そして「文系AI開発人材になること」の4つだという。

スポンジ脳とは、AIがまだそれほど使えなかった時代の意識を捨て、賢さではAIには敵わないと認識して、新たなものをスポンジのように吸収していこうという考えだ。ここ数カ月だけでも動画生成やAIコーディングのツールがどれだけ変化したかを考えれば、数カ月前の常識は捨てなければならない。

PDDDDDDCA法はPDCAのDOを増やすことを指し、いったん計画したらとにかく大量に生成、生産を実行するという考え方である。実際に同氏自身もディープリサーチの場合はGoogleやChatGPT、その他複数のツールを同時に使って探索をさせ、AIコーディングをする際はいくつもの作業を裏で走らせ、コーディング以外の作業も並行しているそうだ。自らがたくさんのDOを同時に走らせる司令塔になり、生産性を向上させることが重要なのだという。

AI可処分時間とは野口氏の造語で、AIに使える時間のことだ。同氏は「AIのハードルが高いと感じる人は、AIに時間を割いていない」と指摘し、AI可処分時間を増やせば誰でもAIを使いこなすことができると説明する。最初に先行投資としてAI可処分時間を確保すれば、PDDDDDDCAも可能になるため多様な生産ができ、結果的にその他の仕事に使える時間が増え、変化への対応も可能になるのだ。

さらに今は、専門知識を持つプログラマーでなく、文系人材であってもAI開発が可能になっている。自分の分野の専門知識や業務で培った知見をAIコーディングに組み合わせれば、「以前は30人規模のスタートアップ企業がつくっていたレベルのアプリケーションやAIエージェントをつくることが可能」だと野口氏は言う。これが文系AI開発人材になるということだ。

「この4つを実行すれば、AI対応のアジリティ、個人の生産性が向上します。これがAI時代のサバイバル力になります」(野口氏)

組織では各階層でAI駆動化を進める

一方、企業については、新入社員から管理職、代表までの各階層でAI駆動化を進め、管理職や経営層も含めた全階層でAI活用を日常的なものにする必要がある。生成AIやエージェントの育成のためにプロンプトをチューニングして業務にフィットさせる、業務の知見をエージェントに渡して現場にフィットさせる、結果をフィードバックして強化学習サイクルをつくるといったことのほか、各階層でAI駆動人材のレベルを上げ、AIを浸透させるリーダーやエージェントの構築や管理ができる人材を配置できるようにすることも必要だ。

そのためにはもちろん育成プログラムが必要だが、その際に野口氏が推奨するのはAI駆動人材レベルを自己評価するアセスメントの実施だ。研修前と研修後の自己評価の差を見ることで、研修がより効果的になるという。

また、全社研修のほか各階層向けの研修も必要で、とくに管理職向けの研修や、経営層への個別コーチングについては「投資判断や中期経営計画にAIをどう織り込んでいくか、その肌感を持つことが重要」だと強調した。

さらに担当する部署についても考慮すべきである。社長やボードメンバー向けの個別コーチングといった経営系は経営企画、全体や各階層向けは人事が担当し、AIエージェントの専門家育成などはCoE組織が主導するのが望ましい。

  • 育成プログラムの例

    育成プログラムの例

「どこかの部署が全てを担当するのではなく、分担しながら全方位的に各階層をどんどんAI駆動人材化していく、こういったヒト開発を組織としてやっていいただきたいのです」(野口氏)

AIモノ開発ではAIエージェントを量産する

もう1つのAIモノ開発については、「とにかくAIエージェントを量産することが重要」だと野口氏は話す。汎用の生成AIを全社員が使える環境を整えるのが従来の横戦略、利用者は少なくても業務に特化させて課題解決量を高くした少数の厳選アプリを立ち上げるのが縦戦略だとすれば、同氏が提唱するのは「斜め戦略」だ。これは縦横の両方向で開発を進めようというもので、全社員が利用する前提かつカスタム性の高いAIエージェントを大量につくって日常で使うことを目指す。

  • 斜め戦略のイメージ図

    斜め戦略のイメージ図

その基盤を整備するためのツールとしては、「OpenAI Agent Builder」、Googleの「Workflow」や「Agentspace」など、すでに多様なAIエージェント構築環境がある。大別するとワークフローを組んで自律的に計画させるワークフロー型と、AIコーディングでエージェント機能付きのアプリをつくるAIコーディング型の2種類があり、いずれかを使いこなす基盤を整えることがキーになってきている。同氏も実際にAIコーディングを直接行ってAIエージェントを量産しているそうだ。

講演ではGoogleの「AI Studio Build」によるAIコーディングが実演された。企業ロゴをベースにしたブランディングイメージ案、15秒のシナリオ案、さらにそれを基にした動画をつくるアプリケーションを作成するというプロンプトを入力するだけで、ロゴの分析、計画の立案、画像や動画の作成まで、エージェントが短時間でこなすことを実証してみせた。野口氏はその他にも、ディープリサーチのアプリもAIコーディングで自作しているそうで、「今はとてもカジュアルにつくれる」と、その手軽さを強調した。

「AIエージェントの量産はすぐに当たり前のことになり、そうなるといろいろなことができるようになります。それがAIサバイバル時代において、組織がAI駆動になっていくということです。ヒトとモノの開発を両軸で進めながら、AIサバイバル時代を生き抜くAI駆動組織をつくっていただきたいと思います」(野口氏)