レーザー照射による局所的な加熱でハードディスクドライブ(HDD)へ情報を記録する「熱アシスト磁気記録」方式において、媒体内の温度差を用いて記録効率をさらに上げる原理を物質・材料研究機構(NIMS)が実証した。鉄白金の層の下にマンガン白金の層を置くことで、これまで使われていなかった熱が、磁化の方向を変えようとする「スピントルク」を生み出すことを利用している。将来的にHDDの大容量化や消費電力の削減に役立つ技術になると期待できる。

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    従来の熱アシスト磁気記録にスピントルクを組み合わせることで記録効率が上がることを実証した、鉄白金の層の下にマンガン白金の層を置いた薄膜(NIMSの磯上慎⼆主任研究員提供)

HDDは情報の記録媒体としてあらゆるコンピューターやデータセンターが用いている。磁性物質を硬いディスクに薄く膜状に広げたものだ。薄膜の物質中にある電子が持っている磁気(スピン)は温度差や電流によって一定方向に並び、その向きを情報として記録する。ディスク上の小さな区画に極小の磁石を並べ、それぞれがN極なのかS極なのかを0と1の情報として記録しているイメージだ。

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    レーザー加熱をするとマンガン白金層で生じる温度差により、スピンが鉄白金層に入り記録の書き込みを補助する「スピントルク熱アシスト磁気記録」のイメージ(NIMSの磯上慎⼆主任研究員提供)

できるだけ小さな区画に情報を詰め込むほど、HDDにはより多くの情報を記録できることから、記録密度の向上を目指す研究が進んできた。しかし、記録密度が高くなると室温でもスピンが揺らぐようになり、情報の書き込みが難しくなる。

解決策として、レーザー照射による局所的な加熱によって鉄白金の薄膜に書き込む熱アシスト磁気記録方式が提案され、米国のHDDメーカーであるシーゲイト・テクノロジーでは2020年に実用化した。24年から大量生産を始めている。ただ、繰り返しの急激な加熱で、データの書き込みに多くのエネルギーを消費するという。

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    従来の熱アシスト磁気記録(左)とスピントルク熱アシスト磁気記録の原理。レーザー照射による局所的な加熱を用いて鉄白金層に書き込むのは両者共通だ(NIMSの磯上慎二主任研究員提供)

NIMS磁性・スピントロニクス材料研究センターの磯上慎二主任研究員(磁気工学)らは、レーザー照射時に媒体の表側と裏側に生じる温度差に着目。スピンを生み出すとして近年注目されているマンガン白金の薄膜を使えば、記録に使われていない熱が利用できるかもしれないと考えた。

そこで、鉄白金の記録層の下に「マンガン白金反強磁性層」を挿入すると、従来の熱アシスト磁気記録よりも磁力を保つ力が最大で80%低減し、書き込みやすくなった。マンガン白金層での温度差がスピンを生成し、スピンを鉄白金層に注入して生み出したスピントルクが低減したうちの35%を占めていることも分かった。書き込み時に必要な熱エネルギーが削減できることを示しているという。

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    熱アシストとスピントルク効果による保磁力低減。鉄白金膜が持つ磁化の強さに対応する「磁気光学応答値」が同じでも、垂直方向の磁場の強さを表す「掃引磁場」の絶対値がゼロに近づいている。(NIMSの磯上慎二主任研究員提供)

この「スピントルク熱アシスト磁気記録」により「HDDの耐久性と信頼性の向上が期待できる」と磯上主任研究員は話す。鉄白金とマンガン白金の層を重ねることで増す膜の厚みを抑えることなどが今後の課題という。

研究は、日本学術振興会の科学研究費助成事業と科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業の支援を受け、シーゲイト社と共同で行い、1月13日付けで科学誌「アクタ・マテリアリア」電子版に掲載された。

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