サントリーホールディングス・新浪剛史会長に聞く《日本企業の目指すべき経営とは?》

世界経済混乱の中、 どう生き抜くか?

 ─ 米国トランプ大統領が高関税政策を打ち出し世界経済はいま大きく揺れています。その中で企業の経営に求められることは何だと考えますか。

 新浪 トランプ氏の大統領就任前から予想はできていたことです。むしろわれわれ経営者は決断しなければならない立場ですから、想定以上の何かが起こっても、瞬時に対応をせまられる。予想ができないということを言っていられません。そのためには準備が要りますが、備えには当然コストもかかります。

 例えばサプライチェーンにおいて、紅海で紛争が発生し、喜望峰ルートに切り替えなければいけないときには、追加の運賃がかかる。状況が変わっていけば、突発的なコストも発生するわけです。

 何が起こるか予測してもその通りにならない可能性があるときに、次のプランを用意できていることが、この時代の経営に求められます。

 ─ どの企業にとってもそれが必須になっていますね。

 新浪 はい。われわれはマルチシナリオプラニングと呼んでいます。

 日本はこれまで経営資源が少なく、プランAしか作らなかった。最初に計画したAを、環境が変化しても、根性でやり抜くのだという精神論でやってきたところがあります。

 しかし、いま日本はこれを変えるチャンスだと私は捉えています。トランプ氏の言動をウェイクアップコール(目覚まし)にして、われわれの今までの在り方を変えなければいけないと、前向きに考えるべきです。

 ─ 常に時代に適応できる組織の状態にしておくと。

 新浪 ええ。複数のシナリオを準備するためには余力が必要ですから、企業は粗利をいかに上げるかに懸命に取り組むべきです。粗利はお客様の評価です。

 日本は、付加価値の高い商品、ブランド力で他を圧倒できる商品づくりを目指すことが重要だと思います。

 ─ 現時点において新浪さんは、今後世界はどういう風になっていくと見ていますか。

 新浪 トランプ氏は2年後の中間選挙に勝たなければいけません。つまり景気減退の米国経済とインフレの問題を解決する必要があります。最終的には折り合うべく個別交渉でやっていくトランプ氏のやり方を考えると、日本をはじめ各国と、どこかで折り合いをつけるでしょうが、10%の最低限の関税は残るでしょう。

 一方で中国との関係は貿易収支だけではなく地政学的な問題もあるので、中国をどう見るかがすごく重要です。最終的に中国との関係が米国のインフレに大きく影響しますから。習近平国家主席とトランプ氏との間でどういうディール(取引)をしていくかというところには、常にアンテナを立てて、地政学を意識していくことが重要だと考えています。

 ─ 米中問題、日本にとっては台湾有事ですが、これについてはどう考えますか。

 新浪 米国はインフレを抑制するために中国に譲歩することになると、台湾の問題が出てきます。いわゆる台湾有事が起これば、日本は石油や天然ガスの輸入ルートが不自由になる可能性がありますし、また、たちまち世界はハイレベルの半導体供給源をおさえられてしまうことになります。

 ですからわれわれ自身は、マルチシナリオプランニングとすべく地政学の情報収集を怠らないこと。まさに民間企業がインテリジェンス(情報収集による知見と判断)をやらなければいけない時代に突入しています。

 ビジネスのリーダーであるグローバル企業のCEOたちは、DCの政策当事者やシンクタンクの研究員に常に会って話を聞いています。米国以外にも英国、シンガポール、インドといった国々も回って直接話を聞き、地政学的には何が起こってくるかの情報収集が経営には必須な時代になりました。

 米国がイラン対策をどうもっていくか。ウクライナでの戦争においてプーチン氏は米国の提案にどう出るか。EUはどうするか。これらは世界のサプライチェーンコストに大きく関わるため、私たちサントリーは日々考え経営をしています。

 ─ トランプ大統領は、日本は自立して自国を守れという趣旨の発言もしていますね。

 新浪 そうですね。ヨーロッパにも同様のことを言っています。ですからその中でわれわれは経済安全保障を十分に考えながら戦争を絶対に避けるデタレント(抑止力)を自ら構築し中国と付き合っていく。われわれ自身が防衛力をどう高めていくか。地政学的に日本と最も共働してやれるのはオーストラリアとインドではないでしょうか。特にインドとの関係をどう作り、その成長を取り込んでいけるかだと思います。

 ─ これがポイントだと。

 新浪 はい。地政学的にインドは今まで旧ソ連と付き合いが深かったのですが、今後、いわゆるグローバルサウスと米国を中心とした日本と好環境を作っていく状況にあります。つまり今までは経済を見ながら世の中を見ていたのですが、地政学が経済をつくるという風に変わってきているのです。今後グローバルサウスの動きは非常に重要です。インドのみならず中近東、アフリカ、そしてブラジルを中心とした南米とどう付き合うかを考えるべきです。今までの米国を中心とした仕組みから、そうではないところとの接点が鍵を握ります。

 ─ だとすれば、経済人の役割はどう捉えていますか。

 新浪 今後は民間外交が重要になってきます。外務省や経産省だけでは経済の実態がわからない部分もあると思います。例えば世界経済フォーラム(ダボス会議)のみならず、UAEで開催されている世界政府サミットなどに、もっと民間のトップや政府の要人が参加して接点を持って情報を収集し、官民一体でコミュニケーションしていかなければならないと思います。

 ─ 個を重んじるアメリカの文化でもありますね。

 新浪 一方で日本の経営者は日本国の経済を意識して日々経営をされている方が多いと思います。同友会や経団連には日本を何とかしたいという意識の強い方々が多くいます。日本の企業として、国と一緒になってこの国を良くしようという大前提の中で経営をしています。

 日本の経営者としては、母国の経済がしっかりしなければ、事業は安定しません。そのためには、日本の政治、外交が重要ですから、民間人ももっと積極的に発言すべきと思っています。そのような想いで経済同友会代表幹事となってからは積極的に発言しています。時折ネットで炎上はありますが。

 民間が得られる情報、政府が持つ情報、これを同友会、経団連といった経済団体で共有して民間の経営に生かす。政治は経済実態を含めていかに国の外交を考えていくか、こういう官民の交流が必要だと思います。

4人の経営体制で4兆円企業へ

 ─ サントリーホールディングスは、新社長として鳥井信宏社長と、佐治信忠会長・取締役会議長と新浪会長の体制となりました。珍しい体制ですが、どう役割分担されるのですか。

 新浪 佐治の役割は主にはガバナンスです。取締役会議長というのは株主の代表ですから、企業にとっては一番重要な位置づけです。私は執行を新社長である鳥井社長と一緒に二人三脚でやっていく。私たちも3兆円企業になり4兆円を目指すという中で、国内での収益をしっかりしなければいけない。国内の業績は非常に重要で、母国の足腰を固めることを鳥井社長が行う。その上で、より海外にフォーカスしていってもらえば良いと思います。私は主に海外事業を伸ばしていく業務をやって参りますし、事業に役立つ地政学を始めとしたネットワークを作り情報収集をしていくということが会長としての役割です。

 ─ 各々の役割を明確にしながら組織を拡大していくと。

 新浪 はい。鳥井社長は、ホールディングス全体の経営は当然ですが、まずはサントリー(株)社長も兼務し、国内酒類事業の盤石化と売上収益の向上、いっそうの収益力強化というミッションがあります。というのも、世界に名だたるグローバル企業は、各社とも創業の地であったり、本社があったりする自国において圧倒的な強さを誇っており、我々サントリーグループも日本で総合食品酒類企業として絶対的なNO.1にならずして、真のグローバル企業にはなれないと考えているからです。当然、鳥井社長とは海外のこともしっかりと議論をしながら意思決定するということで、二人三脚でやっていきます。

 また、鳥井信吾副会長はAll for the Qualityという方針のもと、品質面で重要な役割を担っています。サントリーは飲料や酒類を扱う会社ですから、ここに品質を守り抜く絶対的な強い人物がいないといけません。例えば会長や社長が何か方向性を示したとしても、品質の面でこだわりを絶対曲げない人物が必要です。この今の体制だからこそ会社は繁栄できるのだと思っています。鳥井社長がのびのびと経営ができる環境で、事業発展のために色々な目線で4人が協力しています。

日本再生のポイントは製造業

 ─ 世界の時価総額上位は米国のGAFAMが占めていますが、日本ではこうした企業が生まれないのはなぜですか。

 新浪 GAFAM級企業は目指すべきだとは思いますが、現実的には大変難しいと思います。むしろ、われわれは長期的に繁栄するために、急にGAFAMのように企業価値向上を目指すのではなく、技術革新をオペレーションに導入しながら付加価値をつけていく。そして持続可能な成長をしていくことが真の企業価値向上ではないでしょうか。そういう意味で、やはり製造業をもう一度ちゃんと作り直していくことが重要だと考えます。

 米国は今、モノを作れなくなっているのです。そういう状況の中で、それを支えているのが日本、韓国、ドイツではないでしょうか。日本はなぜモノづくりが強いかというと、やはりコミュニティの意識が非常に強く、皆が助け合う文化が根付いている。

 しかし残念ながらこれがこの30年で崩れてきたのです。ですから前にも申し上げた「共助」がすごく重要です。われわれは確かにGAFAMみたいに大きくはならないけれども、ものづくりというのは安定的に収益を生んでくれます。その中にAIなど先端技術を採用しながら生産性を高めて、やはりもう一度ものづくりができる文化を強化していくことが重要だと。

 ─ メイドインジャパンの評価はまだ高いと。

 新浪 はい。現在モノづくりができる国は、世界では日本、韓国、ドイツ、中国、そしてスイスが少しできるという状態です。やはり中国のものに比べたら、日本の方が強い。価格は中国と比べたら高いかもしれませんが、品質的には非常に強いと。ここをもう一度見直す。それをやるためには、やはりチームワークがポイントです。コミュニティにて技術伝承し、その中でより良い技術をトライアンドエラーで展開していく。

 ─ 日本の強みをもう一度見直すときですね。

 新浪 ええ。GAFAMみたいに誰かがものすごく大金持ちという世界ではなく、やはり助け合い富の分配をやっていく社会を作らないといけないと思います。真の「包摂的社会」です。今のアメリカ的な社会構造を日本は目指してはいけません。今まで日本も米国のように「収奪的社会」になっていて、例えば正規社員と非正規社員で大きな格差を作ってしまいました。

 AIを製造業に取り入れ、例えば自動車を作る際に、裏は全部AIで、ロボットが生産をする。そうした活用は日本が非常に強いと思います。私がもう一度モノづくりをと言うと時には苦笑する人たちもいますが、今の米国の状況を見てもそうですし、中国もコモディティはできても質の高いものはやはり日本だと思います。ただ、昔のモノづくりではありません。そこにはたくさんの技術革新があり、作業はロボットやヒューマノイドがやるという構造です。パーツはCPTPPやRCEPで構築したサプライチェーンと繋がっているイメージです。自由貿易もその視野の中心となっています。

 ─ 最後に若者に送るメッセージをお願いします。

 新浪 日本は今大きく変わっていますから、敢えて苦しい道を選んでくれということでしょうか。人は楽な方へ行きがちですが、若い今のうちに修羅場を経験すれば、必ずそのあとに活きてきます。