サイボウズは5月27日、広島で「kintone hive 2025 hiroshima」を開催した。kintoneの活用アイディアや学びをユーザー同士で共有するイベントで、中国・四国地方から6社が登壇した。トップバッターとして登壇したのが地元・広島の平岡工業だ。kintoneは「ザ・昭和スタイル」だった同社をどのように変革したのか。

あのもみじ饅頭の金型を作る老舗企業

平岡工業は広島市を拠点に金型業を営む。自動車のドアのゴムシールパッキンから広島銘菓のもみじ饅頭の金型まで、さまざまなところに使われている。

創業は1937年、3代目として曽祖父が創業した同社を率いるのが平岡良介氏だ。実は平岡氏、CDを2枚リリースし、全国ツアーも経験したミュージシャンというユニークな経歴の持ち主でもある。プロとしての音楽活動は25歳で終了したものの、それまで平岡氏にとって平岡工業の仕事は「お金を稼ぐ手段」でしかなかった。そこに、転機が訪れた―2020年に発生したコロナ禍だ。

  • 平岡工業 代表取締役社長 平岡良介氏

平岡氏は「ものづくりで人の命を助ける」と決意し、緊急事態宣言が出て3カ月後の2020年7月にはフェイスシールド「HIRAX AIR」を開発。「HIRAX AIR」は国内の病院だけでなく、海を渡りパリ・コレクションでも採用された。さらには、フェイスシールドとして初めて、「グッドデザイン賞」を2021年に受賞している。

その後も、平岡工業はG7広島サミットの国名プレート、Beams Hiroshimaと共同開発したスマホスピーカーなど、多彩な製品を生み出している。

順風満帆に見えた平岡工業だが、大きな壁にぶつかる。「スーパー営業マン“K氏”の退職」だ。

手書き文化と努力と根性、「ザ・昭和スタイル」が通じない

平岡氏と共にステージに立った石井英一郎氏は、精密部品・加工調達センター(SCC)事業部の主任で、平岡工業には2020年に入社した。石井氏は、スーパー営業マンK氏の退職時の平岡工業を「書類は全て手書き。ザ・昭和スタイルだった」と振り返る。

  • 平岡工業 精密部品・加工調達センター(SCC)事業部 主任 石井英一郎氏

K氏の退職により、ノウハウの属人化が露呈する事件が起こった。ある顧客から寸法が違うというクレームが入ったのだ。K氏が1年前に発注をしていたもので、関連の書類が見つからず、品番などの情報がすぐに調べられない。4時間後にやっと書類を見つけたものの、工場は中国で春節に入っていた。日本企業にお願いして作り直すしかない手段はない。しかし、40万円の赤字を生むという結果になった。

「注文履歴を追えない、入荷時期もわからない、商品の原価もざっくり、値決めもざっくり、クレームが起こったときは担当者しかわからない」状況だった、と石井氏。

それを救ってくれたのが、kintoneだ。

“kintoneってなに?”からスタート

kintoneは、平岡氏が発見して石井氏に提案する形で平岡工業にやってきた。

2人はステージ上で当時のやり取りを次のように再現する。平岡氏が「おそらくだが、俺たちがやりたいことのほぼ全てができるんじゃないか」というと、「そんな夢みたいなものがありますか?」と石井氏は返した。そこで平岡氏は、kintoneの宣伝「50秒でわかる!業務アプリが作れるキントーン」示しながら、「ここに書いてある」と主張した。

半信半疑、だがやってみる価値はありそう――そんな状況で、kintoneの導入はスタートした。

それから1カ月も経たないうちに、受注、検査、発送、不具合報告など幅広い業務にkintoneを適用するようになっていった。

例えば、見積もり作成。それまではExcelと手書きで年間数万件を作成していた。kintoneにすることで受注すると受注データとして連携、人間によるエラーのリスクを削減し、コストも減らすことができた。

受注も同様だ。手書きからkintoneに変えることで二重入力の無駄をなくすことに成功した。入力項目の必須化などにより、漏れやミスを防ぐこともできたという。原価計算もkintoneで行うようにすることで、案件ごとの原価進捗を購買部門が与実管理できるようになった。

もちろんその影では努力もあった。知識のない状態でスタートした石井氏は、サイボウズのデベロッパーネットワークやkintoneのヘルプを活用して疑問を解決していったという。

真のDXとは、作業効率アップや属人化解消だけではない

平岡工業はkintone導入を機に、アナログ派でデジタル化に後ろ向きだった社員たちを巻き込むことに成功した。

「アナログだった社員がkintoneアプリを作成するようになり、それがきっかけで会社のスマートフォンも使えるようになった。社内で過半数を占めていたDX反対派の職人たちが賛成派に変わり始めた」と石井氏は語った。

アナログ派が多い製造業でkintoneの受け入れがうまくいったポイントについて、平岡氏は次のように述べた。

「kintoneは本人たちが楽になる。アナログのほうが早いという意見も根強かったが、(kintoneは)ボタン1個で管理できる。“これならできるね”と変わっていった」

数字にも表れるようになった。kintoneにより石井氏の売り上げは、K氏を「余裕で」超えて2倍に。「顧客管理、スケジュール管理もバッチリ。万が一、クレームがあってもすぐに対応できます」と石井氏、「未然に防ぎますけど」と胸を張った。

  • kintone導入の効果もあり、石井氏はスーパー営業マンK氏の2倍の売上をたたき出した

このような経験を振り返りながら、平岡氏と石井氏は、「kintoneで念願の見える化ができ、全員が情報を確認できるようになった。DX反対派のベテランと賛成派の若手が融合し、本当のチームになることができた」とまとめるた。

「本当のDXとは現場の感覚を言葉とデータで残すこと。作業効率を上げる、属人化を解消するだけが目的ではない」と石井氏が言えば、平岡氏は、「真の(DXの)目的は製造業の知識や職人の技術をデータで残して生かすこと。これが、製造業を未来につなぐ架け橋になる」と話した。

最後に両氏は、「kintoneにより平岡工業のものづくりの歴史を、未来につなぐことができると確信している」と語った。