
学生時代に起業 仕事にのめり込む
─ 大池さんはAIのセールス&マーケティングを手掛けるAI Swordでの仕事を手掛けているわけですが、これまでの歩みを聞かせて下さい。
大池 大学在学中の23歳の時に学生起業したのが最初です。当時はサイバーエージェントでインターンをしていて、就職しようか、起業しようか迷う中で、勢いでスタートしました。
起業が目的でしたから、どんな事業をやるかも決めずに会社を登記しました。ですから、仕事は本当に何でもやっていましたね。学生でしたから、同じ学生を集めて就活イベントを開催したり、イベントスペースのような会場を借りてバーベキュー場を運営したりしていました。
─ 起業して、最初の手応えはどうでしたか。
大池 本当に勢いだけで起業しましたから、最初は大志もありませんでしたし、駄目だったなと振り返って思います。ただ、ふんわりとですが「大きな事をしたい」という思いは持っていました。
学生時代には、当時最も大きなサークルの代表を務めており、そのメンバーと一緒に会社を立ち上げたこともあって、いろいろな意味でサークル的なノリでしたから覚悟もなく、そこもよくなかったなという反省があります。
─ 大学は法政大学経営学部でしたね。
大池 そうです。しかし、起業してしまったので通うモチベーションを失って、最終的には中退しました。一浪して入学したのですが、仕事が忙しくなって2年ほど休学し、26歳の時に退学届を出したんです。
─ 仕事にのめり込んでいったわけですね。
大池 営業とマーケティングに強みを持つ会社として事業を展開してきました。実績としては、私が25歳の時に、当時とあるテーマパークを企画したことが挙げられます。1カ月で3万人を集客しました。
他にも「食べられないアイスの国」というコンセプトでイベントを企画して、3日間で1万人を集客したこともあります。全ての企画を自分で考え、自分でマーケティングしました。テーマパークの時は、日本の全ての大手テレビ局が取材に来たことに加え、海外からもアメリカや中国、台湾の著名テレビ局も取材に来ました。
─ そうした経験で営業、マーケティングの力を培ってきたわけですね。
大池 ええ。我流ではありますが、自分が営業、マーケティングに強みがあるなという自信を持つことができました。人に会うのが好きですし、ミーハーなので業界問わずにいろいろな人に突撃して、お会いするようにしてきました。
─ 企画力はどういうところから湧いてくるんですか。
大池 今お話した、私自身の「ミーハー力」ではないかと思っています。例えば、SNSのインスタグラムで写真映えを意識する「インスタ映え」という流行があります。特に女性は写真映えする料理などを提供するお店に行くわけですが、私も流行りものが気になって行ってしまうんです。人でも、有名な人、流行の人に会いたくなるのですが、それが企画に生きています。
AIの世界で営業、マーケティング力を生かす
─ そうした強みは、新たに立ち上げたAI Swordではどう生かしていきますか。
大池 AIを巡っては、企業も増えていますが、技術やサービスを強みにしている企業が多いのが現状です。そこで我々はあくまで独自のポジションで、「セールス&マーケティング」でナンバーワンの企業になることを目指しています。
まだ眠っている金の卵のような会社、プロダクトを見つけ出して、我々の営業力、マーケティング力を生かしてプロデュースし、ユーザーに適切なサービスを届けていきたいんです。
AIが発展しても、営業という職種はなくならないと言われています。それは、営業が「エモーショナル」な側面を持つからだと思います。そして、結局最後は「人」です。今後も営業を強みに活動をしていきたいと考えています。
─ 大池さんはどんな人から仕事のヒントを得ていますか。
大池 経営をしていると、様々な先輩経営者の方々と、仕事、プライベート問わずお会いする機会があります。それらの経験は私自身の資産として積み上がっていると感じます。
様々な人との出会いが自分のインスピレーションにつながり、仕事のヒントになります。おそらく私は、他の同世代の人たちよりも多様な体験をしているのではないかと思っています。それらの体験がマーケティングに還元されているんです。
─ 先人から学ぶ姿勢というのは非常に大事ですね。
大池 そう思います。先日も、ある世界的企業の副社長で、日本法人の社長を務めている方に、我々の取り組みを提案したのですが、即断即決で「いいですよ」と言って下さいました。その決断の迫力は未だに記憶に残っています。世界的企業の経営者がリスクを取ってくれたことは大変嬉しいですし、感動します。
─ 大池さんが将来、目標にしていることはありますか。
大池 私個人の夢として「都市」をつくっていきたいというものがあります。例えば日本のニセコや、世界だとドバイのようなイメージです。
先ほど、テーマパークを手掛けたという話をしましたが、その時には当時の自分のなけなしの全財産を掛けました。
いい反響も多くありましたが、粗があれば批判も受けます。頑張ったつもりでも当時は資金に限りがありましたし、運営の能力も低かった。何もかも足りないという意味で、その時点での自分の実力を知ったわけです。
その後の様々な経験を基に、改めてテーマパークを手掛けられるようになりたいと思っているんです。ただ、テーマパークだけで利益を上げるのは難しい。例えばニセコで言えば、外国人を魅了したゲレンデの雪質があり、そこに注目した外資系ホテルなどが参入してどんどん盛り上がっていきました。
テーマパークだけでなく、ホテルや飲食店など、魅力的なコンテンツが5個、10個揃えば相乗効果を発揮して、都市全体が盛り上がっていく。将来はそういうものを創っていけるようになりたいと思っています。
─ 日本全体の課題として地方創生があります。地域の掘り起こしには関心はありますか。
大池 興味はあります。自分が知らない世界を知ることができるという意味で旅行が好きで、個人的にもいろいろな場所を訪れることがあります。
先日もある温泉地に行きました。かつては賑わった場所ですが、今は活気を失っています。そうした地域も、きちんと企画、マーケティングの力でリブランディングすれば、もう一度蘇らせることができるのではないかと思うんです。今は手掛けていませんが、先々はそうした取り組みもできたらと考えています。
ただ、これは原体験ですが、アイスクリームのテーマパークの企画を手掛けた時、全国の商業施設から問い合わせをもらいました。その中から、ある地域の商業施設で実施することになったのですが、行ってみると、商業施設と私の間に、すでに地元の広告代理店など4社が介在していたんです。
─ なかなか自由にできない状態になっていたと。
大池 そうです。地方にはありがちですが、しがらみがあって、間に何人もよくわからない人が入ってくる。例えば広告にしても、私からすればSNSを活用すれば若者に見てもらえると考えるわけですが、地元の人たちは商業施設の中の看板やチラシを刷って、業者に利益を落としたいので、そこに1000万円かけるという話になる。
こうしたしがらみもあって、失敗した企画もありました。この経験から、自分自身がまず力を付けなければいけないということを痛感しました。会社として誰もが認める地位を築けば、資金、人材を獲得でき、スピード感を持つこともできます。
「AIのテーマパーク」で人、情報を集める
─ テーマパークは大池さんの中で大きなテーマですね。
大池 ええ。今の事業に関連して言うと、世界初の「AIのテーマパーク」を企画したいとも考えています。
当社はAIを学ぶコミュニティを運営しています。全国民がAIを学び、業務効率化、さらには年収アップにつながるスキルを身に付けていただきたいという思いで展開しています。
日本は米国や、海外の他国と比較しても圧倒的にAIの普及率が低いのが現状です。米国のテクノロジー企業が様々なツールを出しており、私もいくつか使っているのですが、使い方が難しいものが多いなと感じます。AIを仕事にしている私ですら、面倒だなと感じるほどです。
つまり、テクノロジー企業は機能や技術でアピールしており、確かに数%ほどの優秀層は使うわけですが、90%以上の一般の人たちはなかなか使わない。ただ、実際の普及は、その大多数の人たちが使うことです。
─ 一般層が使うにはハードルがあると。
大池 そうです。AIというワードは知っているけれども、難しいし、よくわからないという印象を持たれていて、普及していないんです。
そこで、まずはエンターテインメント要素で、楽しみながらAIに入ってもらうことが大事だと考えています。それが私がAIのテーマパークをつくろうと考えた理由です。
そこにご家族連れ、ご高齢者の方々にも来てもらい、AIのツールを楽しく体験してもらいます。そうして、実際に何かをつくることができれば、お子さんなども楽しいと思うんです。そうした体験を通じて、AIの便利さを実感することで、普段の生活が変わったり、業務が効率化されるというイメージが湧くと思います。それが結果として、我々のコミュニティに通ってもらうことにつながります。
こうした場の重要性を示す事例があります。IT黎明期の1994年から95年にかけて、当時ソフトバンクの孫正義さんは、約1000億円を投じて、米国のコンピューター展示会「コムデックス」と「インターロップ」を買収しました。展示会はユーザーのみならず、業界各社のトップが一堂に会する場であり、孫さんは、そこで得られる出会い、情報を重要視していたようです。
ですから、私が展開するAIのテーマパークも、ユーザーの体験と展示会のハイブリッドだと考えています。世界最先端のAIサービスを展示し、皆さんに触れてもらうと同時に、世界から業界のトップや、メディアが訪れる場所にしたいんです。 ビジネスとしても土日はテーマパークにして平日は企業の研修センターとして貸し出せばビジネスとしても成り立ちます。
努力をして得た対価が原体験となって…
─ ところで大池さんはどういう幼少期を過ごしましたか。
大池 幼稚園の時に「思春期早発症」という特殊な病気にかかりました。他の人より多く成長ホルモンが出て、成長しやすくなってしまうという症状です。手術が必要になり、幼稚園のうち半分くらいは入院していました。病院で注射されて手術してという記憶が強く残っています。
小学生になってからは普通に過ごすことができていたのですが、病気の経験のせいか、何となく同世代と話をしても価値観が合わないなと感じていました。
正直、高校時代は毎日遊んで職人など色々なアルバイトしながらいつも「今の環境を抜け出したい」と考えている学生でした。大学受験をモチーフにした漫画などを読んで、人生を変えたいとも思っていましたし、起業している人はいい大学に行くイメージがあったので、まずは大学で一から新しい人生を歩む事を願ってました。
ただ、最初は全く勉強をしていませんでしたからゼロの状態で、予備校の初級クラスにも付いていくことができませんでした。そこから1年間、必死で勉強して、法政大学に合格することができたんです。
それまでの自分は何をやっても中途半端でしたが、人生で初めて、死ぬ気で努力をして、そこで対価を得た時には、身震いするほど感動しました。これは私の原体験になっています。
それまで頑張るということができませんでしたが、退路を全て断ちました。初めて努力したことが結果として実ったことは今につながっています。