米IBMは5月6日~7日、年次カンファレンス「IBM Think 2025」をボストンで開催した。本稿では初日に行われた3つの基調講演のうち、IBM General Manager, Data & AI, SoftwareのRitika Gunnar氏による「Usher in the future of work with AI agents built for the enterprise」(企業向けAIエージェントで実現する未来の働き方)をテーマにした講演を紹介する。
台頭するAIエージェント
まず、Gunnar氏は「昨今では生成AIに続き、AIエージェントの台頭を目の当たりにしています。これらは従来の自動化や生成AIをはるかに超えた存在です」と述べ、その特徴について「自律性」「予測能力」「学習能力」の3点を挙げた。AIエージェントは単なるツールではなく、目標を達成するために推論、計画、行動するデジタルエージェントであるという。
現状においてAIの導入はまだ初期段階だが、今年だけでも85%以上の企業が何らかのAIエージェントを導入しているほか、50%以上の企業が来年にはAIエージェントを主要な生産システムへの拡大を予定しているとのことだ。
同氏によると、これまで企業のITシステムは複雑なGUIを操作し、専門知識が必要だったがAIエージェントの台頭で、その障壁が大幅に低くなっているとの認識を示す。これにより、技術的な専門知識を持たない人でも企業内でAIの力を活用できるようになるとしている。
Gunnar氏は「AIエージェントが幅広く採用されることで“System of Intelligence”が到来します。私たちは従来、ERPやCRMといったSystem of Record(SoR)、アプリケーションなどのSystem of Engagement(SoE)、分析ダッシュボード、DWH(データウェアハウス)、データレイクをはじめとしたSystem of Insight(SoI)のシステムを構築してきました。しかし、知識を得るだけでは不十分であり、次の大きな変化はSystem of Intelligenceです。これは単なるダッシュボードではなく自律的に行動し、企業全体の業務フローを調整する存在です」と強調する。
AIエージェントの導入企業の実例としては、人事部門で94%のリクエスト処理や1週間の営業担当者の作業時間を25%削減、調達部門では調達と契約の時間を70%短縮するなど、企業の重要な領域でイノベーションと生産性向上を実現しているという。
「IBM watsonx Orchestrate」の新機能
一方、AIエージェントの増加は大きな可能性を秘めているものの、同時に複雑性も生み出していると指摘。例えばHR、財務、ITなど各部門が独自のエージェントを持つことによるサイロ化、既存の自動化アプリケーションやツールとの統合が不十分であるほか、可用性、信頼性、セキュリティ、ガバナンスの確保といった課題もある。
こうした課題を解決するために、同社ではすでに提供している「IBM watsonx Orchestrate」を開発したというわけだ。
Gunnar氏は同製品について「AIエージェントを統合し、企業全体の業務をインテリジェントに管理・調整するための中心的なハブです。複数のAIエージェントを監督、ルーティング、計画し、われわれのプリビルドエージェント、カスタムエージェント、サードパーティエージェント、オープンソースエージェントを統合します。また、自動化、API、ERP、CRM、データと安全に相互作用できるようになるのです」と説明する。
そして、同製品の新機能が次々と発表された。「Agent Catalog」はパートナー企業が提供する150以上のエージェントにアクセス可能なほか、「Agent Connect」はパートナー企業のエージェントをwatsonx Orchestrateに直接統合できるというものだ。
また、Agent Catalogには「Pre Built Agent」として営業、調達、人事などの業務に特化した事前構築済みのエージェントが提供されるほか、誰でも簡単に高度なAIエージェントを構築、展開、管理できるツールとして「No Code Agent Builder」、開発者向けには「Agent Development Kit(ADK)」を提供する。
さらに、複数のエージェントを統合し、複雑な業務プロセスを自動化する「Multi agent orchestration」、エージェントの増加による複雑性を管理するとともに可視性、コントロールできる「AI AgentOps」のプライベートプレビュー版の提供開始をアナウンスした。
企業全体でAIエージェントへのアクセスを民主化
基調講演でAIエージェントのカスタマイズや作成、使用までを含めた新機能のデモンストレーションも披露された。デモンストレーションでは、営業見込み客発掘エージェントを例に挙げた。
まず、watsonx OrchestrateのAgent CatalogでIBMやパートナー企業が提供するエージェントの中から作成したいエージェントを選択し、ノーコードエージェントビルダーに移動するとエージェントの構成が自動的に事前入力される。
説明や知識ベースのアップロード、ツールの修正、新しいツールの作成が容易にでき、たとえば見込み客のスコアリングツールを追加する場合、既存の信頼できるワークフローへの接続を可能としている。
加えて、営業見込み客発掘エージェントをCRMエージェントと組み合わせ、エージェントの協働のテストやプロンプトを入力した推論の確認、デバッグ、展開が容易にできるという。
また、営業のタスクだけでなく、人事や調達など他のエージェントを追加し、パーソナルエージェントの作成も可能。ノーコードエージェントビルダーと同じ機能がADKにもあることから、プロコードユーザーも簡単にエージェントを構築できるという。これにより、営業関連のタスクに加え、休暇申請やPC調達など、すべての操作をwatsonx Orchestrate チャットから行えるほか、Slackをインタフェースとして使用することも可能としている。
Gunnar氏は「真の柔軟性は、Orchestrateの実行場所や接続するシステムだけでなく、組織内の全員がAIの力を簡単に活用できるようにすることです。私たちは、企業全体でAIエージェントへのアクセスを民主化し、誰でも数分でエージェントやツールを構築できるようにすることを目指しています」と、watsonx Orchestrateによる今後の展望を語っていた。