
主成分が寄生虫にも 効果発揮?
「胃腸薬『正露丸』は万能薬の可能性を秘めている。かつては学校の薬箱には必ず入っていた。正露丸などの家庭薬が広がり、セルフメディケーションが普及すれば、逼迫する日本の医療財政の削減にも貢献できる」─。こう語るのは「ラッパのマークの正露丸」のキャッチフレーズで知られる正露丸を手掛ける大幸薬品社長の柴田高氏だ。
正露丸と言えば、100年以上前から家庭で使用されている常備薬だ。国内止瀉薬(下痢止めの薬)の市場は120億円前後で推移しているが、その中で正露丸は半分近いシェアを占めている。
国内止瀉薬(下痢止めの薬)市場の半分近いシェアを占める正露丸
正露丸の生薬である主成分の「木クレオソート」は腸の正常な運動を止めることなく、腸内の水分バランスを調整し、お腹を正常な状態に戻す作用がある。中でも食あたりや消化不良といった食べ物・飲み物が原因で起こる軟便や下痢、ストレスや風邪などの原因で起こる軟便や下痢に効き目を発揮する。
そんな正露丸に新たな可能性が出てきている。木クレオソートが魚介類に寄生するアニサキスの運動を抑制する働きがあることを確認したからだ。同社は国立感染症研究所と共同研究で初の動物を用いた実験を実施。木クレオソートが食中毒の原因となる寄生虫・アニサキスの運動を抑制する効果があることをマウスによる実験で確認した。木クレオソートが寄生虫にも効果を発揮する可能性がある。
柴田氏は「木クレオソートによる(生体を傷つけない)非侵襲的なアニサキス症の予防や治療の可能性を広げ、魚の生食の安全・安心を提供する一助となる」と期待を込める。アニサキスによる症例のほとんどは日本で報告されてきたが、近年はポルトガルやスペイン、ノルウェーなどでも増えている。背景には生魚を食べる習慣が世界中で根付き始めていることがある。
感染研寄生動物部室長の下川周子氏によれば、過去5年間の統計において、アニサキスによる食中毒の件数は1位。2023年の1021件中、アニサキスは432件と4割超を占める。特に17年には著名人が相次いで感染したことで、アニサキスの知名度と認知が一気に向上した。
アニサキスによる被害は予断を許さない。「レセプト解析によると年間7000人以上」(同)と推計されており、「今後、海水温の上昇により海水生物の生態系が変化する可能性があり、様々な魚種が感染源となって感染者数が更に増加することが予想される」(同)からだ。
抜本的な対策が見つからない中で注目されたのが木クレオソートだった。両者は23年1月から共同研究を開始したが、国内で市販されているサケ類やサバ類、タラ類から生きたアニサキスを採取し、マウス18匹を対象に1匹当たり、2匹のアニサキスを6時間感染させた。
①投与なし②木クレオソート1ミリリットル当たり6.7ミリグラム③同0.67ミリグラムをそれぞれ投与し、2時間後にマウスからアニサキスを回収して分析。投与したアニサキスは暴露後5分で運動量はほぼゼロになった。回収したアニサキスの運動量を比べると、①の投与なしの虫体に比べて、②③の投与した虫体が有意に低下したことを確認した。
下川氏は「動物と人では薬剤に対する効果や影響が異なるため、このまま人にも効果があると結論づけるのは尚早だが、引き続き詳細な検証の継続が必要」と説明する。柴田氏も「アニサキス症のファーストエイドとして正露丸を使ってもらえるように、今後エビデンスを揃え、メカニズムを解明し、まずは治療ガイドラインへの記載を目指したい」と意気込む。
自らの原体験が 研究のきっかけ
実はこの研究のきっかけは柴田氏自身の原体験だった。「どんな薬を飲んでも効かない」─。中国出張の最中、現地で刺身を食べたところ突如、腹痛を引き起こした。急激な痛みに耐えられず、様々な薬を飲んでみても腹痛は収まらない。そこで正露丸を服用。すると「しばらくして痛みが和らいできた」と振り返る。
世界でもアニサキス症は課題となっており、「将来的に海外市場でも『医療医薬品』として展開できるよう目指す」と柴田氏。同社の24年12月期の連結決算では、売上高が約63億円で前期比2.8増、営業利益は約6.3億円と増益で黒字転換を達成している。主に正露丸を中心とする医薬品事業が増収しており、海外売上高も増加している。
先の参院選では国民医療費が焦点の1つとなった。医療費は高齢化などにより増加中で、23年度には47.3兆円と過去最高を更新。保険料負担の増加など、様々な政策が議論されているが、抜本的な対応策の1として挙げられるのが「自分自身の健康に責任を持ち、軽度な身体の不調は自分で手当てする」という考え方だ。国民一人ひとりに求められるこのセルフメディケーションの重要性が高まっている。
ある家庭薬メーカーの社長は「医療費を削減するためにも、処方箋が不要な市販薬などを使うという習慣を根付かせる必要がある」と強調する。軽度な症状に対しては、医療機関に行かずに自ら対処する。正露丸などの家庭薬は、この「自らの健康は自ら守る」という精神を下支えする存在になる可能性があるだけに、大幸薬品の次なる一手が試されることになる。
