日本人は15歳で世界トップクラスの数学的思考力を持ちながら、企業に入ると途端にデータ活用で世界最下位レベルに転落してしまう。この衝撃的な現実を前に、多摩大学大学院MBA 客員教授/フィンファイ 代表取締役社長の前田英志氏は、6月17日に開催されたWebセミナー「TECH+セミナー ERP 2025 Jun. 自社に適したERP実現へⅢ」で日本企業の根深い構造的問題に切り込んだ。
「日本企業の経営は投資ではなく博打」「前例主義では生き残れない時代」——厳しい現状認識の一方で、前田氏は具体的な解決策も示す。150名以上のデータサイエンティスト育成実績を持つ同氏が語る、日本企業再生への道筋とは。
個人の能力は高くても、企業レベルでは世界最下位 - 日本におけるデータ活用の現状
前田氏はまず、日本の現状を示す興味深いデータを提示した。OECDが実施するPISA(15歳児の学習到達度調査)で日本は、2015年から数学的リテラシーで諸国のなかでトップを走り続けている。また、2023年のPIAAC(国際成人力調査)では、日本は数的思考力と読解力で世界第2位、問題解決能力では世界第1位という高い能力を示している。
しかし、この高い個人能力とは対照的に、企業レベルでのデータ活用は低迷している。スイスの国際経営開発研究所(IMD)が発表する「世界デジタル競争力ランキング ビッグデータの分析と活用部門」で日本は、ここ数年間最下位を争っている状況だ。
KKD文化が招く“博打経営”の危険性
こうした現状の背景として、前田氏は日本企業に根強く残る「KKD(勘・経験・度胸)文化」を挙げた。特に問題視するのは、この文化が“博打経営”を生み出していることだ。
同氏は、ROIの期待値が100%を超えるものを「投資」、100%以下を「博打」と定義している。宝くじのROI期待値は47%なので、完全に博打だという。そして、経営においても、過去の延長線上の数字や根拠のない楽観的な予測でROIを算出している場合、それは投資ではなく博打になってしまうと警告する。さらに、博打すらできない経営者は前例主義に陥り、「これまでの常識はこれからの非常識」という時代において競争力を失うリスクが高いと指摘する。
データドリブン実装を阻む3つの障壁
前田氏は、日本企業がデータドリブン経営に移行できない理由を3つ挙げた。
第一に、根強い経験文化の存在。ドイツの宰相・ビスマルクの「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」という言葉を引用し、「歴史とはデータ。限られた個人の経験だけでなく、データという歴史に学ぶことが重要」と述べた。
第二に、データドリブン実装の難度の高さ。従来、データに関する取り組みは部門内の小さな範囲で行われてきたが、真の価値を生むには組織横断的な取り組みが必要となり、これが高い難度を生んでいる。
第三に、「うまくいかない解決策」という構造の罠。根本的解決策を実行せず、対症療法に頼ることで“他責体質”や“評論家症候群”に陥り、かえって根本的解決を困難にしてしまう悪循環が生まれている。
ストーリーを中心としたデータドリブン経営の実践
では、どのようにしてデータドリブン経営を実現すべきか。
前田氏はまず、データドリブン経営を「KKDの『勘』をアルゴリズムに、『経験』をデータに置き換えるもの」と定義しつつ、「『度胸』、すなわち最終的な意思決定におけるリーダーの胆力は変わらない」と強調した。KKD経営とデータドリブン経営は対立するものではなく、バランスが重要だが、今の日本企業は圧倒的にデータの力が弱いと指摘。その実践には「価値実現」「資源貯蔵庫(データプラットフォーム)」「組織」「人材」の4つの領域と、これらを統合する「ストーリー」が不可欠だと力説した。
そして、これら4要素を個別に進めるのではなく、自社の「在るべき姿」というブレない“北極星”を定め、そこに至るまでの“海図”、すなわちストーリーを描き、全社一丸となって目指すことが何よりも重要だと強調した。
データサイエンティスト育成は「スポーツ」だ
特に、データサイエンティスト育成については「日本人が得意な“お勉強”ではなく、“スポーツ”である」と表現。過去10年で150名以上のデータサイエンティストを育成してきた経験から、真剣勝負の場が必要だと説く。
「経営層が抱えるリアルな課題とデータを与え、候補生に解決策を提言させます。その真剣勝負の場には他の経営層や社員も参加することが重要です。オープンな議論を通じて互いに成長することができるのです」(前田氏)
また、座学だけでなく、「解くべき問題を自分で定義する思考法の型」「統計やデータの知識を課題解決に結び付けるビジネス応用の型」「論理だけでなく感情にも訴えかけ、人を動かす伝え方の型」といった実践的な「型」を習得することも不可欠だとした。
先行企業の成功事例から学ぶ
講演では、実際にKKD文化から脱却し、データドリブン経営へと舵を切ったグローバル製造小売業の事例も紹介された。この企業は当初、社内データの約3分の2がExcelやAccessに格納され、データサイエンティストも不在という状況だったが、「3年後に業界No.1のデータ活用企業になる」という明確かつ高いゴールを設定。社長以下全役員・部長クラスが参加してユースケースを創出し、PoCを経てデータ基盤を構築。並行して人材育成も行い、育成された人材が次々とプロジェクトを主導し、成果を上げていったという。
「この企業は外部から見てとても仲の良い会社だったのですが、それでも、以前は隣の部門が何をやっているのか分からない状態でした。このプロジェクトを通じて組織横断のデータ活動が進むようになったのです。プロジェクトの責任者であった取締役は、『組織横断で徹底的に議論することで、お互いがやっていることを理解でき、組織の壁を超えた活動が進むようになった』と語っていました。これこそがデータドリブン経営の本質です。データはヒト・モノ・カネといった他の経営資源とは異なり、共有すればするほど価値が増す特性を持っています。つまり、組織の壁を壊せば壊すほど価値が出るのです」(前田氏)
今こそ「ファーストペンギン」になるとき
講演の最後に、前田氏は3つの重要なポイントを示した。
第一に、「ファーストペンギンになる」こと。ただしそれは無謀な挑戦ではなく、自分の頭で考え、徹底的に分析し、勝てる戦略を練ったうえでの素早い行動が求められる。
第二に、教育の重要性。データを用いた問題解決能力は現在の教育では不十分であり、役員から一般社員まで全員で学ぶ姿勢が不可欠だと述べた。
第三に、データドリブン経営とKKD経営のバランス。まずデータで全体の平均値を上げリスクを低減し、最後はKKDで勝負するというバランス感覚の重要性を説いた。
「データドリブン経営とKKD経営は光と影のような補完関係にあります。経験や勘が強い企業ほど、データドリブンに取り組むことで、その強みがさらに活かされるケースも少なくないでしょう。この光と影のバランスを、それぞれの企業の戦局に応じて巧みに取りながらビジネスを推進していただきたいと考えています」(前田氏)
日本人が持つ高い個人の能力は、決して無駄になっているわけではない。ただし、それを組織の力として結集し、データという共有可能な資源を活用する仕組みが欠けているだけなのだ。前田氏が示した成功企業の事例が証明するように、明確な“北極星”を設定し、4つの要素を戦略的に組み合わせられれば、どの企業でもデータドリブン経営への転換は可能となる。あとは、その第一歩を踏み出す勇気があるかどうかだ。