オンラインビジネスにおける課題の一つに、いかに顧客を維持し、離脱を防ぐかということがあります。Waitwhileの調査によると、平均的な消費者は15分以内に購入手続きを終えられない場合、待ち時間に耐えきれず購入を諦めてしまうといいます。
カートの放棄(Cart Abandonment)は、企業にとって大きな課題です。せっかく購入直前まで誘導した顧客を失うことは、マーケティングや営業に投じたリソースが無駄になることを意味します。これに限らず、企業は顧客の行動や嗜好の予測の難しさ、適切な在庫管理のための需要予測、効果的な広告配信といったさまざまな壁に直面しています。
顧客維持は、企業の利益に直接影響を及ぼします。顧客の離脱率が高まり、新規顧客獲得のコストが増加すれば、利益は急速に減少してしまいます。Bain & CompanyのFrederick Reichheld氏によると、顧客維持率をわずか5%向上させるだけで、企業の利益は25%から95%増加する可能性があるとされています。
このように、企業の収益に直結する問題である以上、企業は顧客の声にもっと耳を傾けるべきです。そのための鍵となるのが「データ」なのです。
データの分断を解消し、アクセスを拡大する
顧客向けサービスを提供する企業には、膨大なデータが蓄積されています。閲覧履歴、販売データ、価格設定、サプライヤーの注文、製品情報、物流データなどを活用することで、貴重な顧客インサイトを得ることが可能です。
しかし、これらのデータセットが一元管理されておらず、複数のシステムや環境に分散していることが大きな障壁となっています。Clouderaが2024年に実施した「エンタープライズAIとモダンデータアーキテクチャ」に関する調査によると、ITリーダーの73%が「社内のデータがサイロ化されており、統合されていない」と認識しています。
さらに、半数以上のリーダーは、「会社のすべてのデータにアクセスするくらいなら歯科治療(根管治療)を受ける方がマシ」と答えており、データへのアクセスの難しさが深刻な課題であることが伺えます。
このようなデータの分断を解決する施策の一つに、最新のデータレイクハウスの導入があります。データを統合しない限り、大規模なクエリ実行やAIモデルによる高度な分析は不可能だからです。
例えば、フィリピンのUnionBankは、顧客プロファイルの深掘りによるクロスセル戦略の強化を目指し、「Data Vault」という統合データプラットフォームを構築しました。このプラットフォームにより、AIや機械学習(ML)を活用したインテリジェントな商品推薦機能を実装し、成約数を138%増加させる成果を上げています。
AIを活用し、非構造化データをインサイトへと変える
非構造化データは、企業が収集するデータの中で最も多く、最も急速に増加している種類のデータです。これはアンケート調査、チャットボットの会話ログ、コールセンターの通話記録、SNSのコメントなど、さまざまな形で蓄積されています。
有益な予測を行い、貴重なインサイトを得るためには、こうした膨大な非構造化データや半構造化データを統合・分析し、新たな相関関係やパターンを発見する必要があります。しかし、データサイエンティストにとって、これらの大量かつ複雑なデータセットを管理・解釈し、統合することは非常に困難な作業です。
この課題に直面していたのが、フィリピンのGlobe Telecomです。同社は、従来のデータウェアハウスがコスト面で非効率であり、必要なスピードやスケールに対応できないという問題を抱えていました。
そこで、Clouderaと協力し、リアルタイムの膨大なネットワークシグナルデータを取り込み、請求・決済データと統合できる新しい分析環境を構築しました。これにより、顧客のモバイル体験を向上させ、より関連性の高い広告を配信できるようになりました。
さらに、生成AI(Gen AI)の登場により、非構造化データの分析が飛躍的に容易になっています。Gen AIは、専門的な技術知識を必要とせずに運用できるため、多くの企業が従来のBIやデータサイエンス、機械学習のプロセスを飛び越え、即座に深いインサイトや実践的なアクションを得られるようになっています。
AIの言語を使いこなす:複雑なクエリを自動化
従来のデータ分析では、SQLクエリの作成が必要不可欠でした。しかし、SQLの記述は専門知識を要し、多くの企業ではデータ分析の専門チームが不足しているのが実情です。
これに対し、Accelerated Machine Learning Projects(AMPs)を活用すれば、ワンクリックでAIを導入し、自然言語でのクエリ処理が可能になります。
例えば、営業チームが「この店舗の売上が低下した理由は?今後の見通しは?どのような対策を講じるべきか?」とAIアシスタントに質問すると、AIがデータを分析し、具体的な改善策を提示してくれるようになります。
顧客定着率向上の鍵は「AIを活用してデータの声を聞く」
データに基づいた意思決定が、顧客維持と収益最大化の鍵です。顧客ロイヤルティの向上には、AIを活用してデータの声を聞くことが不可欠です。
そのためには、データへのアクセス、非構造化データの活用、機械学習クエリの最適化といった課題を解決する必要があります。顧客のロイヤルティと維持率を高める鍵は、AIを活用してデータに積極的に耳を傾けることにあります。
具体的には、データへのアクセス、非構造化データの分析準備、複雑な機械学習クエリの記述といった課題を克服する必要があります。
著者プロフィール
吉田 栄信 ソリューション・ エンジニアリング・マネジャー Cloudera株式会社
クラウド、ビッグデータ、データガバナンス、PaaS、Webアプリケーションなどのアーキテクトとしての設計や実装の経験を持つソリューションエンジニア。2019年6月より現職。以前はDXCテクノロジー・ジャパン株式会社でチーフ・テクノロジスト、ヒューレット・パッカード エンタープライズでビジネス・ディベロップメントを担当。