5月19日~22日の4日間、多くの企業が挑み続ける「トランスフォーメーション」において、変革のために本当に必要なことは何かを根本に立ち返り、各課題に着目するセミナー「TECH+ Business Transformation Summit 2025 May. 課題ごとに描く『変革』のミライ」が開催された。

初日の19日には、「データに基づく意思決定と管理・分析の最前線」をテーマに、さまざまな講師が登壇。西日本旅客鉄道(JR西日本) デジタルソリューション本部 担当部長の足立大士氏は「JR西日本グループ DXによる企業変革の軌跡 ~ゆでガエルからの脱却~」と題し、JR西日本グループのDXの取り組みを紹介した。

パンデミックを機にデジタル戦略を策定

2020年に発生した新型コロナウイルス感染症のパンデミックにより、JR西日本は会社の存続に関わる大きな危機に直面した。山陽新幹線の利用者はパンデミック前の11%に、近畿圏の鉄道利用者もパンデミック前の29%になったうえ、パンデミック収束後も、鉄道の利用実績は以前の状態には回復しなかった。

「同業他社と比較して運輸業比率の高い当社は、他社よりも大きな影響を受けました。従来のビジネスモデルは、鉄道利用者をターゲットにした多角化を軸としていましたが、パンデミックによって鉄道需要が急速に落ち込んだことで、グループ全体の収益も悪化することになり、鉄道の一本足打法ではダメだということを強く認識しました」(足立氏)

パンデミックを機に明らかになった課題は、既存市場である鉄道事業による“移動”を前提として他の事業が成り立っていた点だ。そのため、今後は、既存のサービスの収益構造を改革し、高付加価値を付けて新たな移動を創造することや、移動に頼らないビジネスモデルを構築し、新たな事業分野に踏み出していくことが必要となる。

これらの実現のために、同社はDXを企業戦略の基本中の基本にし、グループのデジタル戦略を策定した。

デジタル戦略は、鉄道、交通を中心とした各関連事業、地域・まちづくりの分野における「グループシナジーを最大化」と、「新たな事業の創出」「働き方の改革とDX人財育成」「セキュリティ基盤構築」という4つの柱で成り立っている。

  • JR西日本グループ デジタル戦略の4つの柱

DX推進でぶつかった3つの壁

しかし、デジタル戦略を進めるうえで、JR西日本は3つの壁にぶつかった。

1つ目は、変革は賛成だが人や金、情報は出せないという「自分ファーストの壁」だ。2つ目は、なぜ変えるのかという「今がいいという壁」。3つ目は、苦手意識や不安からくる「デジタルアレルギーの壁」である。

これらの壁を打破するアプローチとして同社が取り組んだのは、グループ一体で得する仕組みにすることによって、まず「自分ファーストの壁」をぶち破り、データを可視化して、PoCで成功体験を積み重ねることで「今がいいこの壁」をぶち破り、トップダウンとボトムアップを組み合わせた意識改革で「デジタルアレルギーの壁」を打ち破ることだった。

また、全てに共通するのは、「いかに足で稼いで仲間づくりをしていくのか、靴底を擦り減らすまで現地に行くことが重要だった」と足立氏は振り返った。

グループ共通IDを核に、さまざまなサービスを展開

グループ一体で得する仕組みとは、同社のグループ共通IDである「WESTER ID」、「WESTERポイント」を中心に、決済ツール、グループサービス、顧客接点となるアプリをつないで、ONE to ONEマーケティングを実施し、活性化を図っていくことだ。

顧客の接点となるアプリのメインになるのは「WESTER」アプリである。このアプリでは、全国の経路検索や運行情報の確認、日常の移動に便利な機能、デジタルスタンプラリーなど、お得で楽しい体験を提供し、日常をより便利で楽しくするサポートをしている。

またWESTERアプリの機能を活用して、「サイコロきっぷ」という旅行の行き先をJR西日本側で決めてしまうというゲーム性に富んだサービスを提供した。

「『サイコロきっぷ』はSNSなどでも非常に話題になり、新たな需要を掘り起こしたという画期的なものとなりました」(足立氏)

また、「ICOCAに+(イコカにプラス)」では、ICOCA定期券を会員証に見立て、グループ利用の特典やポイントも提供した。

決済ツールとしては、スマホでICOCAが利用可能なモバイルICOCAのサービスを2023年3月から提供。また、交通系IC以外の新たな決済サービスとして「Wesmo!」の提供を開始する予定だ(※2025年5月28日より、サービス開始)。通常のコード決済のほか、個人間送金、専用のNFCタグにスマホをかざすだけで決済ができる機能を提供し、将来的には企業間送金、デジタル給与払いにも対応していくという。

これらのグループシナジーを創出していく鍵は、「WESTERポイント」だと足立氏は言う。

「グループで鉄道、ホテルなどさまざまなアセットを持っており、こういったアセットの空きをいかに活用して、魅力あるポイントの付与キャンペーンやポイントの特典利用サービスを拡大するのか、これが非常に重要な鍵となってきます」(足立氏)

また、ポイントはグループ外へのサービス拡大にも努めるほか、これらのサービスによって得られるデータの活用も推進していくそうだ。

  • WESTER ID、WESTERポイントを中心としたサービスの全体像

エスコンフィールドにも採用、データを活用した新たな事業領域とは

新たな事業領域においても、データの活用が重要な役割を担っている。

例えば、自動改札機のデータから故障を予測するAIを開発し、点検する回数や故障発生回数を減らす取り組みを導入した。これをまずは自社で活用し、その後、他の鉄道会社や他の業界にも横展開し、事業化をしていく計画だ。

さらに、防犯カメラのデータから物体や人の移動イベントを検知するAIも開発。カメラとセットで、他の業界への展開を図っている。

また、JR西日本はスタジアム施設において、データを用いた施設の管理やマーケティング施策の実施・サポート、課題のヒアリングからの提案、機器の設置分析などにトータルで対応するサービスも提供。北海道にある日本ハムファイターズの本拠地であるエスコンフィールドにも、同社のサービスが導入された。

現場も積極的にDXを推進

働き方改革、人財確保の取り組みでは、社内にデータアナリティクスの専門組織を立ち上げ、トップダウンで組織や仕組みをつくったうえで、高度DX人財、DX推進のキーパーソンなどのランクを定めてDX人財の育成を行っている。

  • JR西日本のDX人財育成の全体像

また、DX活用、DX人財育成といった観点から「Microsoft Power Platform」を採用。社員自ら業務の変革に役に立つアプリを開発して、積極的に現場の改善に取り組んでいる。アプリ数はすでに1,600以上あり、月間3,000時間以上の時間創出の効果を生んでいるという。

「実際に業務も非常に便利で楽になっており、“変革している”という社員のモチベーションも上がっています」(足立氏)

足立氏は最後に、「幹部から現場に至るまで、あらゆる社員がテクノロジーやデータを当たり前に活用し、濃密につながり、常に顧客視点で行動する。これをすることで、当社は無限の可能性に挑戦したいと考えています」と決意を語り、講演を終えた。