8月5日に開催されたオンラインイベント「TECH+セミナー Marketing Day 2025 Aug. シン・ブランド戦略」に、ヤッホーブルーイング マーケティング部門 統括ディレクター 仮屋光馬氏が登壇。同社が19年連続増収を実現し、クラフトビール業界で国内トップシェアを誇る背景には、独特なブランド開発手法とコミュニケーション戦略、組織づくりがあった。
小さなプレイヤーが生み出す大きなインパクト
ヤッホーブルーイングは1996年、長野県軽井沢町で設立したクラフトビール専門メーカーである。創業者は星野リゾート 代表の星野佳路氏で、米国で飲んだ香り高い個性的なエールビールを日本に広めたいという思いから始まった。
現在、日本には900社以上のクラフトブルワリーが存在するが、クラフトビール市場全体はビール類市場のわずか1~2%という規模だ。仮屋氏は「クラフトビールメーカー900社を全て合わせた量よりも、オリオンビール1社の方が大きいという市場構造で、私たちも非常に小さなプレイヤー」と市場の現状を説明する。
しかし、同社は「ビールに味を! 人生に幸せを!」というミッションの下、自らの事業を「ビールを中心としたエンターテイメント事業」と位置付け、20年間で売上約20倍、19年連続増収を達成している。
その成長の源泉となっているのが、今回のテーマでもある独自のブランド開発、ファンとのコミュニケーション、そしてそれを支える組織づくりの3つの要素だ。
「100人に1人に狭く深く刺さる」ブランド開発
同社の製品開発の核となるのが「100人に1人に狭く深く刺さるブランドを開発する」という方針である。仮屋氏は「これは100人に1人にしか刺さらない製品をつくりたいというニッチ志向の方針ではない。100人に1人という非常に具体的な方に深く刺さることで、その方の周辺にいる20人、30人という方に広く届くような製品になっていく」と説明する。
この方針を具体化した代表例が「水曜日のネコ」の開発プロセスだ。当時、同社の製品ラインナップは「よなよなエール」「インドの青鬼」等の4つのみで、いずれも男性的で味の濃い製品だった。
新製品開発にあたり、同社は極めて具体的なペルソナを設定した。「30歳前後の女性」「職場ではバリバリ責任のある仕事をこなしている」「独身、もしくは既婚でも子どもはいない」という一般的な設定から、さらに「住まいは東横線・日比谷線沿線、駅でいうと中目黒・自由が丘」「ビールを含むお酒が大好きで、ファッションにも持ち物にもこだわりがある」「職場では頑張っていても、家に帰ったらお酒を飲んで素に戻る習慣がある」まで詳細に描き出した。
「もはやこの人は世の中に何人いるんだ、というレベルにまで具体化します。しかし、こうやってペルソナを解像度高く描くことによって、届けるべき価値が非常に具体的になるのです」(仮屋氏)
このペルソナから導き出された製品コンセプトは、「当時一世を風靡したシャンプー『TSUBAKI』のCMに出ているような女性が、仕事終わりに素に戻ってリセットする」という情緒的な価値を提供するものだった。ネーミングも、「週の真ん中」というシチュエーションと、「ひとりでゆっくり気ままに飲んでいただく」イメージとしての猫を組み合わせ、「水曜日のネコ」に決定。デザインも、設定したペルソナに近い層へのインタビューを重ね、平均点が高いものではなく、特定の層から「超高評価」を得たものを採用した。賛否両論を生むほどの個性が、結果的に熱狂的な支持につながるという考え方だ。
この一連のプロセスは、味や機能といったスペック起点ではなく、あくまでたった1人の顧客のインサイトを深く掘り下げ、情緒的な価値を設計することから始まっている。この「100人に1人」戦略こそが、ヤッホーブルーイングの独自性の源泉なのだ。
なお、この手法により、近年も「正気のサタン」やセブン-イレブン・ジャパンとの共同開発による「有頂天エイリアンズ」など、個性的な製品を次々と生み出している。
距離の近いコミュニケーションでファンとの「絆」を深める
ブランド開発と同様に重要なのが、ファンとのコミュニケーションである。同社では、製品への好意をきっかけに、最終的には企業そのものへのロイヤリティを高めてもらうプロセスを重視している。
「製品を好きになっていただく『製品ロイヤリティ』から、私たちが何を目指しているのかというミッションに共感していただく『企業ロイヤリティ』へと移行していただくことが重要です。個性的なブランドがファンになる『きっかけ』だとすると、ミッションへの共感はロイヤリティ向上の『理由』になります」(仮屋氏)
その実践の場が、15年近く前から続けているファンとの距離が近いイベントだ。最初は少数のファンとの飲み会からスタートし、北軽井沢のキャンプ場での「よなよなエールの超宴(ちょううたげ)」、そしてお台場での5000人規模のイベントにまで発展させてきた。
特筆すべきは、これらのイベント運営に全社員が参加できる仕組みを構築していることだ。企画の専任部署はあるものの、イベント運営自体には全ての社員のなかから手を挙げた人が挙手制で参加できる。生産管理、経理、量販営業など、さまざまな部署のスタッフがファンとのコミュニケーションの場に参加している。
「お客さまの満足度が高まるのはもちろんのこと、スタッフ自身もお客さまが喜ぶ姿を直接見ることで、日々の仕事へのモチベーションを高め、活力を得られる」(仮屋氏)というメリットがある。同社では「作っている自分たちが楽しまないと、お客さまを楽しませられない」というポリシーを掲げ、全力で一緒に楽しむことでそれを実践しているという。
「フラット」と「知的な変わり者」 - 組織文化が支えるブランド戦略
こうしたブランディングとコミュニケーションを支えているのが、同社独特の組織文化「ガッホー文化(頑張れ! ヤッホー文化)」である。その核となるのが「フラット」と「知的な変わり者」という2つの概念だ。
「フラット」とは、組織の階層が少ないという構造的な側面だけでなく、関係性として心理的安全性が高い状態を指す。これを実現するため、社内でのニックネーム制や、毎日30分の業務時間内雑談時間など、ユニークな取り組みを行っている。
そして、その「フラット」な土台の上で推奨されているのが、「知的な変わり者」になることだ。
「『知的』と『変わり者』という2つの言葉の掛け合わせです。ただ知識が豊かなだけでなく、それを突き詰めて型破りかつ異端児と呼ばれるまでになった人。本人の強みを努力して伸ばした結果、型破りな存在になった人。さかなクンのような方をイメージしていただけるとわかりやすいかもしれません」(仮屋氏)
好きなことを極め、個性を強みとして発揮できる環境。社員一人ひとりが「知的な変わり者」を目指せる文化が、世間をあっと言わせるようなユニークな製品や企画を生み出す原動力となっている。
「ブランド」「コミュニケーション」「組織文化」の3つが分かちがたく連携し、整合性が取れていること。それこそが、ヤッホーブルーイングが熱量の高いファンを生み出し、成長を続ける最大の理由であろう。



