東京理科大学は、単一相内における金属イオンと有機分子「ベンゼンヘキサチオール」(BHT)のモル比を調整することで、二次元高分子「配位ナノシート(NS)」を構造制御してインク化することに成功。印刷技術による配位NSの大量生産や、基板への直接塗布が可能になったと7月11日に発表した。
同成果は、理科大 研究推進機構 総合研究院の西原寛嘱託教授、同・伊藤実祐大学院生(研究当時)、同・福居直哉プロジェクト研究員、同・髙田健司プロジェクト研究員、同・前田啓明嘱託講師らの研究チームによるもの。詳細は、ナノ/マイクロスケールに関する学際的な分野を扱う学術誌「small」に掲載された。
配位NSは、金属イオンと平面的なπ共役系有機分子との配位結合によって形成される二次元高分子である。金属イオンの選択や配位子の分子設計により、独自の物理的・化学的特性を発現可能だ。研究チームは過去に、ニッケルイオン(Ni2+)とBHTの液-液または気-液界面における錯形成反応を利用し、膜状の多層および単層多孔性「ニッケルジチオレンナノシート(NiDT)」(=Ni3(BHT)2)を開発していた。
配位NSは、複数の金属イオンを含むことで優れた化学的・物理的特性が得られることが期待され、近年は複数の金属イオンと配位子によって形成されるヘテロ金属配位NSの合成手法開発も進む。研究チームも、ニッケルと銅(Cu)を含むヘテロ金属配位NS「NiCu2(BHT)」の二相界面を利用したボトムアップ合成手法を開発済みだ。
多くの場合、複数の金属イオンを含む配位NSでは金属イオンがランダムに配列する。しかしNiCu2(BHT)は、NiDTの空孔内に銅とBHTが6:1で導入された規則的な配列構造を持つ。この配位NSは、Ni3(BHT)や「Cu3(BHT)」よりも結晶性や電気伝導率が高い。これは、規則的な構造を持つヘテロ金属配位NSが優れた物性を持つことを示唆する。
研究チームは今回、より精密で汎用性の高いヘテロ金属配位NS合成法の確立をめざすことにした。
今回の研究では、ふたつの新アプローチでヘテロ金属配位NSが合成された。ひとつ目は、金属イオンとBHTの単相反応で調製した配位NSのコロイド溶液を用いる手法だ。これまで配位NSは、二相界面合成では薄膜、単相合成では粉状生成物として得られていた。しかし、コロイド分散溶液として調製できれば、インクとして基板コーティングや化学反応剤への利用が可能になる。そこでまず、NiDTとNi(BHT)のコロイド溶液を製造する条件を探索。結果、Cu(BHT)と亜鉛(Zn)(BHT)のコロイド溶液も、Ni(BHT)と同じ方法での合成することに成功した。
未反応のBHTを含むNiDTコロイド溶液に銅イオン(Cu2+)を添加することで、NiCu2BHTの選択的合成を実現。この方法は、他の金属イオンを挿入したヘテロ金属配位NSの合成も可能と示唆される。実際、NiDTコロイド溶液に亜鉛イオン(Zn2+)を反応させることで、新材料「NiZn2(BHT)」の合成も達成された。
ふたつ目は、Ni(BHT)の「トランスメタル(tm)化反応」を用いてヘテロ金属配位NS合成だ。研究チームは、Zn(BHT)の2段階のtm化反応により、整流特性を示す「tmFe/tmCu」の面内ヘテロ接合が形成されることを発見済みだった。その知見を踏まえ今回の研究では、Ni(BHT)とCu2+のtm化反応を詳細に調査。2段階のtm反応が進行して最終的にCu(BHT)が生成するが、第1段階の準安定生成物はNiCu2(BHT)であることが見出された。
得られたNiDT、Ni(BHT)、NiCu2(BHT)、NiZn2(BHT)の電気伝導度が調べられた。その結果、電気伝導度はNiCu2(BHT)>Ni(BHT)>NiDT≒NiZn2(BHT)の順で大きく、従来の二相界面合成法で得られたNiDT、Ni(BHT)、NiCu2(BHT)の電気伝導度の傾向と一致したとする。次に、tm化反応によって得られた各配位NSの電気伝導度が測定された。すると、「tm-NiCu2(BHT)」の電気伝導度がNi(BHT)および「tm-Cu(BHT)」の電気伝導度を上回ることが確認された。
今回の研究で、規則的な構造を持つヘテロ金属配位NS「NiM2(BHT)(M=Cu,Zn)」を合成するためのふたつの新手法が確立された。望ましい性質を持つヘテロ金属配位NSをインク化できれば、次世代のフレキシブル電子デバイスやセンサー材料、水素発生触媒など、幅広い分野での活用が期待される。今回の技術は、低コスト・省資源で高性能なエネルギー・環境・情報技術の普及を後押しし、持続可能でスマートな社会の実現に貢献することが期待されるとしている。