サイボウズが7月1日に大阪のZeppなんばで開催した「kintone hive 2025」は、他の都市同様にkintoneユーザーが活用からの学びを共有する場となった。トップバッターとして登壇したのはエースコックでマーケティング部に所属する佐藤芳典氏。kintoneといえばアプリ、だが佐藤氏は多くの企業が見落としがちな「運用フォロー」の重要性について話した。
年間200商品を管理する複雑業務をkintoneで効率化
大阪府吹田市に本社を構えるエースコックは、創業約70年のカップラーメンメーカーだ。同社がkintoneを導入したきっかけは、グループウェアのリプレースだった。「どうせやるなら、アプリも作ってみたい」という要望を叶えるツールとして、kintoneが選ばれた。
同社の商品開発業務は極めて複雑だ。主力商品の「わかめラーメン」を例に取ると、300項目以上の情報が必要で、商品完成までの各ステップで書類作成が発生する。これが年間200商品という規模で展開されるため、極めて高度なマルチタスク業務となっていた。
そこで、kintoneを導入して大幅な業務効率化を実現した。会議ごとに異なる10種類以上の帳票作成がボタン1つで出力可能になり、JANコードなどの重要なコード管理業務は従来の2人体制を廃止できた。手入力作業を選択入力に変更し、選択ミス以外のエラーをほぼゼロにした。
成功体験が生んだ新たな課題「個性的なアプリの増殖」
ところが、成功体験により社内でアプリ作成が活発化した結果、多様で個性的なアプリが増殖してしまった。これが新たな課題を生み出した。多様化したアプリへの問い合わせが佐藤氏一人に集中するようになったのだ。商品情報を作るスタッフはマーケティング部に約80人。全員に対して3ステップに分けて説明会を実施したが、稼働後の運用体制を設けなかったためだ。
80人の特性は、業務が複雑でハンコ文化、確認・例外処理が多く、メール文化でデジタルツールが苦手な層だった。マニュアル作成・読解も不得意で、困ったときは人に聞いて解決する文化が根強い。佐藤氏は会場に向かって、「こうした状況はエースコック特有のものではなく、多くの会社で同様の課題があるはず」と話した。
ちょうどタイミングよく、佐藤氏に第三子誕生というイベントが迫っていた。「育休が取れなかったら三児の育児をすべて妻に押し付け、ワンオペさせなければいけない。家庭に居場所がなくなるし、運用フォローができないと会社にも居場所がなくなる。“佐藤の居場所の危機”だった」と当時を振り返る佐藤氏。緊急課題として運用体制の構築に取り組んだ。
掲げた理想は「問い合わせが発生しない状態」だった。誰もが疑問なく業務遂行でき、疑問が生じてもすぐに自己解決できる、新入社員でも困らない運用環境を目指した。
病院システムを参考に開発した2つのアプリで課題を解決
自己解決できる運用をどうやって実現するか――佐藤氏は解決策として、「ナレッジアプリ」「サポートNavi」と2つのアプリを開発した。
1つ目の「ナレッジアプリ」は、kintoneを含む全業務知識にアクセスできる情報窓口として機能し、「困ったらここ」というワンストップサービスを提供する。対象者別のアクセス権設定により、部署固有ルールやマニュアルを部署限定で公開できる仕組みとした。
ただし、アプリを作っただけでは誰も見てくれない。そこで佐藤氏は「広報活動」を展開した。上役のメールの告知をナレッジに転記してメールで通知し、同僚からの質問には直接答えずナレッジリンクで回答するなどして浸透を図った。結果として「ナレッジに載せる」という文化が醸成されていった。
2つ目の「サポートNavi」は、病気の時にかかる病院の受付・紹介制度をモデルにしたエスカレーション式の問い合わせ受付アプリだ。まず「ドラッグストア段階」でセルフメディケーション(=ナレッジ活用)を試み、それでも解決しなければ「クリニック段階」でサポートNaviの運用担当者が初期対応、さらに困難な案件は「総合病院段階」で佐藤氏が対応する仕組みだ。これにより問い合わせの分散化、対応履歴の蓄積による属人化解消を実現した。
効率化だけでは不十分、感情面へのケアが必要
完璧な解決策にみえた「ナレッジアプリ」と「サポートNavi」。しかし、3カ月の育休から復帰した佐藤氏は、違和感を覚えた。問い合わせは減少したが、同僚の元気がないのだ。
そこでアンケート調査を行った。効果があったという実感を60%得たものの、大量のフリーアンサーが寄せられた。その中から、変化への不安や恐れ、悲しみなどの感情面の課題が浮き彫りになった。
アンケートに加えて、佐藤氏は座談会を実施した。座談会はkintoneに限定せず、業務上の不安・不満を相談する場として、90分×8グループの少人数制で開いた。グループワークによる発話しやすい環境を作り、何より「江坂中のドーナツを買い占めて」楽しい雰囲気作りに努めたという。
その結果、kintone以外も含む100以上の要望を収集し、変化への抵抗感を緩和することができた。興味深いことに、kintoneへの不満は全体の約3割程度であることも判明した。
佐藤氏は、「ナレッジアプリ」と「サポートNavi」を第1ステップ、第2ステップと位置付け、座談会を追加の第3ステップと位置付けている。
佐藤氏は最後に「アプリを作ること以上に運用フォローが重要」と強調した。そして運用フォローには「仕組み」と「思いやり」の両輪が必要だと説いた。その上で、具体的なアクションとして3つを提案した。
1つ目は仕組みづくり。エースコックでは「ナレッジアプリ」と「サポートNavi」にあたる部分で、特定の人への集中を避ける分散型サポート体制の構築だ。
2つ目はチェック。「会話の中で導入効果の実感を得ているかもしれないが、アンケート調査をすると違って見えるかもしれない」と佐藤氏。
3つ目は思いやりだ。「DXでは、相談できる環境の提供が重要」とアドバイスした。
アプリケーションの導入というと、とかく開発に目が行きがちだが、作ったアプリケーションを効果的に活用することが重要だ。そして、運用は人が関わる作業であり、一筋縄ではいかないもの。エースコックの事例から学ぶことは多いのではないだろうか。


