「『法務はリスクを提示するだけのストッパー』という意見を耳にし、心外に思ったこともある」——。コカ·コーラ ボトラーズジャパン 執行役員 最高法務責任者 兼 法務本部長の宇佐川智一氏は、6月26日開催のオンラインイベント「TECH+セミナー 法務DX 2025 Jun. 企業の価値創出を担う『法務の力』とは」でこう語った。

法務部門は本当にコスト部門なのか。それとも企業価値を創出する戦略部門になり得るのか。同氏が掲げる答えは明確だ。法務部門を社長直下の1階層目に配置し、“かかりつけ医”として経営に深く関与することで、同社は企業価値最大化を中核に据えた法務部門の組織変革を実現している。それを象徴するひとつが、2023年に立ち上げた「リーガルオペレーションズ推進課」だ。

法務部門としてのミッション・ビジョン・バリューを明確化

宇佐川氏はまず、自身のキャリア経験を振り返りながら、法務部門のプレゼンス向上の重要性を強調。「法務部門は会社事業の要の1つであり、より経営に近いところにあるべきだと考えている。法務も経営の重要な一部として認識されることが重要だ」と述べ、コカ·コーラ ボトラーズジャパンの法務本部が社長直下の1階層目に位置付けられていることの意義を説明した。

同社の法務本部は、法務機能に加えて、倫理コンプライアンスおよびコーポレートガバナンスをカバーする組織構成となっている。法務統括部の下にコーポレート法務部、SCM法務部、営業法務部を配置し、倫理コンプライアンス推進部、コーポレートガバナンス推進部、そしてリーガルオペレーションズ推進課を設置している。

  • コカ·コーラ ボトラーズジャパン 法務本部の組織図

特徴的なのは、同組織の戦略を支える基盤として、独自のミッション・ビジョン・バリュー(MVV)を明確に設定していることだ。

ミッションについては「法務・コンプライアンス・ガバナンス基盤の構築による企業価値の向上〜長期持続可能な成長基盤の構築〜」と定義。「これらが三位一体となって、しっかりと安定した基盤をつくることにより、長期的に持続可能な企業価値の向上が達成できると信じている」と同氏は語った。

ビジョンでは、「信頼」「ソリューション」「適切なリスクテイク」「情熱」の4つのキーワードを掲げている。特にソリューションについて、同氏は「法務はリスクを提示するだけのストッパーであるという意見をビジネスサイドから耳にしたこともある。そうではなく、法務は企業価値の向上を使命とすべきであり、ビジネスをストップさせるのではなく、適用される法やルールの枠内でビジネス部門と一緒にソリューションを生み出すことに貢献すべきだ」と強調した。

  • 法務本部のミッション・ビジョン・バリュー

“かかりつけ医”としてのインハウス法務と経営への積極的関与

同社の法務本部が独自に掲げる「かかりつけ医」というコンセプトは、インハウス法務の付加価値を表現する重要な考え方だ。宇佐川氏は「内部に法務部門が存在する意義は、単なる外部弁護士の代わりではなく、“かかりつけ医”であることだ」と説明した。

このコンセプトでは、普段からコミュニケーションを取り、社内クライアントの状況を把握することで、問題の兆候を早期にキャッチし、適切な対応をとることができる存在として法務部門を位置付けている。「このような法務部門が身近にいて、いつでも話せることによる安心感を社内クライアントに持っていただける」(宇佐川氏)として、信頼関係の構築と早期リスク発見の両立を図っている。

法務本部の経営参画については、複数のレイヤーでの関与を実現している。同氏自身は経営会議メンバーとして参加し、取締役会にも出席。CEO、CFOとは2週間から1か月に1回程度の定期ミーティングを実施している。「CEO、CFOとは毎日と言っていいほど日常的にコミュニケーションを交わしており、大きなことから小さなことまでタイムリーに経営課題に関わっている」と述べ、法務部門が経営の一部として機能していることを強調した。

各部門レベルでも、法務統括部では各本部に担当を分けて対応し、それぞれの法務担当を「ビジネスパートナー」と呼んで、担当部門と密にコミュニケーションを取る体制を構築している。

リーガルオペレーションズ導入による法務機能の最大化

講演の重要なポイントとして、コカ·コーラ ボトラーズジャパンのリーガルオペレーションズの取り組みについて詳しく説明された。

以前は、予算管理や情報発信、文書保管などが各部でバラバラに行われ、非効率な状態だったという。そうしたなか、宇佐川氏は2023年3月の日本経済新聞の記事でリーガルオペレーションズという概念を知り、「これだと歓喜した。私がモヤモヤしていたことに全て答えてくれるもの」と導入のきっかけを振り返った。そして、2023年7月にはリーガルオペレーションズ推進課を独立組織として立ち上げた。

同社では、一般的なリーガルオペレーションズの「CORE8」に加えて、知的財産の管理と個人情報保護関連業務を加えた「CORE10」を推進している。その根底にある思いとして、「戦略と予算」「組織の活性化」「集約化」「テクノロジーの活用」の4つを掲げている。

  • リーガルオペレーションズ推進課の役割

組織の活性化については「ある意味これが一番大切な部分ではないか」(宇佐川氏)と位置付け、法務メンバーのエンゲージメント向上やメンバー間のシナジー、交流につながる活動を推進している。具体的には、他社や外部弁護士を招いた勉強会、他ファンクションからのゲストスピーカーによる「学ぶ会」、「つながる会」と呼ぶ雑談的な交流会などを開催している。

テクノロジーの活用について、同社では2016年から契約管理システムを導入し、オンラインでの契約承認や締結済み契約の保管・管理を行っている。しかし同氏は「2016年から同じものを使っているため、必要なデータをすぐ分析に使えない、あるいはデータクレンジングに時間がかかるという課題が出てきている」と現状の問題点を率直に語った。

今後の重点取り組み領域として、「AI・テックのさらなる活用」と「エンドツーエンドの一貫した取引プロセスの構築」を挙げた宇佐川氏。AIについては「精度良く、かつアクセス制限もかけ、契約情報もすぐに取り出せるかたちを目指したい」とし、取引プロセスについては「取引の開始から終了まで複数回の同様の申請・承認が要求され、非効率になってしまうことがある」として、シンプルかつ自動的につながるプロセスの実現を目指している。

試行錯誤のなかから生まれる法務の新たな価値

宇佐川氏は最後に、「法務の戦略とは何か、インハウスとしての付加価値とは何か。それを実現するための戦略とマインドセットをどう構築するか。経営にどのように関与していくか。そして、これら全てを実現するための基盤を整え、武器を与えてくれるのがリーガルオペレーションズだ」と講演内容を総括した。

「まだまだ試行錯誤しながら進めている段階」と謙遜する同氏だが、その取り組みが示すのは、法務部門の変革に必要なのは高度なテクノロジーでも潤沢な予算でもなく、まず「法務の価値とは何か」を明確に定義することの重要性だ。

MVVの策定、経営陣との定期的なコミュニケーション、そして専門組織としてのリーガルオペレーションズの立ち上げ——。これらは全て、法務部門が「守り」から「攻め」へと転換する意志と行動力があれば実現可能な施策である。法務部門が企業価値創出の担い手となるかどうかは、外部環境の変化を待つのではなく、部門自らが変革の主体となれるかにかかっている。同社の実践は、その第一歩がどこにあるのかを具体的に示している。