みなさん! こんにちは!
科学コミュニケーターの倉田です。

さて、 「JTRACK研究者に聞く」 シリーズのブログは前編に引き続き、中編に突入です。
中編では京都大学大学院工学研究科で助教をされている神谷奈々さんにお話しをうかがいました。

岩石の中を地震波がどのくらいの速さで伝わるのかを調べる装置の前で笑顔を見せる神谷さん。

まずは、現在どんな研究をされているのか聞いてみました。

「地震のほしをさぐる」 の会場で寄せられた質問「どういう研究をしているのですか」

神谷さん:これまで、調査の対象となる地層を見るため川や海岸に実際に足を運び、研究を行うフィールドワークを行ってきました。例えば、千葉県の房総半島に砂や泥などが堆積してできた岩石 (堆積岩) を採りにいき、その堆積岩を使って実験を行っていました。房総半島の地表に見られる堆積岩の一部は、かつて海洋プレートの一部であり、後に地表まで隆起したものであることがわかっています。

房総半島の位置

「今地表で見ることができている堆積岩は海底のどこからやってきたのか(海洋プレートのどのあたりからやってきたのか)?」

この疑問を調べるために、堆積岩に生じる 「圧密」 とよばれる現象に注目しました。その名の通り、堆積岩に圧力を加えると、岩石内部の隙間(間隙)の体積が減少し、密度が増加します。この 「圧密」 の程度を調べることで、その堆積岩が過去に受けた最大の圧力を算出することができます。その圧力から過去にどのくらいの深さにあったのかを予想することができます。


海の深くにいけばいくほど、大きな圧力が加わります。堆積岩が海洋プレートだったころに受けていた圧力が分かるとどのくらいの深さにあったのかがわかるということですね!
でも、「圧密」 を調べることで、なぜ過去に受けた圧力がわかるのですか?

神谷さん:堆積岩に圧力を加えていくと、過去に経験した圧力の大きさまでは、まるでゴムボールのように縮み、ひとたび圧力を解放(減圧)すると、もとの形に戻ります。一方で過去に経験したことがない大きさの圧力をうけると、同様にゴムボールのように縮みますが、減圧しても、岩石は元の大きさには戻りません。この性質を利用することで、過去に被った最大の圧力を調べることができます。これを 「圧密試験」 と呼びます。

圧密試験の模式図

なるほど! たしかに、この方法なら過去に受けた最大の圧力がわかりますね! それにしても岩石がゴムボールのような性質をもつとは……

神谷さん:プレート上の堆積岩は、上に積み重なった堆積物の重みによって圧力が加わっています。 「圧密試験」 によって、その堆積岩が受けていた圧力を特定できるため、堆積岩の深さを推定することができます。

しかし、場所によっては、堆積岩はプレートの動きの影響を受ける可能性があります。例えばプレートが沈み込む海溝付近では、上からの圧力の他に、プレートが横方向に動くことで生じる横からの圧力がかかります。「圧密」という現象には謎も多く、横からの圧力を受けた場合,上からの圧力によってのみ密度が増加するのか、それとも横からの圧力からも影響をうけるのか、未だに詳しいことはわかっていません。

そこでJTRACKでは、海側のプレートが陸側のプレートに沈み込む前と後のコアサンプル(掘削した岩石や堆積物の柱状の試料)を採取してきます。プレートが沈み込む前は、堆積岩は主に堆積物によって上からのみ圧力がかかる 「しずしず」 タイプ。プレートが沈みこんだ後は上から横からも圧力がかかる 「ぎゅうぎゅう」 タイプです。

プレートが沈み込む前の「しずしず」 タイプとプレートが沈みこんだ後の「ぎゅうぎゅう」 タイプの模式図

実際に2ヶ所から採取されたコアサンプルの 「圧密」 を比べることで、どの方向の圧力がどのように「圧密」 に関わっているのか調べたいと思っています。

「しずしず」タイプの堆積岩は、上から圧力で「圧密」していますが、「ぎゅうぎゅう」タイプの堆積岩は「しずしず」タイプと同じように上から圧力で「圧密」するのか、それとも「しずしず」タイプとは異なり、上からだけではなく横からの圧力も「圧密」に関わるのかについて知りたいと思っています。

将来的には、 「圧密」 のメカニズムを知ることで、堆積岩の特徴をより詳細に理解し、地震研究などに役立てたいと考えています。


JTRACKでは、下の図のように、プレートが沈み込む前後の2か所からコアサンプルを採取してきました。それぞれの得られたコアサンプルで圧密試験を行い、実験結果を比較するというわけですね!

JTRACKでは、プレートが沈み込む前後を掘削し、調査を行った。

そもそも、なぜこのように 「地質」 の研究に興味をもったのでしょうか?

「地震のほしをさぐる」 の会場で寄せられた質問「なんで地質の研究をしようと思ったのですか?」

神谷さん:もともと海や川などの自然が好きで、大学の進路を決めるときに地球科学の存在を知りました。地球科学の中にも雲、火山、水など、たくさん分野があり、何を研究しようか迷っていたときにある企画に巡り合いました。それが、JAMSTECが企画した「海洋と地球の学校」というイベントです。約1週間の宿泊型の研修で、研究者による講義と研究施設の見学だけではなく、野外実習も行うことで、海洋科学について総合的に学ぶイベントでした。その時に、初めて下の写真のような「褶曲(しゅうきょく。地球のプレート運動によって生じた大地が曲がった構造)」などの地質学的な構造を見て、地球の運動のスケールの大きさに驚きました。また、JAMSTECの先生が、その壮大な構造を地球科学の視点から、どうしてこのようになったのか、この構造ができるまでにどのくらいの時間が経過しているのかなどを説明していたのを見て、

「こんなに面白い世界があるのか!」

「私も地質の研究を一生やろう!」

と思い、地質学という分野に決めました。地質学には、様々な科学が関わります。例えば、褶曲に代表されるような岩石に加わる力のかかり方などの物理学的な側面、微生物の化石を用いて年代を特定するといった生物学的な側面が含まれています。さらに、ある岩石は含まれる鉱物が水と化学反応を起こすことで形成されるなど、化学的な変化も観察されます。それまで私は、地質学と化学が結びついているとは考えもしませんでしたが、現在では、私の研究テーマである「圧密」においても、どんな鉱物が関与しているのか、化学的な側面も明らかにしたいと考えていますこのようなさまざまな学問分野を複合的に考えていく地質学のプロセスに魅力を感じたことも地質学の研究をはじめる大きな理由の一つとなりました。

褶曲のようす(写真提供:神谷さん)

神谷さんが、JAMSTECが所有する地球深部探査船 「ちきゅう」 に乗船して研究を行っていることは、まさに運命的な巡り合わせとしかいいようがありません。

 

~小休憩~

ときおり、「ちきゅう」 でヨガをしている神谷さん。ヨガをすると寝つきがよくなるのだとか。JTRACKでは、研究者は約2か月という長い期間、船上に滞在します。そのため、日々のコンディション調整も大事な仕事の1つなのですね!

「ちきゅう」 でヨガをしている神谷さん(左)

さて、来館者からこんな質問もきていました。神谷さんの答えはいかに……

「地震のほしをさぐる」 の会場で寄せられた質問「掘削した地質試料から大昔の宝物が出てくることはありますか?」

神谷さん:これは宝物の定義が何かによりますね (笑)。 想像するようなお宝、例えば財宝のような宝物がでてくることはありません。というのも、地質年代が古いので人工物はでてきません。しかし、地質試料としてのお宝ならでてきます! この航海でいうならば、プレート境界の断層がお宝ですね。今回も採取できたときは、研究者たちは大歓喜でしたよ!


―なぜプレート境界の断層がお宝なのでしょうか。

神谷さん:地震の影響をとらえようというときに、プレート境界断層に “情報” がいっぱい詰まっているからです。例えば、プレートどうしがすべったことによる熱の変化、物質の性質の変化、物質そのものの変化、などが刻まれているんです。つまり “情報” が一番集約されている場所なのです。

そして後からわかってくるお宝もあります!

JTRACKでは、物質の性質を調べるチーム、地質の構造を調べるチーム、岩石の種類を調べるチームなどいろいろな研究チームがありますさまざまなチームから出たデータを合わせたときに、 「あれっ、これは今までになかった結果だぞ…?」 となると、これは第2のお宝になります。

採取されたコアサンプルが運ばれてくるコアカッティングエリア(採取されたコアサンプルを約1.4 mに裁断する場所)で最初にエキサイトした後に、得られたコアサンプルを分析して2回目もエキサイトします!

コアカッティングエリアで喜ぶ研究者たち

神谷さんが地質や研究の話をしている様子は本当に楽しそうで、その情熱が自然と周りの人々を引き寄せていました。そして周りの人たちとの関わりをとても大切にし、第二のお宝をみんなで探しているような一体感も感じられました。

この 「ちきゅう」 での航海は、研究者たちの絆がつむぎ出す、地球が秘めた宝物を探し求める冒険そのものです! 研究成果に期待したいと思います。

温度計を設置するオペレーション時になんと、 「絆」 の文字が見えました。冬の太平洋、本当に寒かったです。

次のブログでは産業技術総合研究所の宮川 歩夢さんを紹介します。実際に、実験している様子などもお届けします。お楽しみに!

【参考】

JTRACK関連ブログvol.1「あの日、一体何が起こったのか。~トークイベント「みんなで深堀り! 東北沖『ちきゅう』ミッション~あなたの声が原動力に」
https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/20241202post-536.html

・JTRACK関連ブログvol.2「若き研究者たちの挑戦 ~JTRACKの次を見据えて」
https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/20250210-jtrack.html

JTRACK関連ブログvol.3「研究者に聞く、来館者からのリアルな質問集 in 地球深部探査船 「ちきゅう」 前編」
https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/20250305-in.html

・東北地方太平洋沖地震後の時空間変化を捉える(JTRACK)
https://www.jamstec.go.jp/chikyu/j/exp405/index.html



Author
執筆: 倉田 祥徳(日本科学未来館 科学コミュニケーター)
【担当業務】
アクティビティの企画全般に携わり、来館者への情報発信や対話活動を行う。これまで、地球科学の最前線を紹介する企画展(Mirai can NOW第7弾「地震のほしをさぐる」)やノーベル賞関連のイベント等を担当。東北沖の大規模な海底掘削ミッション「JTRACK」のアウトリーチオフィサーとしても活動中。

【プロフィル】
大学・大学院と化学を専攻し、「植物の毒」について研究してきました。その後、シンガポールの日本人学校の教員として働く中で「教科書にとらわれず、多くの人と科学の“楽しさ”を共有したい」そんな想いから、未来館へ。

【分野・キーワード】
有機化学・植物病理学・理科教育