【政界】複雑怪奇な国際情勢の中 石破首相に求められる『日本の針路』

野党である日本維新の会の賛成を取り付け首相の石破茂はなんとか2025年度予算の成立を確実にした。とはいえ、衆院で少数与党の自民党はここまで維新や国民民主党に振り回され続け、「自民党らしさ」を喪失しつつある。外に目を向ければ石破が一定の成果を収めた日米首脳会談の相手である米大統領のトランプは次々と「暴論」を発信。米国と欧州連合(EU)が対立を深める気配の中、石破もまた翻弄されている。

熱気なき自民党大会

 自民党は3月9日、東京都内のホテルで党大会を開いた。党総裁の石破は「わが自民党は国民一人ひとりに最も近い政党でありたい。もう一度その原点に立ち返りたい」「(夏の)参院選を必ず勝ち抜くべく、わが身を滅して総力を尽くす」と訴え、党員に奮起を促した。

 その後、軽快なダンスミュージックとともに、7月20日投開票想定の参院選候補予定者を壇上に迎えた石破は一人ひとりと握手し、終始満足そうな表情だったが、受け止めは様々だった。

 前選対委員長の小泉進次郎が「素晴らしいスピーチだった」と絶賛した一方、元経済安全保障担当相の小林鷹之は「首相は『楽しい日本』というが、具体的な道筋があまり感じられなかった」と辛辣なコメントをした。参院選に向けた決起集会ともいえる党大会で心が一つになったとは言い難い。

 それもそのはず。最近の自民は国会運営で後手に回り、党内の意思疎通も芳しくない。

 石破は党大会2日前の7日、高額の医療費がかかった場合に患者の自己負担を抑える「高額療養費制度」について、政府が検討していた8月の負担上限額の引き上げを見送る方針を示した。

 当日朝に報道が出るまで、与党幹部は何も知らされていなかった。ある自民幹部が「報道を見て驚いた。首相は『必ず実施する』と言っていたのに……」と絶句したほど、唐突の出来事だった。

 政府の見直しは3度目だ。当初方針は有識者の意見を踏まえ昨年12月末に決定。今年8月から来年8月にかけて負担上限額を段階的に引き上げる内容だった。ところが、意見聴取の機会がなかった患者団体などが反発すると、厚生労働相の福岡資麿は2月14日、直近12カ月以内に制度を3回利用すると、4回目から負担が軽減される「多数回該当」の上限額引き上げを見送ると一部修正を表明した。これが1度目の修正だった。

 しかし患者団体や立憲民主党などの野党の反発は収まらず、石破は2月28日、今年8月の引き上げは維持しつつも、来年8月以降の制度設計は今秋までに再検討すると2度目の修正を表明した。この内容を盛り込んだ来年度予算案が衆院を通過した。

 予算審議の舞台が参院に移ると、今度は自民内からも反発が続出した。参院選を控え「困っている人を踏みにじるような政策は受け入れられない」(参院自民幹部)というもので、党内基盤の弱い石破も観念した。

薄れる自民党らしさ

 石破のリーダーシップの問題もさることながら、深刻なのは自民内の不和だ。

 幹事長の森山裕、政調会長の小野寺五典は2度目の修正に際し、石破に「完全凍結」を進言した。しかし社会保障費の削減による財政負担の軽減が頭にある石破は首を縦に振らなかった。背景には「財務省、厚労省の必死の説得があった」と自民幹部は内幕を話す。

 結局は森山らの主張通りになったわけだが、自民内には「予算案の修正に関わってくる話なのに、なぜ衆院で予算案の審議中だった2月に決断しなかったのか」「官邸は参院選のことも含めた長期的な見通しを持っていないのではないか」と石破への不満が渦巻いている。

 石破の持論封印は初めてではない。昨年の党総裁選で訴えたアジア版NATO(北大西洋条約機構)、日米地位協定の見直しに加え、もともと推進の考えだった選択的夫婦別姓制度導入も、その主張を控えている。持論が実現に向け具体的に動き出しているのは、「防災庁」設置と自衛官の処遇改善ぐらいだ。

 国会では、国民民主が求めた所得税が生じる「年収103万円の壁」の引き上げで、維新が求めた私立も含めた高校無償化でそれぞれ譲歩した。年収の壁は国民民主と決裂したが、維新の取り込みには成功した。

 これらは予算成立や国会対策のための譲歩であり、自民が強く主張していた政策ではない。一方で党是の憲法改正の議論は進まず、党内の反対が根強い選択的夫婦別姓制度を巡り深刻な分断が生じつつある。

 派閥パーティー収入不記載の裏金事件も尾を引き、参院自民幹部は「公約づくりに着手しているが、参院選で訴える政策がない。どうやったら自民に投票してもらえるのか分からない」とぼやく。

まるで評論家

 握手の仕方といった外交の場での立ち居振る舞いが非難されていた石破だが、2月の日米首脳会談では日米同盟の重要性を確認し、米国への積極的な投資の約束などでトランプの歓心を買うことに成功した。内閣支持率が一時上昇した世論調査結果もあった。

 だが、外交でも今後は困難な局面が続く。トランプとウクライナ大統領のゼレンスキーとの2月の会談は、記者団の前で異例の口論となり決裂した。「くせ者」の2人の間では和解の動きもあり予断を許さないが、決裂はEUの結束を促しつつある。

 米ウクライナ首脳会談の決裂直後、ゼレンスキーと会談した英首相のスターマーは、EU諸国などを念頭に「有志連合」を形成し、ウクライナ情勢の和平案を検討すると表明した。フランス大統領のマクロンは同国の核の抑止力を欧州の同盟国などにも拡大することについて「戦略的な議論を始める」と明らかにした。

 EUは6日の首脳会議で、ウクライナへの軍事支援と欧州の防衛力大幅強化のため、今後4年間で約8000億ユーロ(約128兆円)の防衛費を確保する方針で一致した。ウクライナ支援に難色を示すトランプをあてにせず、欧州を中心に軍事的な結束を図るとの意思表示でもある。米国を「世界の警察官」として頼ることはしないとも受け止められ、国際関係の力学を大きく変える可能性がある。

 そんな中で、石破の主体性のなさは際立つ。米ウクライナ首脳会談が決裂した際、欧州の首脳らは即座に「あなた(ゼレンスキー)は決して一人ではない」(EU委員長のフォンデアライエン)といった連帯のメッセージを発信した。

 石破はどうか。会談決裂直後、若者のファッションイベント「東京ガールズコレクション」の舞台にいた。ジーンズにスニーカー姿で大阪・関西万博の公式キャラクターのミャクミャクとともに登壇し、万博への誘客をアピールした。女性アイドルに囲まれ「付添人の石破です」と会場の笑いを誘った。

 その後、記者団に米ウクライナ首脳会談決裂を問われると、「外交というのは、感情をぶつけあえばいいというものではない」と語った。連帯の表明はなく、まるで評論家のようだった。

 2月の日米首脳会談は初の対面であり、2国間の議題が中心だった。しかし6月にカナダで開かれるG7(主要7カ国)サミットはじめ、今後はウクライナ問題で日本の立場の表明が具体的に求められる局面が訪れる。ロシアを加えたG8の枠組み復活を模索する動きもある中で、いつまでも他人事のような態度をとることは許されない。

 ここで対応を誤ると、日本は取り返しのつかない事態に陥る危険がある。国際社会の潮流を読み切れずに失敗した苦々しい過去もある。

 第二次世界大戦勃発直前の1939年8月、敵国同士だったソ連とドイツが突如、独ソ不可侵条約を締結した。日本にとって北の脅威だったソ連がドイツと連携することはないと踏んだ日本政府は日独の軍事的な協力関係を進めていた最中で、寝耳に水だった。当時首相の平沼騏一郎は「欧州の天地は複雑怪奇」との言葉を残し退陣した。

 71年7月には米大統領のニクソンの突然の中国訪問もあった。対立していた米中の接近は、中国に近い日本の頭越しに行われた。いずれも国際情勢を冷徹に見極めた末に国益を重視した大国の決断で、日本は無視された。

 昔の話と切り捨てるわけにはいかない。米主導でウクライナ情勢の転換が行われる可能性は高く、また今は敵対する米中が、トランプ得意のディール(取引)により劇的に接近する可能性もある。そのとき石破はどのような判断ができるのか。

 トランプは本音を漏らし始めてもいる。6日、記者団に「私たちは彼ら(日本)を守らなければならないが、彼らは私たちを守らない」と語った。わずか1カ月前、石破に対し「友好国と同盟国を守るために米国の抑止力を100%発揮する」と語った人物と同一とは思えない豹変ぶりだ。

 日米安全保障条約は米国による日本の防衛義務を定めている一方、日本が米本土までをも防衛する義務は確かにない。しかし条約に基づき米軍が日本に駐留していることは、中国や北朝鮮に対する米国の安全保障にとっても利点があり、また日米が共同して対処することもできる。

 その実態を知ってか知らずか、トランプの真意は不明だが、米政権幹部は日本の防衛費のGDP(国内総生産)比を現行の2%から3%に引き上げることも求め始めた。トランプ1期目には米軍駐留経費の増額も主張していた。今後もトランプの不満が続出するかもしれない。

新たな火種も

 外交に不安を抱える石破だが、すでに触れた通り、国会でも政策でも「らしさ」を失いつつある自民に新たな火種も出てきた。戦後80年の今年、石破が検討している首相談話の発出だ。

 石破は今年に入り、周囲に「戦後80年に何もしないわけにはいかない」と語り、談話発出に強い意欲を示す。国会でも「なぜあの戦争を避けることができなかったのか。検証するのは80年の今年が極めて大事だ」と答弁している。

 自民にあってリベラル色が強い石破が検討する談話は党内に新たな分断を生じる可能性がある。戦後70年だった2015年に首相だった安倍晋三が、反省と和解の象徴として発出した「安倍談話」を打ち消す形になりかねない。現在も安倍を信奉する保守系議員が多い自民において、安倍と敵対した石破が強引に80年談話を出せば、ますます党内に分断を招くことになる。

 謝罪外交の終焉を目指し、右にも左にも理解してもらえるよう70年談話を作成した当時の安倍の苦労を知る党最高顧問の麻生太郎は、すでに石破に「絶対だめだ」と警告したという。閣議決定ではない石破個人の談話とするか、発出時期について終戦の日の8月15日前後を避けるなどの案も浮上しているが、歴史や「検証」が好きな石破の動きが具体化すれば、いよいよ「石破降ろし」が吹き荒れる。国のリーダーである石破の手腕が問われることになる。(敬称略)

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